第184話 京葉臨海コンビナートへ
そして数ヵ月がたった。
私たちは千葉のコンビナートに向かっていた。既に都心の道は荒れ果て、自然が本来の姿を取り戻さんとあちこちに木が生え、雑草が生い茂っている。
「まだ生きてるかな?」
「どうだろうね?」
私と栞さんが後部座席で話している。いま私はあずさ先生の運転するRV車に乗って移動していた。今回は回収が目的ではないので、頑丈な4台のRV車に分乗している。
各車4人ずつ乗っており、全員で16人。
このところの回収作業よりも人数は多い。相手の人数も分からない為、これまでのサバイバル生活で遠征を多くこなした人が参加していた。
吉永さん、優美さん、あずさ先生、瞳マネ、愛奈さん、沙織さん、翼さん、未華さん、みなみさん、栞さん、夏希さん、あゆみ、ゾンビ対策の皇居組の妊婦が2人、それと私だ。既に妊娠計画は皇居組にまでいきわたっている。先行組でもまだ妊娠していない人もいるが、順番を考えて順次妊娠するように計画されていのだった。
まさに計画妊娠
そして最近は回収や遠征に極力参加させていない人もいた。
遠藤さん、華江先生、奈美恵さん、菜子様、麻衣さん、梨美さんだ。皇居組はまだ不慣れなためローテーションを組んで参加してもらっていた。
それぞれに理由がある。
遠藤さんは希少な精子を持つため
華江先生はゾンビウイルスの血清やワクチン、薬の開発
奈美恵さんは華江先生の医療行為の助手として不可欠
菜子様は大学留学時の感染症学の知識がある
麻衣さんは保育士としての能力で子供たちの育児を引き受けている。
ただ…梨美さんだけは。体が弱く、回収作業や遠征の度に体調を崩すので回数は減らされていた。本人は参加する意識が高いのだが、むしろ重い病気にかかられると助ける事は出来ない為、極力遠征などには参加しないように華江先生に言われている。
昔はそうではなかったらしいのだが、ゾンビからの逃亡生活で瀕死の重傷を負った時に、体のどこかに障害を負ってしまった可能性があるらしかった。MRIなどの機器が使えないためにその原因を探る事が出来ないでいた。
遠藤さんも絶対に行くと言っていたのだが、満場一致で拠点に残ってもらう事にした。今までは男ひとり、かなり助けられては来たのだが、人類唯一かもしれない希望を失う事は、万に一つもあってはならないという判断だ。彼だけは本当に代わりになる人がいないのだから当たり前だと思う。言ってみれば彼が優先順位1位、華江先生が2位といったところだ。
「だいぶ荒廃してますね。」
千葉の街は既に崩壊していると言ってもいいだろう。文明がなくなって数年で既に人間の住む世界ではなくなったように感じる。
「ボロボロだね。」
「こっちは自然が多い分、浸食も早いって感じかもね。」
運転しているあずさ先生が言う。
「そうですね…」
人間がいなくなり大気や水などは綺麗になってきている。東京でも澱んだ臭いのする空気が綺麗になったのを深く実感していた。千葉はさらにその効果が早く出ているようで、大気が綺麗になっているのが肌感覚で分かる。
「まもなく、コンビナートの地域に入るわね。」
「あ、トランシーバーで連絡とります。」
私はトランシーバーの電源を入れて先頭車両につなげる。
「こちら3号車です。どこかで一度集合しますか?」
私が聞く。
「そうね、それじゃあこの先で最初に見つけた、どこかの駐車場に入りましょう。」
トランシーバーに出て答えたのは、優美さんだった。トランシーバーは周波数が共有されていて全車にも伝えられる。
さきの道路沿いにあった、なにかの会社の駐車場に入り皆が車を降りて集まる。
「ここから、あと数十分で着くわ。」
あずさ先生が言う。
「ではみなさん、武器の最終チェックをお願いします。」
吉永さんが号令をかけた。
皆がもっているのは自動小銃と手榴弾だった。トランクにはたくさんの武器が詰め込んである。
「大丈夫かしら?」
「「「「「「はい!」」」」」
皆が武器の最終確認や安全装置の外し方を復習した。
「到着したら数発ほど派手な花火を打ち上げるわ。もちろん相手には当てないで威嚇するだけ、相手に強力な武器を持っている事をアピールできればいい。」
「「「「「「はい!」」」」」」
「拡声器で投降を呼びかけて投降すれば、武装解除させて拠点まで連れ帰る。もし抵抗する場合は速やかに退却します。しかし退却の時に危険が及んだり、相手が何らかの策に出た場合は躊躇なく撃ってください。」
「「「「「「はい!」」」」」」
今の指示でみんなに緊張が走った。年上のあずさ先生や瞳マネとはいえ、人と戦う事などはじめての経験の為に額に汗している。
「撃ってしまったら恐らく後戻りはできない。仲間を殺した私たちについて来る事なんて出来ないでしょうから。すみやかにここを立ち去り二度と足を踏み入れない事、それでいいですね?」
皆がコクリと頷いた。
「私が射撃をしたらそれが合図です。応戦してください。」
こんなこと…
本当にこんなことになるなんて、思ってもみなかった。だけどこれは現実。これから私達がこの世界を生き抜いていくうえで、避けては通れない事。
私は…
千葉のコンビナートに行った方が良いと最初に言った張本人なのに、心の中ではもうその人たちが、他に移っていなくなっていて欲しいと矛盾を抱え始めるのだった。
だけど、もしかしたらここにいる全員がそう思っているのかもしれない。
この世界に生きる現実に目を向ける辛さは皆一緒なのだから。
私は手にした自動小銃をじっと眺めるのだった。