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第178話 ゾンビ経口薬

焼肉パーティーをしてから数ヵ月。


いよいよ華江先生が話していた血清が完成したようだった。疑似的なゾンビ細胞より生成した毒によるものなので人間に聞くかどうかは分からないが、鹿で試験した結果は人間に使用しても問題は無いと言う事だ。


だがその治験は行わないという。


「やっぱり人間に注射するわけにはいかないわ。」


「危険ですか?」


「いえ、遠藤君。うってすぐにどうこうなるわけではないと思うけど、数年後にどんな影響が出るか分からないのよ。」


「ワクチンとは違うのですか?」


「たぶん私達がうったところでなにもならないわ。これは感染した人に対してじゃないと効き目が無い。」


「噛まれた後にうつって言う事ですか?」


「そう言う事ね。万が一噛まれた場合の応急処置くらいにしか使えないわ。」


皆が華江先生話を聞いて納得した。進展はしたものの大きく変える何かがあるわけではない事に、なんとなく落胆ムードが漂う。


「あ、でもね。この研究である程度つかめた事もあるのよ。」


「それは?」


「ワクチンではないって事。」


みんなの頭にはてなマークが浮かんでいる。ワクチンが出来ればどうにかなると思っていたので、言っている意味がよく分からなかった。


「どういう?」


瞳マネが聞く。


「ええ、恐らくワクチンではなくて予防薬で防いでいく方が有効だと思う。」


「「「「「予防薬!」」」」」


思わず数人の声が重なる。


「ええ、予防薬。感染が怪しまれるときや噛まれた時などでも、飲み薬で対処できる可能性があると言う事よ。」


「「「「「飲み薬!」」」」」


また重なる。


「先生!風邪薬のように飲んでゾンビを防ぐって事ですか?」


私がたまらず聞く。


「ええそのままの意味よ。」


なんと…この天才の女医さんは飲み薬でゾンビを防ぐと言っている。


そんなことができるのか?そんな簡単な事で防げるのか?


みんなの頭はそれで埋まっている事だろう。


「んー、この沈黙は信じられないって言う反応よね。」


皆がコクコクと頷く。


「おそらく世界は難しく考えすぎて滅びたのかもしれないと言う事。」


「難しく考えすぎて?」


「これは…ウイルスと言うより、毒よ。」


「毒?」


「まあ菌に変わりはないんだけど、恐らくそれだけを殺す事が出来るわ。」


「そんなものが?」


菜子様も信じられないと言った顔をしている。


「この血清と、みんなの子供の父である遠藤さんの遺伝子のおかげよ。」


「遠藤さんの…。」


皆が遠藤さんを見る。


「お、俺の?」


「もちろんよ。あなたが居なければこの薬は成立しなかった。ただ…まだ完成していないわ、あくまでも私の立てた理論上の話。もちろん薬をこれから作って臨床試験をくりかえさなくてはいけないわ。」


「臨床試験ですか?」


「ここからが難しいのだけど。」


皆が息を呑む。


「あ、あの!先生それは何ですか?」


私がたまらず聞く。


「ゾンビに噛まれたての感染者が必要。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


皆がひっそりと息を呑んだ。


「そうよね。それが一番難しいわ。感染していれば遠藤さんにも私たちの息子たちにも近づくことができない。でもそれを確保しなければ薬は完成しない。」


「どうやって…。」


優美さんが言う。


ただでさえ生存者を見つける事さえ既に出来ていない。ゾンビを間近で見る事もなくなっている私達としては難しいとしか言わざるをえなかった。


「難しいと思うわよね。でも麻酔銃があるわ。」


華江先生がいう。


「麻酔銃ですか?」


遠藤さんが聞く。


「感染者と思しき人間に血清を打ちこめば、進行は一時的に止まるはずよ。その隙にその人を捕えるの。そしてもう一つの推測だけれどね、血清によってゾンビ菌を封じ込める事が出来れば、遠藤さんが近づいても消滅しない可能性が出てきたの。」


「本当ですか!?」


皆が目をぱちくりとさせている。


「本当よ。」


だがそれをするのにみんなの頭にあるのは、また再びゾンビがいる場所へと遠藤さんや息子たちを連れて行けないと言う事。血清を打つ前に妊娠していない女たちで、感染者を捕獲しなければならないという事だった。


「私!やります!」


私が一人言う。


「里奈…でも無理する必要ないんじゃない?」


あゆみが言う。


「なんで?」


「私達だけでも平和に生きていられるんだし、無理に誰かを助けるために動かなくてもいいんじゃないかしら。」


「あゆみちゃんの言う通りだわ。私も危険を冒す必要はないと思う。」


沙織さんが言う。


「あの…私もそう思います。」


未華さんが言う。


「ええ、私もあまり賛成してないわ。」


華江先生が言う。


「そうでしょうか?」


栞さんが反対意見を言った。


「私は見知らぬ人がまだ生きている可能性があるのなら、挑戦してみる価値はあると思います。この人間達だけでずっと生きていけるほど甘くはないと思うんです。」


「私も栞さんに賛成。」


優美さんが言う。


「うーん、今回ばかりは優美に賛成できないかな。」


いつもは優美さんと同じ派にまわる麻衣さんが言った。


「しかし…まだ多数の国民が生きている可能性があるのなら…。」


菜子様が言った。


どうやらここにいるみんなの意見は二つに割れてしまうようだった。


だが意志をはっきりさせていない人たちもいる。おそらくは決めかねているのだろう。


「まあ、まだ今は答えは出さなくてもいいんじゃないかしら?」


吉永さんが言うと皆が頷いて黙った。


私は思う。今ここにいる子供を混ぜた40人足らずでは、いずれ子供を作る事に限界があると思ったのだ。父親が同じ子供たち同士で子供を作れば、弱い子や障害が出来る可能性があると聞いた事がある。もっと人を増やさねば子供たちの未来が無い。


だが、今は言い出せずにいた。一番年下の私が言う事じゃないと思ったからだ。


皆がそれ以上言葉を発するのをやめて静かになってしまうのだった。

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