第172話 尊敬のまなざし
私たちは工事現場からクレーン付きのトラックを入手していた。罠をトラックに積み込むのにクレーンが無いと無理だと判断したからだ。
そして罠の会社の情報を得るため、未華さんの職場へ出発した。
メンバーは遠藤さん、吉永さん、愛奈さん、みなみさん、未華さん、翼さん、梨美さん、瞳マネ、あゆみ、そして私の10人。
クレーン付きトラックとRV車2台に分乗して、未華さんが勤めていた会社へと向かっている。未華さんの務めていた職場で捕獲罠を作る会社の住所を調べる為だった。
「うまくいくといいですね。」
私の隣に座る未華さんに言う。
「遠藤さんとの回収だから安全よ。危険があるとすれば肉食獣に出会うか人間に出会うかよ。現場に着けば私がいた会社だし問題ないわ。」
「確かに、いきなり撃たれたくないですよね?」
「そうよね、でもこれから向かう私のいた会社は何の価値もないビルだから、人間が籠城したりするには向かないわ。それに私たちの拠点からそれほど離れていないから、既に人が居ないのはおおよそ確認できているし。」
「いつも通り確認を怠らずに進めば大丈夫ですね。」
「ええ。」
40分ほど車を走らせて未華さんが会社の場所を知らせる。私たちはその前の道路に車を止めて、ビルの正面玄関へと来た。
「自動ドアが開くといいんだけど。」
未華さんが言う。
「とりあえず行って見よう。」
遠藤さんが先を歩きみんなが付いて行く。
自動ドアは半開きになっており、すんなり入る事が出来た。
「あの日、まだ会社やってたのかな…。」
未華さんがつぶやく。
「誰か会社の人いたんですかね?」
「どうだろう。もちろん既に誰もいなくなっていると思うけど。」
「はい…。」
未華さんが会社を見て何かを思っているようだ。もちろん会社の同僚や友人たちの事を考えているのだろう。
「いきましょう。」
「ああ、俺が先に。」
「はい。」
遠藤さんを先にして、未華さんが遠藤さんに罠会社の情報がある場所に誘導する。ビルの中は電気が来ていないため、他のビルと同じように暗く、私たちは全員懐中電灯を持って、そのあたりを照らして階段を上っていく。
「ふうふう。」
遠藤さんと愛奈さんとみなみさんが3人で発電機を抱えて登っている。何かあった場合に使うのだが重そうで息を切らしていた。
「会社の階層は15階だから大変かも。」
皆すこし息を切らしているのに未華さんが気を使ってくれる。
「みんな慣れっこですよ。」
遠藤さんが答えた。
「ごめんね。会社名だけでも覚えておけば、スタンドアロンのカーナビで調べられたかもしれないのに。」
「そんなの記憶しておくなんて無理だよ。」
遠藤さんが未華さんに微笑む。
「ここです。」
15階の廊下には東設エナジー株式会社と壁に書いてあった。
設備の会社では大きな会社らしい。
「はいりましょう。」
遠藤さんが取っ手を回す。
ガシャ
ドアの取っ手を回して引こうとするが開かなかった。
「開きませんね。」
「セキュリティがありますから。本来はここにカードをかざさないと開かないんです。」
「やっぱり電ノコで切るしかないね。」
「ええ。」
そして遠藤さんは顔にフードをつけて耐熱グローブを手にはめた。もって来たバッテリーに電動のこぎりを繋いで遠藤さんに渡す。すでに何度も何度もやって来たので、流れ作業のようにスムーズに行えた。
最初の頃は本当にぎこちなくて、ほとんどノープランで動いていたなあ…私はそんな作業を一つ見てもしみじみと思ってしまう。
ギィッィィィィ
ノコギリの火花が飛び散りあたりを明るく照らした。
集中して鍵を切る事30分。
ガパン
「空きました。」
遠藤さんが言う。
ドアを開き皆で中に入ってみると、特に事務所は荒れた様子も無く誰も人が入っていないようだった。
「帳票はこっちです。」
未華さんが先を行って私達が付いて行く。自分の勤めていた会社だけあって暗い中でも、未華さんはすいすいと進んでいく。
そして奥のドアに手をかけて開いた。
「この中です。」
皆もぞろぞろと未華さんについて行く。
「本当に皆さん慣れてらっしゃるのね。」
吉永さんが言う。
「何度もやってきましたから。」
私が答える。
「なんか里奈ちゃんが全く動じてないのに、私たちはもう汗びっしょりよ。」
みなみさんが言う。
「私もまだ慣れないわ。」
梨美さんも言った。
「まああまり慣れてしまうのも良くないわ。危険を察知できなくなってしまう。」
瞳マネにくぎを刺される。
「そうね。」
この生活が始まった最初の頃は、私が一番怖がっていたように思う。でも今では率先して動けるようになった。女優だったころは周りがいろいろとやってくれて、自分でやる事なんて演技と舞台挨拶だけだった。演技に集中できたのは本当に周りのおかげだったと思える。
そして未華さんは書棚に向かって数種類のファイルを取り出した。
「確かこれに。」
パラパラとファイルをめくっている未華さんを見てると、やはり社会人だったんだなあと尊敬してしまう。私とあゆみと大学生グループは社会人経験が無い。でも大学生たちとあゆみはアルバイトをした事がある。だけど私は中学のときスカウトされアルバイトの経験も無く、社会人というものに憧れていた。
「ありました。」
未華さんが見せたのは、細長い伝票だった。サラリーマンの経験が無い私にもそれが何かくらいは分かる。
運送屋さんの送り状だ。
「本当は自社サーバーを起動できれば一発なんですが、ホスティング会社は別にあってVPNを介さないと無理なので。」
未華さんがよくわからない横文字で話すが、ちんぷんかんぷんだった。恐らくはデーターが他の所にあって見れないと言っているんだと思う。
「端末にはデータが残っていないんですか?」
翼さんが言う。
翼さんも正妻の優美さんの先輩で会社員だった人だ。未華さんの言っている意味が分かっているようで話を続けている。
尊敬だわ…。
「クライアントのデータはサーバーの閲覧だけ、やり取りも専用ソフトを介してやっているわ。取引していた社員の端末にならメールの履歴くらいあると思うけど、見積もりや請求書も全て一括で出していたので。」
「大きい会社は違うわね。」
「でもこういう時は不便だわ。」
「でも送り状に情報があるかもと発想がわくのは、さすが未華さんって感じ。」
「そんなでもないけど。」
この二人は仲がいい。もともと処女組として栞さんとも3人で居る事が多かった。今ではすっかり家族のようになってしまった。
とにかく私たちは、罠を作っている会社数社の住所を見つけることができたのだった。