第171話 無駄だった
皆が展望台に集まって華江先生のゾンビ研究の発表を聞くことになった。この前ゾンビから採取した素材から何か分かった事があるらしい。
「みんな集まってくれてありがとう。」
皆が静かに華江先生の話を聞いている。
「この前、怖い思いをして採取したゾンビの血液なんだけど、結果から言うと意味が無かったです。」
「えっ。」
「意味が…。」
「そうなんだ…。」
ざわざわざわ
怖い思いをして採取したものが使い物にならなかったらしい。皆がざわついている。
「あれは既に血液の意味をなしてませんでした。言ってみれば泥のような物かしら、もちろん抗体を作る事もなく血清の生成なんてできなかったわ。」
「そうなんですね。なんとなくそうじゃないかと思っていたんですが、どこかで期待していたんですよね。」
菜子様がポツリと言った。
「ええ。私もなにか手がかりがあればいいとは思っていたんだけど。」
そうなんだ。いったいなんでゾンビは動くんだろう?もちろん生きていないのは分かるんだけど、なにか霊的なものなんだろうか?
私が頭の中でぐるぐる考えていると華江先生が話を続けた。
「ただ見つかったものはあるわ。」
「それは?」
皆が息を呑む。
「何らかの生体よ。毒でもウイルスでもないもので遺伝子レベルで存在するもの。恐らくはそれらがゾンビを動かしているのだと思うわ。」
「以前は見つけられなかったのですか?」
「私が研究している時にもう少しで手がかりがつかめるかと言うところで、遠藤さんが来てしまったの。それで検体もゾンビも全て消えてしまって、調べる事は出来なくなってしまったわ。」
「すみません。」
遠藤さんが謝る。
「遠藤君に謝れらるのはおかしいわ。命を助けてもらったのに。」
「でも研究が。」
「今わかったんだからいいじゃない。」
「…はい。」
それでも遠藤さんは申し訳なさそうにしている。
「それでどうすべきか考えた結果なんだけど。」
華江先生の言葉に皆がコクリと頷く。
「動物実験を重ねるしかないわね。しかもマウスなどの小さな動物じゃなくて犬以上、欲を言えば大型の動物がいいわね。」
「動物実験ですか?」
「ええ。」
古株の私達がざわつき始める。それと言うのもあの動物園から逃げ出して来たヒグマから、恐ろしい目にあわされた記憶があるからだ。
「最近はあまり動物を見かけなくなりましたが…。」
翼さんが言う。
「そうね。街にはエサが無いから死んでしまったのでしょう。」
「と言う事は田舎なら?」
沙織さんが言う。
「森に行けば鹿やタヌキなどがいる可能性が高いわ。」
「動物実験じゃなきゃダメなんでしょうか?」
私がふいに聞いてみる。その事で皆がシンとして私を見た。
「人間ってこと?」
「はい。」
「それは無理ね。おそらく100%の確率でゾンビになってしまうでしょう。」
「先生は以前女児は耐ゾンビ遺伝子があるとおっしゃってました。」
「もちろんそれも考えたわ。データ上はほぼその可能性が高いのだけど、確証は取れていないの。万が一感染したら取り返しがつかないわ。」
「すみません。素人の意見でした。」
「いえ。医学に犠牲はつきものだけど、現段階ではやはり動物実験を繰り返して調べた方が良さそうね。おそらく動物には耐ゾンビ遺伝子があるか、反対にゾンビウイルスは人間にしか移らない構造なのかもしれないし、とにかく実験しないと危なくて人間でいきなり注射するわけにはいかないの。」
「やはり時間がかかるのですか?」
「ワクチンや血清を作るのは簡単な事ではないわ。それこそ治験に10年もかけなくては開発は不可能かしら。でもそんなこと言っていたら人類は死滅してしまうかもしれない。とにかく急ピッチで調べる事が必要ね。」
私は自分の不用意な発言をした事を後悔した。私たちの子供を危険にさらすような発言だったからだ。もちろんそんな危険な真似はさせられない。
「しかし…。」
瞳さんが口を開く。
「動物を捕獲するのはかなり大変では?」
「そうよね。」
‥‥‥
皆が黙ってしまう。中型以上の動物を見た事無いのもあるが、どこに行ったら見つけられるかも検討がつかない。そんな専門家は旧メンバーにはいなかった。
「先生。」
菜子様が言う。
「はい。」
「もちろん動物は生け捕りと言う事になるのでしょうね。」
「そう言う事よ。」
「であれば檻を設置して罠を仕掛ければいいと思います。」
「罠を?」
「私達は畑を荒らす動物を捕えるために罠を仕掛けていました。」
「皇居の畑?」
「はい。」
「捕まった事は?」
「ハクビシンがつかまりました。」
「本当?」
「はい。もっと大型の罠を入手して首都圏から一番近い山に出向き、罠を仕掛けたらいいのではないでしょうか?」
菜子様が言う。
「だと罠を製造販売している業者を探すと言う事ですね。」
未華さんも合わせて言う。
「未華さんは心当たりがあるの?」
「すみません。以前のヒグマ事件の時には思いつかなかったのですが、一応設備の会社に居ましたから、私が勤めていた会社に行けばなにか分かるかもしれません。」
「それは凄いわ。」
「あの、私が付き合っていた彼氏の地元には、鹿が出るって言う話をしてました。」
栞さんが遠藤さんの方をちらちら見ながら言う。
「栞ちゃん気にしないで。」
遠藤さんが優しく微笑んだ。
そして私たちがやるべきことは決まったのだった。