第167話 ゾンビ血清採取のために
これから私たちはゾンビか、もしくはゾンビウイルスに感染した人に接触しなければならなくなった。それはどういうことなのか?遠藤さんや息子たちを現場に連れて行けないと言う事だ。彼らを連れて行けばゾンビも感染者も有無を言わさず消えてしまう。そのため彼ら抜きでゾンビの生息地に行かなければならないのだ。
更には、血液採取はゾンビになりきっていない感染者が望ましいらしい。
「かなりハードルが高いよね?」
あゆみがいう。
私はあゆみと栞さんと3人で、あゆみの部屋で話をしていた。
「そうだよね…。」
私もあゆみの意見に同意する。今回やらなければならない事は、ゾンビか、望ましくは感染者からの体液や血液の採取だった。そもそもゾンビに血はながれているのだろうか?感染者は助けを求めてはこないのだろうか?そんな疑問も解決されていない状態だった。
「いままでは遠藤さんや息子たちの情報から、打開策が生まれると思ってたからね。」
栞さんも今度の話にはかなり消極的だった。
「行くって言っている人は誰なのかな?」
あゆみが言う。
「医療関係者と瞳マネと吉永さん。あとは菜子様と沙織さんと愛奈さんも。」
私が知っている限りの人をあげる。
「9人は行く気なんだ。他の人はどう思ってるのかな?」
「聞いてない。」
あゆみが答える。
「反対している人なら知ってるけど。」
栞さんが言う。
「誰?」
「遠藤さんと優美さん。」
「あー、あの二人は反対するかも。」
「だよね。」
「だと麻衣さんあたりも反対しそうだよね。」
「うん。」
どうやら3人は反対しているかもしれない。
「栞さんはどう思います?」
「行きたくないのは山々なんだけど、これをクリアしないと次に進めなそうじゃない?なら血液採取に参加する人は、遠藤さんと子供の面倒を見る人以外全員が良いと思う。」
「ですよね。そのほうが安全性は高まるし、対応の幅も広がると思う。」
私が言う。
「でも…」
「でも?」
栞さんは少し沈黙してから言う。
「怖いのよね。」
「ですよね。」
「はい。」
栞さんと遠藤さんはゾンビに会った事の無い人達だ。それだけにゾンビに会う恐怖を知らないと思っていたが、反対に想像から来る恐怖が膨らんで相当怖がっているようだ。もちろん実際に会った事のある私たちも怖い。
「ゾンビって動き遅いんだよね?」
「まあ、そうですね。古いゾンビは。」
私が言う。
「古いゾンビ?」
「ゾンビになってからしばらくたって筋肉とか腐ってるやつです。」
「新しいゾンビは?」
「動きが早くて怖いです。」
「そうなんだ…。」
栞さんが青い顔をする。
ズー
落ち着く為に3人が沈黙してお茶をすする。
「栞さんはどうします?」
「私は…賛成派に回ってみようと思う。」
栞さんの答えは意外だった。どちらかと言うと遠藤さんや優美さん寄りの考えを述べると思っていたので、栞さんなりに何か考えている事があるらしい。
「ならば私も決まりました。賛成に回ります。」
私が続いて言う。
「え…。」
あゆみが絶句した。
「あゆみは反対でもいいんじゃない?別に私に合わせる事はないよ。」
「でも…。」
「だって命がかかってるんだから。別に行かないからってその後の暮らしで何かあるわけじゃないと思う。」
「そうよ。あゆみちゃんは反対か無投票でもいいんじゃない?」
「‥‥いえ。」
あゆみがつぶやく。
「どうする?」
「もし万が一ゾンビ血液捕獲組に何かあったとき、私は後悔すると思う。そしてそのことを将来、自分の子供に誇れない。」
私と栞さんがあゆみの言う事に頷く。それは私たち二人が考えていた事と同じだからだ。
「あゆみ…。」
「やらなくちゃ子供たちの未来はないのよね?」
「たぶん。」
「あゆみちゃんの言うとおりだと思う。」
「うん。」
私と二人は賛成に回るようだった。
「私はこれから、なっちゃんとみなみ先輩、梨美と話してくる。」
栞さんが言う。
「わかりました。じゃあ私たちは翼さんと未華さんのところに。」
「ええ。とにかくみんなの素直な意見を尊重しましょう。強制するのはよくないわ。」
「はい。」
「はい。」
そんな話をして、私たちは栞さんと別れる。私とあゆみは翼さんと未華さんの真意を聞く為に彼女らの部屋に向かうのだった。
そしてその夜に再び全員が集まった。
「それでは発表します。」
あずさ先生が言う。
皆が注目する。
「賛成が16名、反対が11名ね。」
ざわざわざわ。
ゾンビの素材を取る話し合いは、やはりまとまらなかった。もちろん1回の話し合いでどうなるか決まるとは思えなかったが。
「反対派の意見も正しいのよね。」
賛成派の華江先生が言う。
「それはどうしてですか?」
あずさ先生が聞く。
「それは、もしゾンビの血清が完成したとして、いったい誰が打つのってことよね。誰のために作るのか?何のために危険を冒すのかと言う事じゃない?」
「でも、人類の未来がかかっています。」
「それもそうだけど、遠藤さんと息子たちの能力があれば、それだけで人を救出する事は可能だわ。むしろゾンビになった手遅れの人を助ける事ができない可能性が高いし。」
「まあ、そうですが…」
すると遠藤さんが言う。
「俺はむしろみんなが危険な場所に行って、俺が安全なところに居て待っているのが嫌なだけですけどね。」
皆が頷く。遠藤さんらしい考えだった。
「私が反対する考えは、近頼とは違うかな。」
優美さんが話し出す。
「私達に万が一があった場合、この子供達を誰が育てていくのか?大人は一人として欠けてはならない存在だと思うの。見知らぬ誰かを救うより、自分たちの子供を優先するのは当然かなって思う。」
優美さんの話を聞けばその通りだった。
「ただ、万が一この中の人が感染してしまった時に助ける事ができるわ。今の状態だと感染と同時に遠藤さんの力で消えてしまうの。」
華江先生が言う。
「確かに…。」
話し合いは更に難航し始めるのだった。どちらの意見も間違っていないだけに、皆も決めかねているというのが正直な所かもしれない。
その話し合いは再び他の日に持ち越されてしまうのだった。
実際私も迷い始めていた。




