第163話 生まれて初のデート
私は荒廃した街を遠藤さんと二人きりでドライブしていた。
乗っている車は都心のディーラーで回収してきた、アストムマーテンと言う高級車らしい。ホテルの地下駐車場にしまってあったのを引っ張り出して乗っている。
「凄い馬力だしやっぱり速い!」
遠藤さんが車を運転してはしゃいでいた。
「この車高級って感じだね!」
「だね。俺は軽自動車に乗っていたから、まさかこんな高級車に乗れる日が来るとは思わなかったよ。」
「良い事もあるって事だね!」
「そうだ。」
遠藤さんはとても楽しそうにしていた。遠藤さんが楽しそうにしていると私も楽しくなる。
「ただ都心部は車が散乱していて飛ばせない。ちょっと郊外に出てみようか?」
「えっ?大丈夫?あまり遠くに行くと危ないんじゃ?」
「この車なら何かがあっても振り切れると思う。」
「そうなんだ。じゃあ任せる!」
遠藤さんとならどこに行っても良かったし、どうなってもいいと思った。私は本当に身も心もこの人に染まったんだなと思う。皆は若いからだと言うけど、私は絶対に勘違いなんかじゃないと確信してる。
「湾岸付近は例の件もあって逆に危ないから、埼玉の方に向かってみよう。」
「うん!」
そう湾岸付近であった例の件と言うのは、千葉の湾岸で人がいるのを確認したものの、話し合いをする前に遠距離から発砲された事件の事。ゾンビだけじゃなく人間も怖いのだと思い知らされた出来事だった。
「この道路はあまり車が散乱してないみたいだ。」
「本当だ。」
遠藤さんと私は、あまり車が散乱していない道路をひたすら進んでいく。ただ二人で車に乗っているだけなのにこんなに楽しいなんて。
「俺もドライブデートなんてしたことないんだよ。」
「え!そうなんだ!」
「だってこうなる前までは22年間、彼女なんかいた事なかったからね。」
「そういえばそうだったね。」
今の遠藤さんからは想像できなかった。どの女の人に対しても優しさいっぱいで接してくれるし、みんなもそれで満足しているようだった。優美さん曰く女慣れしてきたと言う事らしい。
「だから、里奈ちゃんからデートしたいって言われたとき、これはいい口実だ!とおもったんだよ。」
「うふふふ。そうだったんだ!じゃあ私、言ってよかったね。」
「ああ。」
そして車を走らせて1時間半ほどが経った頃。
「そろそろお昼の時間だね。」
「あ、本当だ!」
あまりに楽しくて時間が経つのを忘れていた。まだ10分くらいしか経っていなかったように感じる。
「あそこに公園があるみたいだからお昼にしようか。」
「うん!」
やった!遠藤さんと公園デートだ!
そして車を公園の前に停める。何の変哲もない田舎の見晴らしのいい公園だった。車から離れる事のない距離にあるベンチに二人で座る。
「フルーツ缶とペットボトルと乾パンで申し訳ないけどね。」
「ううん、うれしい。すっごく楽しいもん。」
「食べよう!食べよう!」
二人で缶と乾パンの封を開けて食べ始める。
「今日は天気よくて良かったよね。」
「本当に!」
「周りも全然騒がしくないし、俺達二人だけの世界だよ。」
「うん。」
遠藤さんが笑いながら食べているのを見ていると、ものすごく愛おしくなる。私の方が年下なのに可愛くすら思えて来た。
「遠藤さん…」
私は遠藤さんに向かって目を瞑る。すると遠藤さんは何も言わずに私の唇に唇を重ねてくれた。
「里奈ちゃん。」
「あの、好きです。大好き!」
「俺もさ。」
「うれしい。」
この際、遠藤さんが私の事をどう思っているとか、正妻の優美さんの事はどうだとか、もうどうでもよかった。いまこの時間は私だけの遠藤さん。私だけを見て私と二人だけの世界にいる。
「ずっとこのままで居たい。」
私は本音で話す。
「うれしいな。時代が時代だったらどれだけ嬉しかった事か。と言うよりもこの時代で俺のこの能力が無かったら、きっと里奈ちゃんには振り向きもされなかったと思うけど。売れている女優さんが俺と居るなんてありえないし。」
「そんなことないよ!これは運命だと思う。もしゾンビの世界になっていなかったとしても、私は…私はきっと遠藤さんと結ばれていたと思う。」
「本当にそうだったら日本一幸せな男だったろうね。というか今、俺は日本一幸せな男だよ。里奈ちゃんとこんな変哲もない公園でお昼を食べてるんだよ!俺は夢の中にいるのかもしれないな。」
「夢じゃない!こうやって目の前にいるよ!」
「ああ。確かに。」
「ふふふ。」
「あははははは。」
本当に楽しかった。彼と二人でデートなんて夢のよう。
しばらく公園で日向ぼっこをしながら二人でいろんな話をした。いつまでもこうしていたかった…
だけど分かってる。そろそろ時間だって事くらい。
「里奈ちゃん。」
「あ、あの遠藤さん!」
「ん?」
「そろそろ行きましょう。」
私から言った方が気が楽だった。
「…そうだね。わかったあまり遅くなると皆が心配するかもしれない。」
二人が立ち上がって帰ろうとした時だった、今度は遠藤さんから私を引き寄せてくれた。きつく抱きしめて口づけをしてくれる。
彼の優しさがとてもうれしい。
…嬉しいんだけど…私の目からは涙があふれるのだった。
愛してる。
私は口には出さずに、心でつぶやいた。
でもこれでいい。私は十分に恋人になれた。
遠藤さんの指で涙をぬぐわれながら、かろうじて微笑むことができたのだった。