第162話 わがままが聞き入れられる時
私が自分勝手な我儘で悩んでいる時にも、華江先生達は研究に没頭していた。医療チームが頑張っているというのに、自分だけ我儘を言うのはダメだと思っていたけど、瞳マネも優美さんもため込むのは良くないと言う。遠藤さんに気持ちをぶちまけるように言われた。
そしてようやく私と遠藤さんが二人で居れる日がやって来た。しかもみんなが気を使って1日中、一緒にいてもいいと言ってくれたのだった。
「遠藤さん!我儘言って、ごめんなさい。」
「いいよいいよ!1日一緒に居たいって聞いたけど俺は全然嬉しいよ。」
「よかった!」
遠藤さんは私との時間を嬉しいと言ってくれた。今日は息子も麻衣さん達にあずかってもらっているし、二人きりでずっと居れると思うとうれしかった。
「で、なにかしたい事ある?」
遠藤さんが聞いて来るので、私は心の内を明かしてみる事にする。
「それが可能かどうかは、みんなに聞かないといけないと思うんだけど…。」
「なに?」
「デートがしてみたいな。」
「デート…か…。」
遠藤さんは険しい顔になった。
「やっぱり危ないですよね。ホテルの外は危険だし二人きりで動くなんて無理ですよね!忘れてください!」
やっぱり無理難題過ぎたかもしれない。やっぱりそういうわけにいかないのは分かっていた。
「デートがしたい理由は?」
「簡単な事ですよ。」
「なに?」
「私は中学の時から芸能界に入って、それからはずっとマネージャーに管理されてきました。だから男の人とデートなんてしたことないんです。ただデートしてみたいなって思っただけなんです。」
「そうか、そうだよね。人気女優さんだったもんね。」
「無理ですよね!いいんです!」
「うーん…。」
遠藤さんが困ったような顔をする。
「無茶な事いいました!忘れてください!」
そう、私は男の人と付き合った事もない、恋人がいたことなど一度もなかった。それなのにそう言う一切合切をすっ飛ばして、男の人に抱かれて子供まで生んだのだった。だから一度でいいから…普通の恋愛のような事がしたかった。
ただそれだけ…
でもこんな世界じゃ叶うはずがない。それは十分に分かっていた。
「いや、そうでもないかもしれないよ!今は男児がいるからゾンビはここにはやってこないし。」
「しかし二人きりで出かけるというのは。」
「いや、逆に俺からみんなを説得してみるよ。」
「そんな、やっぱりいいです!」
「いいっていいって。相談してみよう。」
遠藤さんは私の手を引いて部屋を出る。そして数人が集まっているだろう食堂がわりのレストランに向かう。足早に廊下を歩く遠藤さんに私は小走りで付いて行く。
「私は…」
「いや!俺がそうしたいって言うから!」
やっぱり遠藤さんは優しかった。そして行動力もあるからこうなるのは必然だったかもしれない。私は自分が我儘を言った事をすこし後悔した。でもここまで来てしまったら、遠藤さんは止まらないと思う。
レストランに行くと、優美さんと沙織さんと未華さん、そして今回皇居で助けた人6人が座ってお茶をしていた。
「よかった。休憩中かい?」
遠藤さんが優美さんに聞く。
「うん。そうだよ。今日は二人きりでいるはずだったけど?」
「ああ、その事なんだけどさ。俺ちょっと里奈ちゃんと外に出て来るよ!」
すると沙織さんと未華さんと、6人の女性たちが驚いた顔をする。
「え、ちょ!ちょっとそれは危険なんじゃないですか?」
未華さんが言う。
「そうだよ。さすがに二人は危ないと思う。」
沙織さんも驚いている。
それにもまして6人の女性たちはざわざわしていた。
それはそうだった、このゾンビの世界に二人きりで出かけるというのだ。それがどれほど危険な事かは、みんなが分かっている。
「あの遠藤さん!私はいいです。そんな…一緒に部屋にいます。」
「いいんだよ里奈ちゃん。俺が行きたいって言ってるんだ。」
「でも…。」
私はもうどうしていいか分からなかった。皆は唖然としているし、よく考えてみれば二人で外に出るのは怖かったかもしれない。
「行ってきたら?」
ふいにそう言ったのは優美さんだった。
「優美…。」
遠藤さんが驚く。
「いいよ、近頼と一緒なら危険はないと思う。出来れば陽が沈む前には必ず帰ってきてほしいけど。」
「もちろんさ。ほんの数時間だけ、そうしたらすぐに戻ってくるよ。」
「優美さん?」
「大丈夫?」
沙織さんと未華さんがあっけに取られていた。
「あまり危険なところにはいかないでね。ゾンビより野生動物の方が怖いわ。」
「ああ問題ない。」
「えっと、みんな!二人の我儘きいてあげましょう。」
優美さんがみんなに行ってくれる。
「優美さんがそう言うなら。」
「そうね…。」
「じゃあ近頼、4時間以内に帰ってきてね。皆もそれまでは黙っていましょう。」
「わかりました。」
「わかったわ。」
そうやって話をまとめた優美さんが、私に向かってウインクしてくれた。こんなワガママ私が言った事だってわかってるはずだけど、遠藤さんがわがままを言ったようにふるまってくれる。
「じゃ、そう言うわけだから。」
「気を付けてね。」
そして遠藤さんは私の手を引いてさっそうと部屋を出るのだった。
「よし、とにかく暗くなる前には絶対かえって来よう。ドライブデートが中心になるけどいいかな?」
「はい!」
「じゃあ昼食ももらって行こうよ。倉庫に行ったら何かあるはず。」
「いいんですか?」
「あとで謝ればいい。」
そして手を引かれるままに食糧倉庫に行って、フルーツ缶とペットボトルと真空パックのカンパンをバッグに詰め込む。
「あの…。」
私が言うと遠藤さんが振り向く。
「ん?」
「ありがとうございます。」
私が頭を下げる。
「俺も息が詰まりそうだったし、本当に俺の意志だよ。だから二人でデートしよう!楽しい時間をすごそうよ。」
「はい!」
私の手を引いてぐいぐい進む遠藤さんの後ろ姿が愛おしかった。
私はこの人が大好き!何番目なんて関係ない!
そう思うのだった。