第154話 籠城
データ室に閉じ込められた私たちはバリケードを押さえてじっとしていた。
ドアは向こうからドンドンと叩かれているようだ。
結局私達は脱出を諦めて、遠藤さん達に気が付いてもらうのを待つことにしたのだった。冷静になって考えてみればそれが一番安全に脱出できる可能性が高い。
でもゾンビに囲まれて過ごす時間はここにいるみんなが知っている。かなり精神的に消耗するのだった。
「長く感じますね。」
私が言う。
「ええ。やはりトラウマになっているのね…きついわ。」
「やっぱり先生もですか?」
「もちろんそうよ。」
華江先生も精神的にキツイようだった。吉永さんも菜子様もかなり疲れてきた様子でうつむいている。
「あの…。」
菜子様が言う。
「本当にゾンビを撃退する事が出来る能力が?」
どうやら私たちが言っているゾンビを消す能力の事を信じられないようだった。皇居から出た道路上で遠くに見えたゾンビが消えたのを見たはずだが、こういう状況になると半信半疑になってしまうようだった。
「あの、大丈夫です。私たちはみんなそれで救われましたから。」
私が言う。
「官邸までの道中もゾンビは現れませんでしたよね?」
「確かに。」
吉永さんが言う。
「とにかく信じてください。」
「わかりました。」
話を聞いて菜子様も落ち着いたようだ。
「案外ここにいるゾンビは力が無いようですし、このままいれば必ず助けが来ます。」
愛菜さんが言う。
「しかしゾンビは時間が経つと腐敗が進んで筋力が弱まるんですね。」
「ええそのようですね。」
あずさ先生が言うと吉永さんが答える。
「人間の時に体が強ければきっと力も強いんでしょうね。ただ子供のゾンビは簡単に撃退できそうですが、さすがに気がひけますよね。」
菜子様が言う。
「はい。それはそうですね、小さい子供のゾンビを攻撃したくはないです。」
私が答えた。
「話はかわりますが、皇居にいる時スズメやタヌキを見かけたのですが生きているようでした。動物ってゾンビにならないように思うんです。」
「ええ菜子様の言う通りおそらくは動物に感染しません。都心部にも大型の動物が出ましたが、ゾンビ化はしておりませんでした。そもそもこのウイルスは動物に感染する事はありません。そう言う形態の遺伝子を持っていないのです。」
「さすがは華江先生ですね。もうそこまで突き止めているんですか?」
「本当に最近です。まだまだ未知ではありますが、少しずつ解明できた部分もあるんです。」
菜子様がアメリカ留学時に華江先生とは顔見知りだったらしいので、ある程度ウイルス学に関しては話が分かるようだった。
「遺伝子レベルで研究できる施設があるんですか?」
「私がいたセントラル総合病院にガスタービンで電気を発生させる装置があり、そこは研究施設として確保しています。ただ食料の問題もあって場所を移そうという計画もあるんです。」
「それで皇居にいらしたのでしたね。」
「はい。」
ドン
ドン
まだドアの向こうではゾンビがぶつかる音がする。
長い時間を待っているような気がするが、ようやく午後1時を回ったところだった。あれから2時間しかたっていない、さすがにまだ救出に来ることはないだろう。
ミシッ
「大丈夫ですよね?」
ドアが軋んだので私は不安になって言う。
「このデータ室は頑丈に作られているはずよ。あと数時間は間違いなく持ちこたえられるはずだわ。」
菜子様が言った。
「食料問題でしたら簡単な野菜は皇居で作れました。お堀の水を使っても汚染されていると言う事はなく、普通に食べる事が出来ましたのでどうにかなると思います。」
吉永さんが不安をかき消すように話を続ける。
「わかりました。一度その野菜を入手してセントラル総合病院で検査をさせていただいても?」
「はい。お願いします。」
「あとはタンパク質なんですよね。」
あずさ先生が言う。
「そうですね。」
「実は私達は都市にいる動物を捕獲しようとした事があるんです。」
「それでどうだったんですか?」
「それが…大きなヒグマで、倒す事は倒したのですが食べる事はしませんでした。」
「それはどうして?」
菜子様が言うと華江先生が答える。
「私の研究がまだそこまで進んでなかったからです。でも今ならほぼ間違いなく動物には感染しないと分かっています。もう一度動物を捕まえる事が出来たら調査できるのですが…。」
「なるほど。それとワクチンを研究するにも動物を入手しないと治験が出来ませんね。」
「それが問題でして、あとは獣医がいないんです。」
「それは困りましたね。」
華江先生と菜子様の話を聞いていて初めて聞く内容だった。
「獣医がいないとダメなんですか?」
私が聞く。
「本来はウイルス研究は獣医の範疇だから、私は一緒に学んだ過程で知っているだけなの。獣医学を最先端で学んだ人がいればありがたいのよ。」
「そうなんですね。」
「獣医が居ればもっと早い段階で解明できるはずよ。」
「生き残っている人がいればいいんですが。」
数年間もこの生活をしてきたが、生存者を発見できたのはほとんど女性だった。その中で医療関係者は華江先生とあずささんと奈美恵さんだけ。専門家を探すにも生き残っている人を見つける事が難しく、見つけるのはかなり確率が低いと考えられた。
ドン
ドン
ミシィ
なんとなくドアの立て付けが悪くなってきたような気もする。恐らくは私の恐怖心がそう感じさせているのだろう。
やっとウイルス研究のデータにたどり着いたというのに、こんなアクシデントに見舞われるとは思ってもみなかった。
バキン!
!!
ドアから嫌な音がしてバリケードの方を見た。
ドア板の一部が突き抜けて動くボロボロの手が見えたのだった。
「みんな!力いっぱい押さえましょう!」
私達は余裕がなくなり必死にバリケードを押すのだった。




