第153話 ワクチンデータを目前に
隣の部屋にゾンビが大量になだれ込んで来た。
ドア一枚向こうに大量に…いる!
そう考えるだけで身がすくんだ。せっかく最初に感染したウイルスデータと感染者のデータなどが入ったパソコンを入手したのに、これでは外に出る事が出来なかった。
ワクチンを開発するための情報を回収するために首相官邸まで来たが、いきなりゾンビに囲まれてしまったのだった。
銃はあるが切り抜けるにはゾンビの中を走らねばならない。
「む、無理です。」
私はへなへなと床に座り込んでしまった。
「里奈ちゃん!」
愛菜さんが私の肩に手を置いて支えてくれたが、その愛奈さんの手も震えていた。
「吉永、体制を立て直すと言ってもこの状況はかなり厳しいのでは?」
「私ひとりなら切り抜けられる可能性はあります。」
吉永さんが決死の覚悟で言う。
ドン!
ドン!
かなり頑丈なドアではあるが向こう側には大量にゾンビが押し迫っているのだろう。ギシギシとドアが軋む。
「それは無理よ!」
菜子様が言う。
私達がパニックを起こしているその間も、華江先生が冷静にパソコンやアタッシュケースを見ていた。
「うん。これなら何とかなりそう。」
「なんとか? 」
「吉永さん。窓ガラスを割って空に向かって銃を撃ってください。」
「え、それでは検体とデータが。」
「命には代えられないわ。それにこの状態でゾンビウイルスを運んだことがあるからどうにかなるかもしれない。あとはサーバーにどんなデータが残っているのか見て見ないと。でもサーバーはラックから外さないと運べないし、むしろデータの方が大事だと思うわ。分析データだけでも役に立つはず!」
そう、緊急時はピストルを空に向けて撃つことになっているのだった。周りで聞きつけた車が四方から官邸にやってくる事になっている。
「わかりました。」
吉永さんが置いてある椅子を持ち上げて思いっきり窓ガラスに放り投げた。
バグン
ガラスにぶつかった椅子の足が壊れて落ちた。
窓ガラスは全く割れていない。
「ちょっと離れてください!」
パン!
吉永さんが銃をガラスに向かって撃つ。しかし軽く傷がついただけでガラスは割れなかった。
「防弾ガラス…。」
吉永さんがつぶやく。
「えっ!」
華江先生があっけにとられた表情をしていた。
「そんな…。」
私がつぶやく。
「とにかくあきらめちゃダメ!」
菜子様が言う。
「とにかくドアを塞ぐの!デスクと棚をドアの前に!」
「わかりました。」
菜子様と吉永さんが机を動かし始めた。
「ほら!私たちもやるわよ!」
あずさ先生が私達を奮い立たせるように言う。
みんながデスクを引きずり、棚を動かしてドアのところに持っていく。とにかく動かせる障害物は全てドアの前に持ってきて塞いだのだった。
「みんなで押さえましょう。」
「はい!」
「わかりました。」
全員が必死にドアの前に積んだ障害物を押さえている。
「とにかく時間が経てば気が付いたみんなが救出してくれるはず。」
私が言うと皆が頷く。
私達全員でドアの前の障害物を押さえている間も、吉永さんは何とか窓を割ろうと、銃弾で傷ついた場所を置いてあった置物で叩いたりしている。
「どうです?」
あずさ先生が吉永さんに言うが、彼女は首を横に振るだけだった。
「とにかく続けてください。」
「はい。」
ドアの向こうにどれだけのゾンビが居たとしても、ドアの面積に対して群がれる数は限られているはずだった。更に腐敗したゾンビが多く力はそれほどないようだ。
「なんとか耐えましょう。」
華江先生が言う。
「さすがに陽が落ちるまで耐えればみんなが気が付くわ。それまでここでなんとかするしかない。でもたぶんその前に気が付いてくれるはずよ。」
あずさ先生が言うが、時間はまだ午前11:00。陽が落ちるまではあと8時間以上ある、このまま耐えられるかどうか不安だった。
「エアコン…。」
天井に埋め込まれた業務用のエアコンを見て吉永さんがつぶやいた。
「エアコンがどうかしましたか?」
「外せば天井裏に登れるはず。そこを伝って脱出出来れば。」
「外に合図が送れる。」
愛菜さんが言う。
「でも危険よ。」
「ドアがいつまで持つか分かりません。とにかく一刻を争うのではありませんか?」
「確かにそうですが。」
「でもやってみる価値はありそうね。」
あずさ先生が言う。
そしてみんなが部屋を見渡すが、登って天井に届きそうなものは全部ドアの前に持って行っていた。
「この障害物を取り除くわけにはいかないのでは?」
「そうです…。」
高い天井に手を届かせるためには、いまドアの前に積み上げている障害物を取らなければならない。そうすれば一気にゾンビがなだれ込んでくる恐れがある。
「他には‥‥。」
「サーバーラック。」
華江先生が指さした。
「でも床にナットで固定されています。」
私が言う。
「ナットを外せるものを探しましょう!」
「私達は手が離せないわ。華江先生と里奈ちゃんで探して!」
あずさ先生と愛奈さんと菜子様と一緒に私も障害物を押さえていたが、手を離して部屋中の引き出しを探してみる。
結局レンチのような物を見つける事は出来なかった。
パニックに陥りながらも脱出の方法を模索し続けるが、方法は何も見つからない。
「仕方がないわ!全員でここを押さえましょう!」
吉永さんが言う。
ドアの向こうからはドンドンと音が聞こえてくるが、まだドアは持ちそうだった。
《遠藤さん!早く気づいて!》
私は心で強く祈るのだった。