第147話 プリンセスと行動を
皇族の次女である菜子様はどうやら要人保護のプログラムで生き延びたらしかった。
男子がゾンビにかかる事が分かっていたようで、皇族の血を絶やさぬよう姉妹や従弟も全て他の地域に隔離されているような話だった。しかし、いつまでたっても救出部隊が来ずに無線での連絡も途絶えてしまったらしい。
それから数年間は地下にあった備蓄の食料と、畑で栽培している野菜で何とか生き延びていたとの事だ。
部屋には私達6人と菜子様と生き残って来た10人が座っていた。
「皆様よくぞご無事で。都内で生きてこられたなんて信じられません。」
「それがいろいろと事情がありまして。」
「そうなんですね。ここに無線で聞きつけて逃げて来た子達はゾンビをまいてここに来たようなのです。」
「それは大変でした。」
菜子様とあずさ先生が情報を共有していた。
「そして…あなたはテレビに出ていた方ではありませんか?」
菜子様が言う。
「はい。少しですが。」
「やっぱり!見た事があると思っていました。」
菜子様が私の手を取り言う。すると菜子様と一緒にいた女の子が言う。
「菜子様。こちらは橋本里奈さんですよ。」
「そうなんですね!すみませんあまり詳しく無くて。」
「いえいえ。私はまだ新人でしたし!」
「という事は、こちらの方も女優さんかしら?」
菜子様は栞さんを指していう。
「いえ、私は一般人です。女優なんてとてもとても。」
「なあんだ!美しい方なのでてっきりそうかと。」
「少し前までは大学生でした。」
「あらそうなのですね。」
やっぱりプリンセスってテレビで見た感じ通りに上品なんだ。しかも腰が低くて話しやすい人だった。
「そしてこちらが遠藤君。」
あずさ先生が言う。
「驚きました。男性なのに発症しないなんて。」
「そうなんです。彼は特殊な遺伝子の持ち主で、そのおかげで私たちは生き延びてこられたのです。」
「特殊な遺伝子?」
「ええ菜子様。」
「どんな?」
「それが…。」
あずさ先生はどう説明すべきか口ごもっているようだ。
「荒唐無稽に思うのかもしれませんが、彼の1キロ四方に入るゾンビと感染者は消滅します。」
「消滅?」
「ええ、信じられないと思いますが。」
「・・・・・。」
「今は信じられなくても、そのうち分かると思います。」
「わかりました。それではこれからの事を話しましょう。」
菜子様の両脇には二人の女の人が座っている。どうやらこの人たちは昔からこの家に仕える使用人だそうだ。
ひとりが30歳くらいで一人が25歳くらいに見える。実際の年までは分からない。菜子様は確か20代前半だったはずだ。
「でも女優さんが生き残れているという事は、本当に彼の周りは安全なのかもしれませんね。」
「そうなんです。」
「生き残った人はどんな方達?」
「医者に看護師、保育士に会社員、女子大生など様々です。」
「やはり、若い方が多いのかしら?」
「やはりと言いますと?」
「男性は老若問わずにゾンビになるようなのですが、女性に関しては発症しやすいのは40代以上のようなのです。」
「はい。それは私達の病院でもそのような統計は出ていました。」
「70代以上となるとゾンビにもならずに死ぬという事は?」
「そうなのですか?」
「はい。皇族関係が掴んでいる情報ではそうでした。」
興味深い話だった。どうせゾンビになるより死んでしまった方が幸せかもしれない。
「それで菜子様達はどうなさるおつもりだったのですか?」
「あと3年ほどは備蓄食料と畑で暮らせると思います。しかしその後はまだ決まっていません。」
「それでしたら私達と合流された方がよろしいかと思います。」
「食料などが?」
「ございます。そして遠藤君やその子供の男児と一緒であればゾンビに遭遇する事は無いのです。」
「凄い…。」
「彼の遺伝子を持った息子はゾンビを駆除します。」
「確かに信じられない話ですね。」
「でも事実です。そのおかげで私たちの拠点には食料の備蓄がかなりあります。高層ホテルの数階に渡ってそれが保管されています。」
「どうしてわざわざそこを出たのです?」
「やはり限界を感じたからです。何に限界を感じたかと言うと水とエネルギーです。」
「ああやはりそうですか。私達と同じですね。」
「ええ。」
良かった。暴力的になる事もなく普通に話が出来ている。しかもこんなにたくさんの人を救う善良な人だった。テレビで見た事のある菜子様のイメージそのものだ。
「さて、それでどうするかですわね。」
「はい。出来れば私達と一緒に行動しませんか?」
「でも、ゾンビが…。」
「ですから。ゾンビは消去されるのです。試しに一緒にここを出られてみてはいかがでしょう?」
「お話を聞く限りそうなのでしょう。ただ言われもない恐怖が身を凍らせるのです。」
「わかります。ですが慣れてしまえばかなり行動範囲が広げられるのです。」
菜子様は少し考えられている様子だった。
「それでは…。」
「はい。」
「その能力があるなら、官邸に行く事は出来ますか?」
「もちろんできます。が私の病院で研究されている方の官邸ホットラインは既に途切れています。」
「そうなのですか…。」
「他に行きたい所は?」
「では、可能であれば、赤坂の邸宅に行く事は出来ませんか?あそこにも生存者がいるかもしれません。もしくは備蓄食料がある可能性があります。」
「わかりました。それでは一度私たちの拠点に来ませんか?」
「ここを開けてしまえば農作物が枯れてしまいます。」
「はい。そのためこのそばの高層ホテルへ移住する計画を立てていました。」
「なるほど、拠点が近ければ行き来出来ますね。」
話し合いは2時間ほど続いたがようやく私たちの拠点に赴いてみる事にしたらしい。
でも半分に分かれていくと言い出した。
「菜子様。残された方の安否が心配です。出来れば皆一緒に行動したほうがよろしいかと。」
「しかしそれでは何かの時全滅してしまいます。一人でも多く日本国の民を生き延びさせねば。」
「それであればなおの事です。皆一緒に行きましょう。」
「俺からもおすすめします。男は一人しかいませんし拠点は今の所安全です。」
するとここに居た10人で相談し始める。
私達はその話し合いをただ待っていた。
「あの…。」
菜子様が言う。
「それならあなた方を信じます。私たちをそこに連れて行ってください。」
「もちろんです。」
「菜子様よろしいのですか?」
30歳くらいの使用人が菜子様に聞く。
「ええ。いずれにせよここで数十年も生き延びられないわ。人は多い方がいいもの。」
「わかりました。私たちは菜子様について行くだけです。」
「ありがとう。吉永。」
「はい。」
吉永と呼ばれた少し年上のお姉さんは、私の大大先輩に少し似ていた。
私が女優を初めて目指した頂。
そんなことを思いだすのだった。