第133話 肉食獣
結局私たちは武器で狩りをして動物を捕まえるのではなく、網の罠を仕掛ける事にした。
網を地面に敷いて四つ角にロープを張り、その上を通った時にロープを車で引っ張る作戦だった。
「動物…来ませんね。」
私が言う。
「なんか狙ってるのがあからさますぎて警戒してるんじゃない?」
あずさ先生が言った。
「なんとなく、うまくいかない感じはします。」
「そうよね。」
後ろを振り向くと車でセッティングしている愛奈さんが手を振る。
私達が手を上げた。
「やっぱりこのボウガンで撃った方がいいんじゃないですかね?」
「そうよね。でもこれだってうまく行くとも思えない。」
「だいぶ上達したと思うんですが。」
「ええ、皆かなりうまくなったわよね?」
「なら。」
「大きい動物に通用するか分からないそうよ。」
「そうですか。」
毎週のボウガンとスリングショットの練習により、私たちの攻撃の精度もだいぶ上がっていたのだった。
「とにかく動物がいない。」
「そうですよね。やっぱり私達人間がいるのに気が付いているんじゃないでしょうか?」
「そうかもしれないわ。臭いとか気配とかで感じ取られているのかもしれないわね。」
「やっぱりそうですよね。」
私達は網の向こう側にいる遠藤さんと里奈ちゃんに手を振る。
反対側にも車がいて網についたロープを引っ張る事になっているのだった。
「やっぱり人が居すぎじゃないですかね?」
「私もそんな気がしてきたわ。」
この状態になってからかれこれ4時間も経っていた。天気もいいしポカポカ陽気でじっとしていると眠くなる。
「先生。やっぱり作戦を練り直した方がいいんじゃないでしょうか?」
「ふぅ。そうかも。一旦中止したほうがいいかしらね。」
「と思うんですけど。」
あずさ先生が車でセッティングしている愛奈さんにおいでおいでする。
バタン!
「どうしたんですか?」
車を降りて愛奈さんがやってくる。
「なんかね。無理っぽい気がする。」
「確かにそうかもしれないですね。」
「遠藤さん達にも中止を知らせましょう。」
「そうしましょう。」
3人で遠藤さんと里奈ちゃんの所に歩いて行く。反対側の遠くに車で待っているのは奈美恵さんだった。
「遠藤さん…」
私が声をかけようとする。
「しっ!」
遠藤さんがゼスチャーで私たちに低くなるように伝えて来た。
《えっ!なに?》
3人がしゃがんだ。
遠藤さんが私たちの後ろを指さしている。
私達が後ろを振り向くと‥‥
「!」
「!」
「!」
なんと私達が今までいた場所から、少し離れた後ろの方に何かの動物がいたのだった。
少し距離が離れているが私達には気がついていないようだった。
その動物は・・・
《熊!》
そこにいたのは熊だった。涎をたらしてウロウロとしている。
遠藤さんが私達にジェスチャーで、そーっとそーっとっ…てしてる。
私達3人はしゃがんでゆっくりと遠藤さんの方に近づいて行くと、遠藤さんが止まって!のジェスチャーをする。
ゆっくり振り向くと、クマがのそりのそりとこちらに近づいてきていた。
「…ヒグマです!」
遠藤さんが小さい声で言った。
《うっそ!》
私達の顔色が青くなる。あずさ先生も愛奈さんも真っ青になっている。
その時だった。
ガン!
なんと恐怖で後ずさる里奈ちゃんが何かにつまづいてしまったようだ。
「ごめんなさい…」
みんなでくるりとヒグマの方を見ると…
目が合った。
「まずい。」
遠藤さんがポツリと言う。
「ど、どうしましょう。」
とにかく全員がボウガンを構え始めるが、もちろんこんな武器でヒグマと戦えるはずがない。
熊はじっと私達見ていた。
「ずいぶん痩せてますね。」
「あまりエサが獲れないんじゃないでしょうか?」
「とにかく少しずつ下がりましょう。」
遠藤さんの掛け声にじりじりと後ろに下がる。
「走っちゃダメですよ。」
ゆっくりゆっくりと全員で下がっていくが、クマは私達から視線をそらさなかった。まったく動かないのがとにかく不気味だ。
「遠藤さんがいるのに、いるって事は生きてるって事ですよね?」
「おそらく。」
「だとお腹が減ってるって事じゃないでしょうか?」
皆の血の気が引く。私たちを食べ物だと思っている可能性もあるからだ。
「いいですか!皆さんゆっくり下がってください。」
すると次の瞬間だった。
ヒグマがダッ!っとこちらに向かって走り始めた。
「にげろ!」
遠藤さんが叫ぶのと一緒にみんなが走る。
「キャァァァ」
「食われる―!」
「だめぇー!」
遠藤さんがそこに残ってボウガンを構えて撃つ。
ボウガンは!
刺さらなかった・・・距離が遠くてヒグマに当たって地面に落ちていた。
遠藤さんも真っ青になって一緒に走り出した。
「とにかく走って!」
「きたきたぁー!」
「死ぬぅ!」
「やば!」
すると事もあろうに、私は足もつれさせて転んでしまった。
「痛っ!」
「栞ちゃん!」
遠藤さんが立ち止まって私を抱き起そうとする。
「遠藤さん逃げて!」
「だめだよ!」
ヒグマはもうそこまで来ていた。
《終わった…せっかくゾンビから逃れて生きてこられたのに…》
ブロオオオオオオ
ドン!
いきなり目の前にRV車が飛び出してきてヒグマを轢いた。
「みんな!乗って!」
ヒグマが思いっきり轢かれて転がっている間に、全員が車に飛び乗る事が出来た。
「つかまって!」
皆が座るか座らないかのタイミングでRV車がバックで走り始める。
するとフロントガラスの向こうで、ヒグマがのっそりと立ち上がったようだった。
「起きた!」
とにかくRV車はバックし続ける、そのまま大通りからそれて車がすれ違うのがやっとの路地に入り込んだ。
ヒグマは壁の向こう側に見えなくなった。
「ヒグマは?」
「見えなくなりました!」
「このままバックで!」
「はい!」
するとヒグマが路地の向こう側にのっそり出てきた。
「追いかけて来た!」
「どうしましょう!」
「ひ、轢きましょう。」
「えっ!轢くの?」
里奈ちゃんがいきなりバイオレンスな発言をする。
「わかったわ。」
奈美恵さんがやる気だ。
「えっ!」
「やめた方が…」
ブロオオオオオオ
ヒグマが目の前に迫って仁王立ちになり構えている。
ドン!
またヒグマが吹っ飛ぶように転がった。
「バックバック!」
遠藤さんが言う。
「はい!」
奈美恵さんが車をバックさせた。
私達がフロントの向こうにクマを見ているとまたのっそりと立ち上がる。
《これだけ思いっきり体当たりしたらただでは済まないんじゃないかと思う。》
「もう追ってこないみたい!」
するとヒグマはあきらめたのか、路地の向こう側に歩いて行くのだった。
「た、たすかった。」
と思った次の瞬間、ボンネットから湯気がもうもうと出てきた。
「あー!ラジエターをやっちゃいましたね。」
愛奈さんが言う。
チュチュチュチュ
「エンジンがかからなくなっちゃった。」
奈美恵さんが言う。
「えっ!」
「こんなところで?」
「マジですか!?」
私とあずさ先生と遠藤さんが言う。
私達が車の中で固まっていると、路地の向こうに見えなくなったヒグマがまた姿を現したのだった。
「なんかヒグマ・・怒ってますよね?」
「えっと、まずくないですか?」
チュチュチュチュ
車のセルモーターがむなしく鳴り響くのだった。