第116話 なんとなく葬儀をする ー長尾栞編ー
皆が展望台ルームに集まった。
「死んだわ・・」
華江先生がみんなの前で言う。
「えっ!」
私を含め全員が息をのむ。
どうやらレイプ男は息を引き取ったらしい。
無理もなかった。医療が充実していない状況で栄養を取る事もままならない状態では時間の問題だった。
「そうですか・・」
遠藤さんが言う。
「それならば埋葬してやりませんか?」
「そうね。非道な男だったとしても死んでしまえば償いも全て終わり。丁重に葬ってやることを提案するわ。」
遠藤さんと華江先生が男を葬ってやろうと提案する。
「それでは墓地に埋葬したほうが良さそうですね。」
私が言う。
「郊外に広めの墓地があるわ。しかし都心を出ないといけない。」
バイク便のメッセンジャーだった愛奈さんが言う。
「都心の墓地は狭くて埋葬出来るスペースがなさそうだしね。」
沙織さんが言う。
しかし私には皆のもう一つの気持ちがわかる。
それはあまり近くに埋葬したくないという事だった。
自分たちが関係して人を死なせてしまった事を皆はあまりよく思っていなかった。
「栞ちゃんは臨月だしここに残って、二手に分かれましょうか?」
「でも長時間に分かれるのは不安です。」
あずさ先生の案に私が不安をのべる。
「じゃあ大型バス一台に乗って、全員で墓地にいきませんか?」
沙織さんが言うと皆もそうしようと言う。
「えっと、身重の人たちは座席を倒してゆったりしましょう。車もなるべくゆっくり走って安全なルートを通ればいいんじゃないかしら?」
優美さんがみんなを気遣ってくれる。
「2列広々シートのタイプのバスがありましたよ。」
未華さんが言う。
「よく知ってるわね。」
「実家に帰るとき利用したことがあるんです。」
「そうなのね。それなら楽そうね。」
「シートがかなり倒れるんです。一人分の広さが悠々としていて14人ならゆとりがあると思います。」
「じゃあそれでいきましょう。」
そして私たちはバスを調達して来た。
男の遺体を埋葬するために都心部から離れる事になったのだった。
バスを運転しているのは愛奈さんだった。
相変わらず安定した運転で酔う事もなかった。
バスでは私の隣に遠藤さんが座って反対側には翼さんがいてくれた。
「赤ちゃん動くのね?」
「はい。強く蹴るので、おっ!ってなる事もあります。」
「男の子かしらね。」
「どっちなんでしょう?」
バスの客室の中には男の遺体は無かった。
バスの車体下を空けた貨物置場にシーツにくるんで入れてある。
側にあると具合が悪くなったり、最悪吐いてしまう可能性もあるのでそういう事にしたのだ。
見通しの良い道路に出る。
「この道長い直線ですね。」
遠藤さんが言う。
すると運転席から愛奈さんが答えた。
「どうやら先にゾンビがいるみたいです。」
直線の為1キロメートル先が見渡せた。先にゾンビがウロウロしているのが見えるようだった。
「それでどうかしら?」
「燃えるように消えていきます。間違いなくこのバスの進行でそうなっていると思います。」
「やはり効果は変わらずね。」
華江先生と愛奈さんが話しているのを皆が聴いている。
遠藤さんが席を立って運転席の脇に行った。
「本当だ。消えてますね。この力がまだ続いているのが確認できてよかったです。」
既に誰もが恐怖のかけらも無くなっているようだ。この状況に慣れてしまい冷静に話している。
「こんなに遠くまで来るのは久しぶりじゃないですか?」
「ガス会社より遠いですもんね。」
愛奈さん沙織さんが話している。
「もうすぐ着きます。」
バスは目的地に近づいてきたようだった。
「国道を降りてすぐの所です。」
国道を降りるとお寺が見えてきた。
「あれかしら?」
「そうです。」
「スコップとかお線香とろうそくは途中のスーパーで入手したし大丈夫ね。」
「はい。」
私たちの乗るバスは大きなお寺の前についた。
みなで降りて境内に入っていく。
「広いですね。」
「本当だ。」
「これなら埋葬するスペースがありそう。」
私たちは墓地がある場所とは少し離れたところに穴を掘り始める。
もちろん先に眠っている人たちの眠りの妨げにならないようにしたいという気持ちもあった。
「だいぶ掘れたみたい。」
遠藤さんと優美さん麻衣さん翼さんがシーツにくるまった遺体を運んでくる。
「あ!ちょっとまって今日って六曜なんだったかしら?」
華江先生が直前になっていきなり言う。
「そういえばそういうの気にして無かったです!」
私が言うと未華さんがポツリと言う。
「友引ならだめじゃない!?」
奈美恵さんが言うとすると未華さんが言った。
「先負なのでこの時間帯なら問題ありませんよ。」
「凄い!きちんとしらべていたのね?」
「まあ埋葬するとなれば気になりますから。」
皆が未華さんに尊敬の念を抱く。
そして遺体を穴にいれて土をかけていく。
「えっと墓石とかないですね。」
遠藤さんが言う。
「確かに。」
私が言うと。
「何か立てておきましょう。」
あずさ先生が言う。
いろいろ探してみるとお寺に無地の卒塔婆が数本あった。
「あの卒塔婆がありました。」
麻衣さんが言う。
「じゃあ筆を探しましょう。」
華江先生が言った。
お寺なので探すとすぐに筆と炭が見つかった。
「字上手い人いる?」
あずさ先生が聞いてくる。
私が手を上げた。
「私は書道六段です。」
「凄い!」
「でもなんて書いたらいいでしょう?」
私が聞くと皆が黙る。
「男の名前聞いていなかったわね。」
「じゃあ戒名をつけましょう。」
あゆみちゃんが言う。
「戒名?」
「私のお母さんの実家お寺だったんです。詳しくはわかりませんが戒名を。」
「でも戒名の知識ないわよ。」
「確かに。」
華江先生とあゆみちゃんが考え込んでしまう。
「じゃあ。名も無き男でウイルスに感染しないという事から、名無病感染無信士とかどうでしょう?」
遠藤さんが言う。
「そうね私たちが知っている事と言ったらそれぐらいね。」
そして私が卒塔婆に名無病感染無信士と書いて、男を埋めたところに卒塔婆を立てた。
ろうそくと線香に火をつけてみんなで手を合わせた。
しばらくその卒塔婆を見つめていたが華江先生がポツリと言う。
「帰りましょう。」
「ええ。」
「はい。」
「そうですね。」
適当な埋葬を終えて私たちはバスに乗り込んだ。
その時だった。
「うう!」
私はお腹に違和感を覚えた。
「栞ちゃん!大丈夫!?」
華江先生が背中をさすってくれる。
「たぶん生まれそうな気がします!」
「愛菜さん!急いでセントラル総合病院へ!」
葬儀の後すぐ私はバスの中で産気づいてしまったのだった。
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