第110話 誘拐 ー長尾栞編ー
最初の妊娠発表をしてから5カ月が過ぎた。
私は妊娠7ヶ月目でだいぶお腹が目立つようになってきた。
初期の医療系妊婦メンバーも既に妊娠5ヶ月と6ヶ月になり安定期に入っている。
さらに私たちが発表してから1ヶ月後に里奈ちゃんマネージャーの瞳さんが妊娠した。
彼女は妊娠4カ月だった。
彼女に子供が出来て本当に良かったと思う。
どちらかと言うと年長者組は彼との逢瀬を楽しむより、子作りに専念した成果だともいえる。
そしていつまでも続くと思えるような平和な日々をすごしていた私たちに、ある日とんでもない事件が起こった。
「食堂には来た?」
華江先生が聞く。
「来ませんでした。」
奈美恵さんが答えていた。
「遠藤君は知らない?」
「はい。昨日俺は翼さんと居たのでわかりません。」
「どうしたのかしら?」
すると展望台フロアにあゆみちゃんが来た。
「部屋にもいませんでした。」
「今朝はみんなで集まるはずだったのに・・どうしたのかしら?」
「トレーニングルームはどうですかね?」
私が華江先生に言うとそこに愛奈さんが来た。
「トレーニングルームにもいませんでした。電気はついていたんですけど・・ペットボトルもおいてあっておそらくは里奈ちゃんの物かと・・」
今みんなが探しているのは女優の里奈ちゃんだった。
皆がホテル中を探し回っていた。
52階もあるホテルを1フロアずつ探しているのだが、里奈ちゃんはどこにもいなかったのだ。
すると展望フロア角にある内線が鳴り響いた。
「あの!一階の部屋の窓ガラスが割れてました!」
沙織さんからの連絡だった。
「えっ?」
皆に一抹の不安がよぎる。
「自動ドアのロックが外されて開いてます!」
未華さんの声も聞こえた。
「どういうこと?」
華江先生が慌てたように言葉を詰まらせる。
すると外を見ていた遠藤さんが叫ぶ。
「えっ!見てください!」
皆が天体望遠鏡を使って道路を見ると1台の車が走っていた。
「まさかあれに乗っていったの?」
奈美恵さんが青い顔で言う。
「里奈ちゃんは運転ができません!そしてここを出る必要がありますか?生きていけない!」
私が叫んでしまう。
「とにかく追いかけましょう!3台に分かれていった方が動きやすいわ。」
華江先生が号令をかける。
「急ぎましょう!」
遠藤さんの掛け声とともにみんなが動き出す。
1階の自動ドアは中からしか鍵がかからないため裏口から出てロックをする。
「いそぎましょう!」
それぞれが3台の車に乗りこみ車が走っていた方向へ向かう。
「里奈どうしたんでしょう・・」
「わからないけど自分で運転できないのにどうやって・・?」
あゆみちゃんが心配そうに言う。私も心配だった何か悪い胸騒ぎがする。
「俺の想像だけどガラスが割られていたから、何か事故があったと考えるのが妥当だと思うんだ。」
「たしかに・・」
「とにかく急ごう!」
皆で車を追う。
そして少し前の時間。
里奈に何が起きていたのか?
里奈は一人汗をかくためにトレーニングルームにいた。
そして電気をつけてルームランナーで走っていた。
1階の窓ガラスが割られた音も、自分がルームランナーで走る音で気が付かなかった。
汗をかいて来たので水分を補給しようとルームランナーを止めた。
ベンチに置いてあったペットボトルを取りに行こうとしたとき・・・
男と目が合った。
そこに中年の汚い恰好をした男がいた。
顔は土やら何やらで汚れており人相はよく見えなかった。
目だけがギラギラした印象だった。
「えっ・・・」
お互い目が合って少し止まった。
《遠藤さんじゃない!》
ナイフを持った男が忍び込んできていたようだった・・
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
思いっきり叫んだが2階にいるのは自分一人だけだった。
最上階に近い場所にいるみんなに叫び声が届くはずもなかった。
「なんでお前・・こんなところに女優が居るんだ?おまえこんなところで何してるんだ?」
「あなたは誰ですか!?」
里奈は上の階に逃げる為にその男の脇をすり抜けてトレーニングジムを出ようとした。
「おいおい!まてよ!」
逃げようとしたがあっさりと手首を掴まれてしまった。
「放して!」
「やっと生きた人間に会えたんだ。しかも美人の女優とあっちゃ逃がすわけにはいかないな。」
里奈は暴れるが男の力は強かった。
「俺はもと警察官だ・・逃げれねえよ。」
「ここには男の人がいっぱいいますよ!悪さをしたらつかまりますよ!」
里奈は咄嗟に嘘をついた。
「なに?他にも人間がいるのか?」
「私にこんなことしてただで済むと思わないでください!」
「ちっ!まさか男の生存者かよ!だが女優を抱くチャンスをみすみす逃してたまるかってんだ。こい!」
「いやだ!」
男は自分の腰につけたポーチからロープを取り出し里奈の手首を縛りあげた。
「痛い痛い!」
「やっとここまで生き延びてきたんだ楽しませてもらうぜ。ここに食料はあるのか?」
「あなたにやる物なんて何もないわ。きっと私が居なくなったことに気が付いて下にみんな降りてくると思う。観念したほうがいいわ!だから放して!」
男は騒ぐ里奈の腹を殴った。
「ぐえっ」
里奈は体をくの字に折り曲げておとなしくなる。
「最初っからおとなしくしていれば痛い目を見ないですんだものを!俺は警察でも特殊な部隊にいたんだ、ここまで生き延びたのはこの戦闘力のおかげなんだよ。まあ特殊部隊にいた奴らはみんな感染して死んだがな。」
そして男がおとなしくなった里奈を引っ張って廊下をでていくと、エレベーターが2基動いて降りて来るのがみえた。
「ほら!これから大勢が助けにくるんだから!」
ぐったりしていた里奈が言う。
「ちっ!やべ!」
男は咄嗟にグイっと里奈を引っ張り階段を下りていく。
誰かが降りて来るのを見て焦っているようだ。
1階のホールを里奈をずるずると引っ張っていく。
正面玄関の自動ドアの前で男は里奈の足も縛った。
「やめて!やめて!」
「うるせえ!」
ドガっと里奈を蹴り上げると里奈は気を失ってしまった。
「手間かけさせやがって!」
そして男は里奈を担いで外に出るのだった。
少しして・・
チン!
里奈を探しに来たエレベーターが到着したのだった・・
しかし
既に男と里奈を乗せる車が走り去っていたところだった。
「1階にいるのかしら?」
「私はこっちを見てみます。」
里奈は自分をみんなが追いかけてきている事をしらず絶望に襲われていた。
後部座席に放り込まれて身動きが出来ない状態になっていた。猿轡をはめられて声を上げられない。
「んー!!んー!!」
「お!お目覚めか?」
「んー!!」
「まあジッとしとけよ・・」
車はそのままホテルから遠ざかっていくのだった。
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