第106話 情事の後で ー長尾栞編ー
私が眠りについて目覚めるともう朝が来た。
隣で寝息を立てている遠藤さんにそっと抱きついていみる。
「ん・・」
私が抱きついた事で遠藤さんは目が覚めたようだった。
「栞ちゃんおはよう・・」
「すみません・・起こしちゃいました?」
「いいんだよ昨日は疲れたんじゃない?」
「いえ大丈夫です。」
二人ですごした夜は夢のようだった。
彼のぬくもりがまだ私の横にある。瞳を閉じてそっと昨日の夜の事を思い出してみると少し恥ずかしくなってきた。
「あの・・ちょっと恥ずかしいですね・・」
「そうだね。」
彼に凄く近づけたような気がしてうれしかった。
二人はしばらくベッドの中で裸で話をしていたが、服を着てテーブルでホットティーを飲むことにした。
カーテンを開けて日の光を入れる。
「天気がいい。」
「本当だ。」
二人は外を眺める。
昨日の幸せな時間が嘘のように、荒廃した都市が眼前に広がった。
この街のずっと先にはまだゾンビがたくさんいるのが信じられなかった。
「なんだか・・現実じゃないみたいです。」
「・・だね。」
ケトルがカチッと音をならしお湯が沸きあがった。
ティーバッグをカップに入れてお湯を注ぐ。
テーブルに湯気の出ているカップが二つ並び静かな時間を過ごす。
「ほっ」
「はは。ホッとするよね。」
「はい。」
二人でまったりとお茶を飲む。
「遠藤さん・・」
「ん?」
「わたし今が人生で一番幸せな朝かもしれません。」
「そうか良かった。」
遠藤さんは私にニッコリと微笑みかけてくれる。
安心感が私を包み込んだ・・この人からは凄く包容力が感じられた。
「昨日は痛かったよね?俺もまだ慣れてないからごめんね。」
「大丈夫です。最初はでも何度かしているうちになんだか違う感覚になりました。上手く言いあらわせないんですが気持ちよかったと思います。」
「それならよかった。」
「気遣いありがとうございます。」
「いえいえ。」
「じゃあわたしそろそろいきます。」
「うん。」
そして私は・・彼の部屋を後にした。
さっさと自分の部屋に戻って身支度を整えるつもりだった。
私はまだまだ彼と一緒にいたかったけど、彼はみんなの大切な人だし私だけが占有するわけにはいかないと思う。
「もう少し・・少しだけ一緒にいたかったな。」
廊下を歩きながら彼の事を考えると思わず、切ない思いが言葉となって溢れる。
《でも・・彼の体は一人のものじゃないか。》
私は部屋に戻り自分のベッドに仰向けに飛び込んだ。
バフッ
「ふう・・素敵な人・・」
切なかったでも仕方がなかった
・・凄く幸せなはずなのに
ポロリと涙がこぼれた。
《彼の一番は優美さんで私じゃない。私の事は大事に思ってくれているけど切ない・・》
きっとこんな思いをするのは私だけじゃない。
おそらく私と一緒に行動する事が多かった、翼さんや未華さんも思うかもしれない。
里奈ちゃんやあゆみちゃんもそうかもしれない。皆がそう思うかもしれなかった。
《私だけがする思いじゃない・・でも・・》
切なかった。
「ふぅ・・」
軽くため息をついて起きあがる。
シャワーを浴びるため。
服を脱いでシャワールームに入りお湯を出す。
シャー
温かいお湯が心地良かった。
キュ
一度お湯を止めてお気に入りのシャンプーで洗い始める。
《落ち着く・・》
リンスを流して一度髪の毛をフェイスタオルで包みこむ。
そしてまた好きな香りの石鹸で体を洗いはじめる。
そして弱酸性の洗顔料で顔を洗いシャワーで洗い流している時にポロリと涙がこぼれた・・
幸せなはずなのに・・
「う・・うう・・・」
ポロポロと涙が出る。
初めてを大好きな人に捧げた、それだけで幸せなはずだった・・でも私は割り切れなかった。
無理だと分かっていても気持ちを抑えることが出来なかった。
このようなゾンビの荒廃した世界で十分幸せなはずなのに。
泣いた。
気持ちが落ち着いてきたのでお湯を止めてシャワールームを出る。
バスタオルで体を拭く。
「はぁ」
また・・軽くため息をついてしまった。
鏡に向かって自分の顔を見る・・目が赤い。
泣いてしまったからだ。
私は化粧水を軽く顔に押し付ける。
すこし冷たい液が肌を引き締めてくれるように感じた。
そして部屋に戻りテーブルに化粧ポーチを置いて乳液を塗って肌を整えた。
ゴー
一旦乳液を肌になじませている間にドライヤーで髪を乾かす。
セットするように指ですきほぐしながら長い髪を乾かしていく。
「長いと乾くの時間かかるなあ・・今度、翼さんに切ってもらおうかな?」
髪を乾かし終えて化粧をし始める。
コンシーラーで気になる所のほくろを隠してからファンデを塗る。
なんだろう今日は化粧のノリがいい。つやつやと肌に張りがあるようにも感じた。
軽くオレンジのアイシャドウを塗ってビューラーでまつ毛を軽く巻く。
目もとがバッチリ決まったので、スッと眉を書いてオレンジブラウンのリップをひいた。
ティッシュを半分に折り口にくわえて軽く抑えた。
せっかくのおしゃれなオレンジブラウンのリップに合わせてナチュラルなピンクベージュのチークを塗る。
「うん!元気!いける!」
こなれ感のある化粧が私には似合う気がしている。
化粧もバッチリ決まったので元気が出てきた!
「よし!じゃあ食堂に行って見るか!」
私は化粧品を片付けてみんなの待つ食堂に向かうのだった。
彼にまたすぐ会えるのがうれしかった。
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