第二話~初陣
久々の外伝です(笑)
かなり勢いで書いたので、色々おかしな所があるかもしれません(-_-;)
見つけたら遠慮なくご指摘下さいm(_ _)m
アユハは客室を出ると、一般席の間を通って後部にある格納庫へ向かう。乗客全員がシートに座り、恐怖に身を縮ませる中、その行動は浮いて見えただろう。しかし、アユハは一切気にする事なく格納庫を目指した。
――★☆★――
手早くノーマルスーツを着込むと、格納庫に繋がるエアロックに入り、ハッチを解放する。と、いきなり血塗れのパイロットが目の前に現れ、驚いて壁際まで飛び退った。バクバクとうるさく鳴る心臓をなだめながら、目の前を通過していくパイロットを凝視してしまった。
恐らくコクピット内で爆発でも起こったのだろう。10センチ前後の破片が左半身にいくつも刺さっていた。あまりの痛々しさに顔を背けると、格納庫内の様子が見えた。
被弾し、ボロボロになった機体。整備士たちが慌ただしく動き回っている。機体の整備に始まり、被弾した機体の応急処置、武器の補填に走る者、緊急着艦に備える者など戦場さながらの有様で、思わず気圧されてしまう程だった。その間を通り抜け、予備機の一つ“リギオン”に近付く。真っ白な機体に、下からグラデーションがかるように深い蒼でカラーリングされている。この色はロアルティ帝国の国色で、国旗に使用されているものだ。帝国の主力機ともあって、遠目でも帝国のものとわかる。その分、隠密性には欠けるが。
閑話休題。
この忙しさのせいか、アユハの行動を見咎める者はいなかった。“リギオン”のコクピットに入り、機体に電源を入れた。駆動音とともにシステムが立ち上がる。
すでにスペックは頭に入っていた。
REMF―T038“リギオン”――頭部に70ミリ対空バルカン、腰部に86ミリレールガンとビームサーベルが装備されている。その破壊力を想像し、自然と操縦桿を握る手に力が入る。呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。荒い呼吸の中、アユハはかつて後輩が言った言葉を思い出していた――
『――守るための力は必要だと思うよ』
『守るための、力……?』
『うん』
場所は付属高校の地下工廠。話しているのは四歳年下の入江由貴という、孤児院時代から何かと面倒を見ている少女だ。まだ中学にも上がっていないのにハイスクールの地下工廠にいるわけは、彼女が持つ力に由来する。その力の解析と後遺症の改善・治療。最精鋭の技術力と最新の研究が成されるこの場所は、まさにうってつけだった。
この当時、“ジュバンセル”はまだ設計図段階で、格納スペースには数機のロアルティ製旧式モビルフレームがあるだけだった。その一機を前にして、アユハは思わず呟いたのだ。――こんな破壊するだけのものに、なんの価値があるんだ、と。
ナウロティア軍との小競り合いが一際激しかった時期だ。親や家族を亡くした子供たちを大勢引き取ったばかり、アユハも訓練が始まったばかりで戦う意義を見出だせず、心が荒んでいたのだ。なぜなんの罪もない人が犠牲にならなければならないのか、小さな子供たちが辛い思いをしなければならないのか。
そんなむしゃくしゃした気持ちを抱えるアユハにかけられたのが先の言葉だ。年齢に似合わぬ落ち着きを纏い、由貴はアユハを見上げてニコッと笑った。
『力は力。使う者の意思によって正義にも悪にもなる』
四歳年下の、まだ幼さが残る顔を見つめる。アユハは凝り固まった心がほぐされていく気持ちだった。
『奪う為に使えばただ傷付けるだけの暴力になり、守る為に使えば人々の心を照らす希望の光になる』
『力は、ただ力……か』
由貴の言葉を反芻するアユハを見上げ、由貴は微笑みを浮かべた。
『アユハお姉ちゃんにはぴったりだよ?』
『え?』
『守るための力。価値はしっかりあるよ。だから押し潰されないで――』
――★☆★――
――大丈夫。押し潰されてない。私は押し潰されてなんかいない。
形の良い眉を寄せ、心から案じている様子の後輩に向かって心の中で呟く。いつの間にか閉じていた目を開け、操縦桿を握りなおす。
“リギオン”の目に灯が灯る。スクリーンに格納庫内が映し出された。一人の整備士が異変に気付いた様子だがもう遅い。“リギオン”が一歩踏み出した。
<そこどいて! 宇宙に放り出すよ!>
止めようと動いていた整備士たちが、慌てて退避する。その間を通り、アユハは開きっぱなしだったハッチから出ようとして、
「!?」
突如鳴り響いた警告音に、さっと身構える。と、ハッチの前に躍り出た機影があった。継ぎはぎだらけの、骨董品扱いされているような旧式モビルフレームだ。
つまり――敵。
アユハは、全身から血の気が引くような思いをした。
客室にいるはずの義両親の顔と、通りすがりに見た乗客たちの顔がよぎる。
旧式がバズーカの狙いを定め、今にも撃たれようとするが、“リギオン”の腰部レールガンが火を吹く方が早かった。狙い過たず、旧式のコクピットを貫き、爆散する破片をシールドを掲げる事でやり過ごす。
連絡船に一切の傷がない事を確認すると、今度こそ“リギオン”を宙に踊らせた。
――敵は……? 主戦場は……あっちか。
モニターに素早く目を走らせ、必要な情報を拾う。バーニアスラスターを吹かし、一気に加速した。強烈なGがアユハの体をシートに押し付ける。
<なんだ!?>
<もうパイロットに余裕はなかったはずだぞ!? 乗っているのは誰だ!!>
オープンにしていた通信機から護衛部隊の驚愕の声が聞こえる。突然、護衛対象である連絡船の後方で爆発が起き、その爆煙を切り裂くようにモビルフレームが現れれば驚きもする。パイロットに余裕はないと思っていたのなら尚更だろう。
しかしアユハは後にしてくれ、と思った。
モビルフレームの操縦は初めてではない。宇宙空間での活動実績だってある。
だが、戦場のただ中に身を置くのは初めてだった。
そう。つまり初陣だ。
戦場の殺伐とした空気に当てられ、今にも吐き出してしまいそうな気持ちだった。
「ぐっ……」
かすかに瞳の力が働いている。頭に直接入ってくる膨大な情報に、思いっきり顔を顰めた。
――くそったれがっ!
アユハは心の中で荒々しく毒づき、機体を急旋回させる。横方向のGに内臓が悲鳴を上げるが、誤射による同士討ちを確認すると、振り向き様の一射で二機を沈める。
それまで組織立って動いていた敵部隊は、たった一機のモビルフレームに四機を墜とされた事に動揺が激しく、てんでバラバラに行動し始める。
自棄を起こしたように遮二無二突っ込んでくる一機。恐怖の為か、こちらに背を向け逃走をはかる三機。残存機を集め、再度攻撃を図ろうとする六機。
だが、そのどれもが目的を達する事が出来なかった。
護衛部隊によって次々と広がる爆煙に、アユハは別種の緊張感に包まれた。
<助力を感謝する>
隊長機と思われるモビルフレームがゆっくり近付いてきた。
<貴殿のお陰で我々は連絡船を護りきる事が出来た>
言葉は丁寧ではあるが、決して賛辞を贈る口調ではなかった。その気持ちを理解出来てしまうため、アユハは黙って聞いていた。
<だが、我が部隊の者ではないな。何者だ? 目的はなんだ?>
アユハの“リギオン”を囲むように、他の無事な“リギオン”が集まってきた。
アユハは一度瞑目し、早る鼓動を落ち着ける。
――大丈夫。何も問題はない。ありのままを話せばいいだけ。
数十分前にした覚悟を思い出した。
守りきったという感慨を噛みしめ、通信機のスイッチを押す。
「私は――」
通信機の向こうの張りつめた気配を感じた。
「私は、少なくともあなた方の敵にはなり得ない。私も、この船を守りたくて戦ったのだから――」
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