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今宵は曼陀羅け 参  作者: AKIRU
1/1

参.深夜の秘め事

やはりこれは、全くBLではありません

残念な脳内劇場……

 

   深夜の秘め事



 壁に掛かる時計が、11を指した。

 クリスマスパーティーという名の宴は小一時間ほど前に終了した。

明日も仕事だという雅子さんが退席し、酔い潰れた芙華さんを尊さんが寝室へ運び、それを機に七海さんも徒歩で帰った。

 片付けは、家のことを把握している悟さんと、素面(しらふ)の私、そしてユヅさんの三人。

「よし、終了! 如月さんの手際がいいから、予想以上に早かったぁ」

 悟さんはエプロンを外し、台所の電気を消した。

「ユヅも、朝から付き合わせて悪かったな。マジで助かった」

「ううん、楽しかった」

 笑顔を返すユヅさんだったが、そこはかとない雰囲気を滲ませていた。

もしや、悟さんと離れるのが寂しくて、「泊まっていけよ」という言葉を待っているのでは。

 そうか、私がふたりの邪魔をしていたのだ!

「それでは、お先に失礼します。おやすみなさい」

「待って!」

 背を向けると同時に、切羽詰まったようなユヅさんに呼び止められた。

「あの、少し話しを聞いてもらいたいんだけど」

「私……ですか?」

 ユヅさんがしっかり頷く。

「俺、先に寝るわ。じゃあな、お疲れ」

 え、ええーーーー!?

 自分の部屋へ引き上げた悟さんを見送って、ユヅさんは玄関に近い部屋へ移動すると、黒革のソファーに落ち着いた。暖房器具は見当たらないが、ここも床暖房が効いている。

 私はスマートフォンのアラームを、午前四時にセットして、ユヅさんと向かい合った。

「この家は、オフラインなんですね」

 スマホの画面を見ながら呟くと、

「尊さんが結界を巡らせてるって、前にサトルが言ってた」

「えっ!?」

 当然のように答えたユヅさんに、私はひどく驚いた。圏外ではなく【結界】という言葉が、医大生の口から出るとは思いもしなかった。

 私は動揺を悟られないよう、彼の用件を聞く体制を整えた。

「十条さんは、幽霊とかに遭遇したことってある?」

 彼の表情は真剣だ。

「その聞き方だと、あなたは経験があるんですね」

 解剖のし過ぎでノイローゼ気味なのかもしれない。と、勘繰ってしまう。

「夏にね、交通事故で入院してたんだ」

「事故に遭われたんですか」

「うん。でも、なにも覚えてなくて」

 彼は、ぽってりとした下唇を軽く噛んだ。

「その時、幽体離脱を経験した、とか?」

 最後まで話しを聞いてから応えるべきなのかもしれない。でも、私の眼を見つめ、縋るような眼差しで話す彼に、語らせ続けることが大罪にさえ思われた。

「それとも、その事故をきっかけに、日常が非日常的なものになったとか?」

「……時々、知らない人に会う」

 世の中は、自分の知らない人で溢れている。

「解剖学の最中に?」

「ううん、ご献体は何も言わない。大学病院内や、バイト先の診療所とかで」

 解剖の罪悪感から、幻覚を見るようになったのではあるまいか。

「愚痴や泣き言、やり残したこと、後悔……そんな話しをしてくるんだ」

「会話が出来るの!?」

「そうみたい。僕がきちんと向き合って受け答えすれば、いつのまにか居なくなっちゃうんだけど」

 まさか、そんなことが本当に……!?

 私は経験もないし、気配すら感じたことがない。だからといって、彼が嘘や幻覚話しをわざわざする意味もないだろう。僧侶だからといって死人と対峙できるはずもなく、教でどうこうできるわけでもない。

「もしかしたら、その事故で解脱というか、シックス・センス以上の潜在能力が目覚めたんじゃ……」

 私は宗教だけでなく、生命の起源や脳科学も研究している。教えを否定するつもりはないが、偏った考えに捉われない人間でありたいと思っていた。

「医師を目指す者の発言(いうこと)じゃないよね」

 ユヅさんは、泣きそうな顔で微笑んだ。

 こんな時、気の利いた言葉や優しい態度を取れない自分が、無力でもどかしい。

「悟さんには話した?」

「……言えない。サトルは科学的根拠がなきゃ信じない、根っからの理工系だもん」

 だから仏門を学ぶ、私に白羽の矢が立ったのか。

「尊さんの方が場数を踏んでいるし、ユヅさんの時間が合う時に、二人で話してみましょう」

 元々、尊さんは嗅覚が鋭い。ユヅさんとの付き合いも私より長いのだから、わかることがあるかもしれない。

「ユヅさん、今世を終えた人があなたを介してでも云いたいことがあって、あなたを頼っているとしたら、迷惑というか、困りますか? 暮らしに支障がありますか?」

「……ん、困ってはないけど、受け入れがたいっていうか」

「確かに、自分が否定する存在を受け入れることは容易ではないですね」

 人を生かそうと極限まで挑む職業が医師なのだから、彼の悩みを、私程度の者が汲み取ることはできない。だからといって、自分のレベルを決めつけ甘んじてしまえば、私はここで終わる程度の人間だ。

「これは私の思想ですが」

 乾いた唇を、舌の先で湿らせた。

「総ての事柄には意味がある。無意味など存在しない」

 私はユヅさんの隣へ座り、細い肩に手を置いた。

「あなたは、必要あって求められている。頼りにされるというのは、生きている時間をより意味深いものとしてくれます」

 せめて、お手伝いくらいはさせてくださいね。

 そう云うと、彼は瞳を揺らし頷く。

「ありがとう……」

 涙を堪えるように、私の胸へ顔を埋め肩を震わせた。いろいろなモノを抱え、ひとりで苦しんでいたのだろう。巡り合わせなのかもしれない。まだまだ未熟な私に、彼と関わることで概念を払う精神を培わせようという、導き、または試練が課せられたのだとしたら。

「こちらこそ、話してくれてありがとうございます」

 すがり付く彼をあやすように、華奢な背中をゆっくゆっくりさする。

「……………」

 先程から気配と視線を感じていた。

「尊さん、用がおありならこちらへいらしてください」

 電子タバコを加え娘白を抱く尊さんは、足音も立てず歩み寄り、一人掛けのソファーに寛いだ。

「ユヅ、俺たちには話せなかったか?」

 尊さんはベリーフレイバーの煙を吐き出し、私と抱擁するような態勢のユヅさんに視線をおく。


  ミャーゥ


 コハクは尊さんの腕から飛び退き、ユヅさんの足元にすり寄った。

「ごめんなさい」

「タクシー呼んだから、もう帰れ。如月クンなら年明けまで居る」

 立ち上がったユヅさんは、コハクをひとしきり撫ぜてから帰り支度を済ませた。

 尊さんに習い、玄関で靴ではなく、用意されてあった桐の雪駄に足を通した。これは慎重に歩かなければ、闇夜に音が散漫する。

 パーカーを羽織り、裸足の指先に力を集中させて外へ出た。

 鋭利な月が、東の空をあしらっていた。





「巻き込んでしまったな……」

 尊さんは独り言のように零し、電子タバコの先端を光らせる。

 私は吸ったことも知識もないのだが、ビタミンタバコというのは、健康に貢献するのだろうか?

 細い月を見上げ、そちらへ向かって煙が吐かれた。

月を眺めているわけではないようだ。

その横顔がいつになく凛としていて、月光を寒々とさせた。

「冷えるし、中で話そうか」

 私を促す微笑みは、見知った彼だった。

今夜はまだ休めそうにない。

私は覚悟を決め、彼の部屋へついていった。



  ☆☆☆




  この邸宅は、今昔が同居している。

建物自体は旧家でも、水まわりや暖房などの配慮が徹底している。手入れのゆき届いた桧風呂は、年期を感じる。古きと現代の利便性が嫌味なく融合している状態は、尊さんならではの粋なのだろう。

 いつもと勝手は違うが、寺院や宿坊の掃除に比べれば、一人でもさほど問題はない。

 廊下磨きを終え窓の外を見上げると、明けの明星が光に飲まれる間際だった。ふわっと、鰹の一番出汁の匂いが廊下を抜けてゆく。

片付けを済ませ、台所へ急いだ。

「おはようございます」

 私は悟さんの背中に挨拶をした。彼はガスコンロの火を弱めてこちらを向いた。

「掃除、全部してくれてありがとう」

「いえ、お世話になる間くらいはさせてください」

 私は悟さんに尋ねながら、食器棚から使う器を取り出した。

「十条さん、今日は芙華とどっか行くの?」

 土鍋が湯気を立てた。匂いからして、茶粥を炊いているらしい。昨夜の食べ過ぎ飲み過ぎに配慮したのだろう。

「特に何も。できれば書店や家電屋を回れれば、と思っているんですが」

願わくば、メイトを覗きたい。ネットで調べたところ、店舗は小さいがPARCOに入っていることだけは間違いないのだ。本当は冬コミへ行きたかった! 芙華さんのご実家へご挨拶に行かなければ、好きな作家の同人誌が買えたのに……とは、地獄へ落ちても言えない。いや、いっそ、奈落の底で【俺プリ】三昧して、息抜きに【タクミくん】シリーズ読んで、【大奥】一巻から読み返して、【チュンタカ】ダンス踊って。いやいやいや、チュンタカダンスは尊さん×悟さん、否、ユヅさん×悟さんに踊らせる!

「俺、TSUTAYA行くけど」

「ご一緒させてください」

嗚呼、悟さんのお誘いを断るはずもなく。

「そういや夕べ、芙華がPARCO行くってわめいてたな」

なんと、これなら全てとはいわないが、おおよその目的は達成できそうだ。とはいえ、彼女に内緒でメイトを回れるだろうか。目的はBL同人誌。グッズやDVDを探索しなければ早く済むはずだ。そういえば、一度も彼女の買い物に同伴したことがない。一年くらい前に、食事をしたのが最後だった。

イケメンヴァンパイア(イケヴァン)、ログインし忘れてた! 津田サマの声を聴かずに寝てしまった! そうだ、ここはスマホも使えない家だった。

「ーーーー十条さん?」

「は、はい!」

「寝れなかったとか?」

いけない、つい、瞑想していた。

「二時間は眠れました」

私を心配してくれる悟さんの優しさに、頬が緩みそうになる。

「クルマ、出すわ……」

 温厚そうな顔をした腹黒ドSの尊さんと違い、切れ長なツリ目のせいで損をしがちな悟さんは、断然ツンデレポジだァ〜!!



 

 悟さんとは、「スタバで待ち合わせな」という取り決めだったので、家電量販店へ直行し、ゲーミングヘッドフォンを買った。二年ぶりのチェンジだ。

学院生になってからは、オンラインゲームを楽しめる時間も増えた。BLソシャゲ以外のネトゲは、乙女ゲー隠蔽のために学友とマルチプレイ(種属:ヒューマン、クラス:ガンナー)をしている。チャットの都合上、使い勝手のいいヘッドフォンは必須アイテムだ。

できるならゲーム専用のPC(デスクトップ)が欲しい。フィールドワークや論文を書く(ノートPC)時間の方がメインだから、ゲームは息抜きと割り切ってはいる。

「それ、なに?」

 頭上から降ってきた声に、慌ててスマホのソシャゲを放棄した。

「ピスタチオ・クリスマスツリー・フラペチーノです」

「なる、限定ね」

 いつもより強面の悟さんは、カフェ・ラテとTSUTAYAの袋を手に座った。

「俺さ、クルマの運転って好きじゃないんだよなぁ」

 キーとラテをテーブルに置くと、棘のある言葉どおり、眉間をしかめて目を細めた。

「ここまでの短距離で、事故る確率高すぎだろ」

「確かに、交差点で直進車より右折車の方が先にスタートしてましたね」

 たまたまだと思っていた。

「アレな、こっち来て知ったんだけど【松本走り】って呼ばれてんだ」

「は?」

「ここじゃ普通(デフォ)なんだと」

「それ、おかしくないですか?」

 日本の交通ルールに、そのような常識は存在しない。

「空の方がよっぽど安全だ」

悟さんは前髪を無造作にかきあげ、長いため息を吐いた。

「んで、昨日さ」

 歯切れ悪く呟きラテを飲む彼は、ひと呼吸おき、テーブルの上で組んだ手に顎を置いた。

本題はここからのようだ。

「ユヅと何があった?」

「ーーーー」

 もしや、これは嫉妬?

「タケにぃとも話してただろ」

「……起きていたんですか」

「ストレッチして筋トレして本読んでた」

要は、私たちの動向が気になり、眠るどころじゃなかったんですね。

私は紙袋から、先程買ったゲーミングヘッドフォンの一つをテーブルに置いた。

「ご生誕の日、おめでとうございます」

「は?」

「たまには芙華さん抜きで、お話し(チャット)したり、ネトゲとかもご一緒したくて」

「あの家だと難しいぞ」

「分かってます」

「外ならできるけどな」

 彼は「サンキュ」とはにかみ、お揃いのゲーミングヘッドフォンを受け取ってくれた。

  ーーーーツンデレの神降臨!!!!!

「で? ユヅは何だって?」

やはり理工系の人種はブレない率が高い。

もともと、悟さんに隠すつもりもなかったのだが。

「時々現れる死者に悩んでいました」

「!!」

一瞬にして顔面蒼白となった彼を前に、続く言葉を飲み込んだ。

昨夜、尊さんから聞いた話を思い出し、悟さんが今の(かれ)の状況を把握していないことが本当なのだと知った。仲がいいからといって、悩みを相談できるとは限らない。仲がいいからこそ、話せないこともあるのだろう。

「ユヅさん、事故直後から数日の間、記憶が欠落されていたんですね」

「……みたいだな」

 悟さんは低い声で呟き、下唇を噛みしめた。

 尊さんの話によれば、ユヅルさんは意識不明の時に【ユヅ】という女子大生として三浦の家に居たという。普通に会話をして、飲んだり食べたり、泣いたり笑ったりーー可愛い系の女の子だったらしい。古くからの医師家系で、後継者としての知識と技術を学ぶために、父親が卒業した医大へ入学したと聞かされた。医者になりたくない、好き好んで長男として生まれた訳じゃない。母親が他界していなかったら……。

きっと、【ユヅ】は彼自身の本心と事故というアクシデントが、特別な思念で創りあげた想像主のような存在だったのだろう。

今は目標に向かい、禁欲主義(ストイック)というよりもマゾがかっていると思えるくらい、座学と解剖学に没頭し、夜間診療とエンバーミングの助手までしている。リハビリを終え、退院するとすぐ、無駄にしてしまった時間を取り戻すどころか、先へ、もっと先へと駆け出した。意識がなかった時、ユヅは二人と猫一匹の魂を解放したらしい。そんな事情も、三浦の家はもちろん、出会った人たちのことも、眼が覚めると同時に思い出せない夢、と成り果てた。

「好きだったんですか?」

悟さんがユヅさんを見る目は、特別な優しさが滲んでいた。

「わかんねー」

こんな時に、無防備な顔をする悟さんが可愛すぎて、脳内が色めき立つ。

「でも、守ってやりたい……とは思った」

いただきましたーーーー!!!!

真剣に応えてくれる悟さんを直視できない。

夏の出逢いを経て、どのように今の関係を築いたかはわからない。彼らには申し訳ないが、私の人生に新たな彩りを、ご馳走様です!

「情けねぇ……アイツが悩んでるのもわかってなかったとか、マジありえねー」

ブツブツ言いながらアタマを抱え込み、髪をグシャグシャ掻きむしる彼はSレアだ。


文芸とかコメディとか、異世界以外のジャンル選択少なすぎませんか?

エンタメですらないのに……

申し訳ございません!

申し訳ございません!

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