参.深夜の秘め事
やはりこれは、全くBLではありません
残念な脳内劇場……
深夜の秘め事
壁に掛かる時計が、11を指した。
クリスマスパーティーという名の宴は小一時間ほど前に終了した。
明日も仕事だという雅子さんが退席し、酔い潰れた芙華さんを尊さんが寝室へ運び、それを機に七海さんも徒歩で帰った。
片付けは、家のことを把握している悟さんと、素面の私、そしてユヅさんの三人。
「よし、終了! 如月さんの手際がいいから、予想以上に早かったぁ」
悟さんはエプロンを外し、台所の電気を消した。
「ユヅも、朝から付き合わせて悪かったな。マジで助かった」
「ううん、楽しかった」
笑顔を返すユヅさんだったが、そこはかとない雰囲気を滲ませていた。
もしや、悟さんと離れるのが寂しくて、「泊まっていけよ」という言葉を待っているのでは。
そうか、私がふたりの邪魔をしていたのだ!
「それでは、お先に失礼します。おやすみなさい」
「待って!」
背を向けると同時に、切羽詰まったようなユヅさんに呼び止められた。
「あの、少し話しを聞いてもらいたいんだけど」
「私……ですか?」
ユヅさんがしっかり頷く。
「俺、先に寝るわ。じゃあな、お疲れ」
え、ええーーーー!?
自分の部屋へ引き上げた悟さんを見送って、ユヅさんは玄関に近い部屋へ移動すると、黒革のソファーに落ち着いた。暖房器具は見当たらないが、ここも床暖房が効いている。
私はスマートフォンのアラームを、午前四時にセットして、ユヅさんと向かい合った。
「この家は、オフラインなんですね」
スマホの画面を見ながら呟くと、
「尊さんが結界を巡らせてるって、前にサトルが言ってた」
「えっ!?」
当然のように答えたユヅさんに、私はひどく驚いた。圏外ではなく【結界】という言葉が、医大生の口から出るとは思いもしなかった。
私は動揺を悟られないよう、彼の用件を聞く体制を整えた。
「十条さんは、幽霊とかに遭遇したことってある?」
彼の表情は真剣だ。
「その聞き方だと、あなたは経験があるんですね」
解剖のし過ぎでノイローゼ気味なのかもしれない。と、勘繰ってしまう。
「夏にね、交通事故で入院してたんだ」
「事故に遭われたんですか」
「うん。でも、なにも覚えてなくて」
彼は、ぽってりとした下唇を軽く噛んだ。
「その時、幽体離脱を経験した、とか?」
最後まで話しを聞いてから応えるべきなのかもしれない。でも、私の眼を見つめ、縋るような眼差しで話す彼に、語らせ続けることが大罪にさえ思われた。
「それとも、その事故をきっかけに、日常が非日常的なものになったとか?」
「……時々、知らない人に会う」
世の中は、自分の知らない人で溢れている。
「解剖学の最中に?」
「ううん、ご献体は何も言わない。大学病院内や、バイト先の診療所とかで」
解剖の罪悪感から、幻覚を見るようになったのではあるまいか。
「愚痴や泣き言、やり残したこと、後悔……そんな話しをしてくるんだ」
「会話が出来るの!?」
「そうみたい。僕がきちんと向き合って受け答えすれば、いつのまにか居なくなっちゃうんだけど」
まさか、そんなことが本当に……!?
私は経験もないし、気配すら感じたことがない。だからといって、彼が嘘や幻覚話しをわざわざする意味もないだろう。僧侶だからといって死人と対峙できるはずもなく、教でどうこうできるわけでもない。
「もしかしたら、その事故で解脱というか、シックス・センス以上の潜在能力が目覚めたんじゃ……」
私は宗教だけでなく、生命の起源や脳科学も研究している。教えを否定するつもりはないが、偏った考えに捉われない人間でありたいと思っていた。
「医師を目指す者の発言じゃないよね」
ユヅさんは、泣きそうな顔で微笑んだ。
こんな時、気の利いた言葉や優しい態度を取れない自分が、無力でもどかしい。
「悟さんには話した?」
「……言えない。サトルは科学的根拠がなきゃ信じない、根っからの理工系だもん」
だから仏門を学ぶ、私に白羽の矢が立ったのか。
「尊さんの方が場数を踏んでいるし、ユヅさんの時間が合う時に、二人で話してみましょう」
元々、尊さんは嗅覚が鋭い。ユヅさんとの付き合いも私より長いのだから、わかることがあるかもしれない。
「ユヅさん、今世を終えた人があなたを介してでも云いたいことがあって、あなたを頼っているとしたら、迷惑というか、困りますか? 暮らしに支障がありますか?」
「……ん、困ってはないけど、受け入れがたいっていうか」
「確かに、自分が否定する存在を受け入れることは容易ではないですね」
人を生かそうと極限まで挑む職業が医師なのだから、彼の悩みを、私程度の者が汲み取ることはできない。だからといって、自分のレベルを決めつけ甘んじてしまえば、私はここで終わる程度の人間だ。
「これは私の思想ですが」
乾いた唇を、舌の先で湿らせた。
「総ての事柄には意味がある。無意味など存在しない」
私はユヅさんの隣へ座り、細い肩に手を置いた。
「あなたは、必要あって求められている。頼りにされるというのは、生きている時間をより意味深いものとしてくれます」
せめて、お手伝いくらいはさせてくださいね。
そう云うと、彼は瞳を揺らし頷く。
「ありがとう……」
涙を堪えるように、私の胸へ顔を埋め肩を震わせた。いろいろなモノを抱え、ひとりで苦しんでいたのだろう。巡り合わせなのかもしれない。まだまだ未熟な私に、彼と関わることで概念を払う精神を培わせようという、導き、または試練が課せられたのだとしたら。
「こちらこそ、話してくれてありがとうございます」
すがり付く彼をあやすように、華奢な背中をゆっくゆっくりさする。
「……………」
先程から気配と視線を感じていた。
「尊さん、用がおありならこちらへいらしてください」
電子タバコを加え娘白を抱く尊さんは、足音も立てず歩み寄り、一人掛けのソファーに寛いだ。
「ユヅ、俺たちには話せなかったか?」
尊さんはベリーフレイバーの煙を吐き出し、私と抱擁するような態勢のユヅさんに視線をおく。
ミャーゥ
コハクは尊さんの腕から飛び退き、ユヅさんの足元にすり寄った。
「ごめんなさい」
「タクシー呼んだから、もう帰れ。如月クンなら年明けまで居る」
立ち上がったユヅさんは、コハクをひとしきり撫ぜてから帰り支度を済ませた。
尊さんに習い、玄関で靴ではなく、用意されてあった桐の雪駄に足を通した。これは慎重に歩かなければ、闇夜に音が散漫する。
パーカーを羽織り、裸足の指先に力を集中させて外へ出た。
鋭利な月が、東の空をあしらっていた。
「巻き込んでしまったな……」
尊さんは独り言のように零し、電子タバコの先端を光らせる。
私は吸ったことも知識もないのだが、ビタミンタバコというのは、健康に貢献するのだろうか?
細い月を見上げ、そちらへ向かって煙が吐かれた。
月を眺めているわけではないようだ。
その横顔がいつになく凛としていて、月光を寒々とさせた。
「冷えるし、中で話そうか」
私を促す微笑みは、見知った彼だった。
今夜はまだ休めそうにない。
私は覚悟を決め、彼の部屋へついていった。
☆☆☆
この邸宅は、今昔が同居している。
建物自体は旧家でも、水まわりや暖房などの配慮が徹底している。手入れのゆき届いた桧風呂は、年期を感じる。古きと現代の利便性が嫌味なく融合している状態は、尊さんならではの粋なのだろう。
いつもと勝手は違うが、寺院や宿坊の掃除に比べれば、一人でもさほど問題はない。
廊下磨きを終え窓の外を見上げると、明けの明星が光に飲まれる間際だった。ふわっと、鰹の一番出汁の匂いが廊下を抜けてゆく。
片付けを済ませ、台所へ急いだ。
「おはようございます」
私は悟さんの背中に挨拶をした。彼はガスコンロの火を弱めてこちらを向いた。
「掃除、全部してくれてありがとう」
「いえ、お世話になる間くらいはさせてください」
私は悟さんに尋ねながら、食器棚から使う器を取り出した。
「十条さん、今日は芙華とどっか行くの?」
土鍋が湯気を立てた。匂いからして、茶粥を炊いているらしい。昨夜の食べ過ぎ飲み過ぎに配慮したのだろう。
「特に何も。できれば書店や家電屋を回れれば、と思っているんですが」
願わくば、メイトを覗きたい。ネットで調べたところ、店舗は小さいがPARCOに入っていることだけは間違いないのだ。本当は冬コミへ行きたかった! 芙華さんのご実家へご挨拶に行かなければ、好きな作家の同人誌が買えたのに……とは、地獄へ落ちても言えない。いや、いっそ、奈落の底で【俺プリ】三昧して、息抜きに【タクミくん】シリーズ読んで、【大奥】一巻から読み返して、【チュンタカ】ダンス踊って。いやいやいや、チュンタカダンスは尊さん×悟さん、否、ユヅさん×悟さんに踊らせる!
「俺、TSUTAYA行くけど」
「ご一緒させてください」
嗚呼、悟さんのお誘いを断るはずもなく。
「そういや夕べ、芙華がPARCO行くってわめいてたな」
なんと、これなら全てとはいわないが、おおよその目的は達成できそうだ。とはいえ、彼女に内緒でメイトを回れるだろうか。目的はBL同人誌。グッズやDVDを探索しなければ早く済むはずだ。そういえば、一度も彼女の買い物に同伴したことがない。一年くらい前に、食事をしたのが最後だった。
イケメンヴァンパイア、ログインし忘れてた! 津田サマの声を聴かずに寝てしまった! そうだ、ここはスマホも使えない家だった。
「ーーーー十条さん?」
「は、はい!」
「寝れなかったとか?」
いけない、つい、瞑想していた。
「二時間は眠れました」
私を心配してくれる悟さんの優しさに、頬が緩みそうになる。
「クルマ、出すわ……」
温厚そうな顔をした腹黒ドSの尊さんと違い、切れ長なツリ目のせいで損をしがちな悟さんは、断然ツンデレポジだァ〜!!
悟さんとは、「スタバで待ち合わせな」という取り決めだったので、家電量販店へ直行し、ゲーミングヘッドフォンを買った。二年ぶりのチェンジだ。
学院生になってからは、オンラインゲームを楽しめる時間も増えた。BLソシャゲ以外のネトゲは、乙女ゲー隠蔽のために学友とマルチプレイ(種属:ヒューマン、クラス:ガンナー)をしている。チャットの都合上、使い勝手のいいヘッドフォンは必須アイテムだ。
できるならゲーム専用のPCが欲しい。フィールドワークや論文を書く(ノートPC)時間の方がメインだから、ゲームは息抜きと割り切ってはいる。
「それ、なに?」
頭上から降ってきた声に、慌ててスマホのソシャゲを放棄した。
「ピスタチオ・クリスマスツリー・フラペチーノです」
「なる、限定ね」
いつもより強面の悟さんは、カフェ・ラテとTSUTAYAの袋を手に座った。
「俺さ、クルマの運転って好きじゃないんだよなぁ」
キーとラテをテーブルに置くと、棘のある言葉どおり、眉間をしかめて目を細めた。
「ここまでの短距離で、事故る確率高すぎだろ」
「確かに、交差点で直進車より右折車の方が先にスタートしてましたね」
たまたまだと思っていた。
「アレな、こっち来て知ったんだけど【松本走り】って呼ばれてんだ」
「は?」
「ここじゃ普通なんだと」
「それ、おかしくないですか?」
日本の交通ルールに、そのような常識は存在しない。
「空の方がよっぽど安全だ」
悟さんは前髪を無造作にかきあげ、長いため息を吐いた。
「んで、昨日さ」
歯切れ悪く呟きラテを飲む彼は、ひと呼吸おき、テーブルの上で組んだ手に顎を置いた。
本題はここからのようだ。
「ユヅと何があった?」
「ーーーー」
もしや、これは嫉妬?
「タケにぃとも話してただろ」
「……起きていたんですか」
「ストレッチして筋トレして本読んでた」
要は、私たちの動向が気になり、眠るどころじゃなかったんですね。
私は紙袋から、先程買ったゲーミングヘッドフォンの一つをテーブルに置いた。
「ご生誕の日、おめでとうございます」
「は?」
「たまには芙華さん抜きで、お話ししたり、ネトゲとかもご一緒したくて」
「あの家だと難しいぞ」
「分かってます」
「外ならできるけどな」
彼は「サンキュ」とはにかみ、お揃いのゲーミングヘッドフォンを受け取ってくれた。
ーーーーツンデレの神降臨!!!!!
「で? ユヅは何だって?」
やはり理工系の人種はブレない率が高い。
もともと、悟さんに隠すつもりもなかったのだが。
「時々現れる死者に悩んでいました」
「!!」
一瞬にして顔面蒼白となった彼を前に、続く言葉を飲み込んだ。
昨夜、尊さんから聞いた話を思い出し、悟さんが今の弦の状況を把握していないことが本当なのだと知った。仲がいいからといって、悩みを相談できるとは限らない。仲がいいからこそ、話せないこともあるのだろう。
「ユヅさん、事故直後から数日の間、記憶が欠落されていたんですね」
「……みたいだな」
悟さんは低い声で呟き、下唇を噛みしめた。
尊さんの話によれば、ユヅルさんは意識不明の時に【ユヅ】という女子大生として三浦の家に居たという。普通に会話をして、飲んだり食べたり、泣いたり笑ったりーー可愛い系の女の子だったらしい。古くからの医師家系で、後継者としての知識と技術を学ぶために、父親が卒業した医大へ入学したと聞かされた。医者になりたくない、好き好んで長男として生まれた訳じゃない。母親が他界していなかったら……。
きっと、【ユヅ】は彼自身の本心と事故というアクシデントが、特別な思念で創りあげた想像主のような存在だったのだろう。
今は目標に向かい、禁欲主義というよりもマゾがかっていると思えるくらい、座学と解剖学に没頭し、夜間診療とエンバーミングの助手までしている。リハビリを終え、退院するとすぐ、無駄にしてしまった時間を取り戻すどころか、先へ、もっと先へと駆け出した。意識がなかった時、ユヅは二人と猫一匹の魂を解放したらしい。そんな事情も、三浦の家はもちろん、出会った人たちのことも、眼が覚めると同時に思い出せない夢、と成り果てた。
「好きだったんですか?」
悟さんがユヅさんを見る目は、特別な優しさが滲んでいた。
「わかんねー」
こんな時に、無防備な顔をする悟さんが可愛すぎて、脳内が色めき立つ。
「でも、守ってやりたい……とは思った」
いただきましたーーーー!!!!
真剣に応えてくれる悟さんを直視できない。
夏の出逢いを経て、どのように今の関係を築いたかはわからない。彼らには申し訳ないが、私の人生に新たな彩りを、ご馳走様です!
「情けねぇ……アイツが悩んでるのもわかってなかったとか、マジありえねー」
ブツブツ言いながらアタマを抱え込み、髪をグシャグシャ掻きむしる彼はSレアだ。
文芸とかコメディとか、異世界以外のジャンル選択少なすぎませんか?
エンタメですらないのに……
申し訳ございません!
申し訳ございません!