第1話 ーーー異世界へようこそーーー
夕暮れの公園での出来事が嘘のようだ。
今、目の前に広がっているのは、まぎれもない『海』だ。
膝下まで、海水に浸かっている。時々波が、ケント達の腰のあたりまで、押し寄せる。鼻に広がる潮の香り、強い陽射し、レジャーなら言うことないが、突然の事で、みんな 呆然としている。
そんな中で、京子だけは、目を閉じ杖を掲げて何やら、呪文のような言葉を唱えている。聞いたこともない言葉だ。
「海だーーー」
ミキちゃんが口火をきるとそれぞれが、声を上げる。
「何?どうなってんの? あっ、痛っ」
シラトリさんが驚きながら叫ぶと、波に足をとられて転んでしまった。
「海だね。あっ、リリナ、大丈夫」
機械のような言葉で話す。アマカワさんは思考停止しているらしい、目が宙を泳いでる。
「さっき、公園にいたよね。いたよね。何で、海があるの?何で?」
俺の頭は、パニックだ。
「説明は、後にいたします。少しの間、声を出さないでもらえますか!」
京子さんは、真剣に、そして威圧的にみんなに言う。
みんな、そんな雰囲気に呑まれたのか、口を閉ざし、首を上下にふる。
2・3分経った頃、京子さんは、みんなに話す。
「今、結界魔法を施しました。多分、数日は大丈夫でしょう。取りあえず、砂浜のところに行きましょうか?いろいろ確認しておきたいこともありますし皆さんもいろいろ聞きたい事がおありでしょう」
さっきの京子さんの雰囲気にまだ抜け出せなかった俺たちは、黙って京子さんに従う。
砂浜に上がると、また京子さんが、
杖を掲げて呪文を唱える。
俺たちは、その姿を黙って見つめていた。
そして、おもむろにみんなの顔見つめて、こう言った。
ーーー「異世界へようこそ!」ーーー
『いせかいーーーー!』
みんなの声がハモった。
「異世界って、あれよね。アニメとかラノベに出てくる」
シラトリさんは興奮している。
「そうなんだ。うん、そうだよね」
アマカワさんは、まだ機械語だ。
「うっそー!」
俺はそれしか言葉が出なかった。
「ミキ、泳ぎたい。ねぇー泳いでもいい」
ある意味、この環境でミキちゃんが一番まともな言葉を言う。
「そうですねぇー。少し落ちつく場所で説明しましょうか? ここは、陽射しが強くて、お肌に悪いです。さっき確認しましたら、
砂浜の先の林の中に、落ち着けそうな場所があるみたいです。そちらに参りましょう」
京子さんは、みんなを連れて砂浜を横切り、林の中に入って行く。
林の中といっても、明るくて、ヤシの木みたいな木が広がっている。
少し、歩くと、岩場のようなところに出てきた。
陽射しが大きな木に遮られ、割と涼しい。
「ここなら、良いでしょう」
京子さんが、腰掛けるのにちょうど良さそうな岩に、みんなを誘う。
「では、説明しましょうか」
みんな、真剣に京子さんを見つめる。
「注目されるのは、苦手なのですが、ここはこれで…。うっうん。そうだ……」
咳払いをして、腰のあたりをゴソゴソしてペットボトルのお茶をみんなに渡す。
(いろいろツッコミたいが、そんな余裕がない)
「喉が渇いたでしょう?飲みながら話しましょう」
「先ほども言いましたが、ここは異世界です。この言葉は正確ではありませんね。みなさんがいた惑星、そう地球でしたね。それとは、違う惑星です。みなさんは、地球からこの星まで転移したのです」
「えっ!地球じゃないの? 転移? って、じゃあ、もう帰れないの?」
シラトリさんが驚いたように聞いている。
「えぇ。地球ではありません。この惑星の名前はありませんが、私達は、便宜上、M225惑星と呼んでいます。上を見てください。
地球で太陽と呼ばれる惑星がいくつ見えますか?」
木の葉が邪魔でよく見えないが、少し移動して見てみると、太陽が3つある。
「ほんとだ、太陽が3つある。ほら、コトミ」
「ほんとだねーー」
まだ機械のようになっている。
俺は、呆然と太陽らしきものを眺めて、地球じゃないんだと思い込もうとした。
「地球に帰れないかどうか、という質問ですが、ちゃんと帰れますよ。安心してください」
その言葉に、みんな「ホッ」とした。
「海行きたい。早く泳ぎたーい」
ミキちゃんが俺の袖を引っ張るので、「 お話が終わったら後で泳ごうね 」と頭を撫でる。
「私達は、この世界に転移しました。これは、通常あり得ないことです。でも、転移する方法は存在します。ですから、みなさんは、ある方法をした術者によって、ここに飛ばされてきたのです。
問題は、ここからなんですが、その術者が誰だかわからないということです。通常の召喚では、大規模な術式を行います。それには、数ヶ月かかります。今回の転移は、そのような正当の転移ではないということです。つまり、誰かが、意図してその術式を行なったということになります。その意図が、善意なのか、悪意なのか、わかりませんが、このような方法を行うということは、悪意の可能性が高いということになります。それは、相手の悪意によって、我々の命は、危険な状態にあるということです。
もちろん、みなさんのことは、私が命をかけてお守りいたします。ですので、みなさんも危険な行動は控えるようお願いします」
京子さんは、コトミを見ながら会話を続ける。
「アマカワ殿は、一度この世界に来ておりますよ。そう、あれは、ケント殿たちが林間学校という行事に参加してた時であります」
「えっ!」
コトミは両手で口をふさいだ。俺もシラトリさんもコトミを見る。
「あの事件の原因は、この星への転移だったのです。私もその現場におりました。アマカワ殿が、こちらに戻れたのは、タツミ殿のおかげです。
タツミ殿は、アマカワ殿を追いかけ、魔獣に襲われているところを助けました。傷を回復し、こちらの世界に連れ戻したのです。もしもの時があった場合に名刺を渡したと言っておりました」
聞き慣れた言葉にケントは、驚いて叫ぶ
「何で親父が? 何でそんなことできるの?京子さん!」
「そうよ!何でそんなことできるの?」
シラトリさんも驚く。
「これは、口止めされているので、詳しい話は私からはできませんが、ケン殿の父上は 『 勇者 』なのであります」
『 ゆうじゃーーーー!』
また、みんながハモった。
「そうだよ、タツミパパは勇者だよ」
ミキちゃんは 「知らなかったの?」みたいな顔でケントを見上げる。
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「ミキちゃんは、親父が勇者って知ってるんだ?」
ミキの言葉で真実性をが増してくる。
「うん。タツミパパが悪い人から、ミキとママを助けてくれたの」
「親父がミキちゃんたちを助けたのか?」
「うん。それでねー、また悪い人が来ないようにお引越ししたの」
「引越しって、それでうちのアパートに来たのか」
「そうだよ。パパがお兄ちゃんもいるから楽しいよって言ってた」
「お兄ちゃんって俺のこと?」
「そう。ケン兄ちゃん」
「話を補足しましょう。海野親子は、海賊達に狙われていたのです。海賊達は、海野親子を捕まえてお金に変えようとしてたのですが、そこにタツミ殿が現れて、救ったと聞いております」
「何で狙われたの?」
ケントは不思議に思った?
「ミキ人魚だから、狙われるんだって」
「えっ!」
(そう言えば、ミキちゃんはいつも「 ミキは人魚だよ 」って言ってたな。あれって、子供の言う冗談か思い込みって思ってたけど、真実なの?)
「あれって、冗談じゃなかったの?」
「ひど〜い、ケン兄ちゃん。ミキ、嘘なんかつかないもん」
ミキちゃんは、泣きそうだ。
「あんた、バカじゃないの!こんな小さい子が嘘なんてつくわけないでしょ!」
いきなりシラトリさんに怒られた。
(それもそうだ。いつもミキちゃんは本当のことしか言わない。現実 離れしてたから、スルーしてたけど、今なら、それが真実だと認められる)
「ミキちゃん。ごめん。悪かったよ」
「えっーん、えっ〜ん」
感情が高まったのか、ミキちゃんは泣きだした。
「ひどいお兄ちゃんねーー」
シラトリさんがミキちゃん頭を撫でている。
「ミキちゃん。大丈夫よ。泣かないで」
アマカワさんが、そっとミキちゃんの肩を抱いている。
「ミキちゃん。本当にごめん。俺が悪かった。許してくれる?」
ケントは、ミキの前で土下座をした。
「グスゥン。グスゥン。信じてくれる?ミキのこと」
「信じるよ。二度と疑わないって約束するよ」
「うん。約束だよ」
「ありがとう、ミキちゃん」
そう言って、ミキちゃんの頭を撫でる。「泣かせちゃダメでしょ!」ってみたいな顔でシラトリさんが俺を見ていた。
このことがあってから、みんな頭の中が整理され、いっぱいいっぱいだった思考もクリアになっていった。
子供の無邪気な心は、すごいと思った。
「京子さん、ミキちゃんは人魚なんだね」
「そうです。この世界の元住人です。人魚族の亜人種です」
「ミキちゃんは、この世界から引越してきたんだ。偉かったね」
京子の言葉を聞き、また、ミキちゃんの頭を撫でる。
「何で狙われたのかしら?」
アマカワさんも落ち着いたようだ。
「人魚族は、地球の伝説でもありますように、その肉を食べると不老不死になるという話があります。この世界でもそのような伝説があり、多くの人魚族が犠牲になった事実があります。現在人魚族は、その数を減らしており、保護のため、タツミ殿が地球に連れて行ったようですが、怖い目に遭わせないようにする為という理由が一番だと思います」
「ひどいっ!」
俺は、叫んでいた。
「でも、あんたのお父さん最高ね。私、惚れちゃいそう」
(シラトリさんが血迷った事を言っている)
「カッコいいね、キシキ君。カッコいいね」
(えっ、対象が俺?アマカワさん……イヤイヤ同意だよ。同意だよね?)
「親父のことは、俺にはそう思えないんだけど、ミキちゃん達が助かったことは、本当に良かったと思っているよ」
「ケン兄ちゃん!」
ミキちゃんが嬉しそうに抱きついてきた。
「て、ことは、幸枝さんも人魚族なんだよね?」
「ママも人魚だよーー」
「どおりで綺麗なはずだね。人魚なら納得だよ。うん」
ケントは思いっきり納得する。
「ミキも綺麗だよ」
「もちろんだよ。とても綺麗だよ」
俺は、妹を愛でるように微笑ましい顔をしてたのだが、
「あんた、ロリコンなんじゃないの!」
シラトリさんには、怪しい犯罪者にみえてたらしい。
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「じゃあ、京子さんはずっと前から親父のこと知ってたんだ」
俺は、京子さんに聞いて見る。
「もちろんです。タツミ殿とは、切ってもきれない仲なのです」
自慢気に言う京子さんにアマカワさんは、
「それって、恋人同士という意味ですか?」
目が興味津々だ。
「そうですね。もう隠す必要もないですね」
と言って、呪文を唱える。
すると、頭から、耳が出てきてお尻のあたりから尻尾が生える。
「改めて、自己紹介しましょう。私は獣人族の中の鹿耳族です。名前は、ヨッシーベルト=ドゥ=バリアセン=キョンリーナと言います」
(名前、長っ!しかも、鹿耳族って) ようやく脳内でツッコミがいれられた。
「変相してたんだ」
ケントは(何があってももう驚かないぞ )っていう感じで言った。
「はい、幻術魔法であります」
京子さんは答えた。
「耳かわいいーー」
(シラトリさんの様子が変だ)
「尻尾フサフサー。さわりたーい」
(アマカワさんの様子もおかしい)
京子さんは、賞賛された言葉に嬉しそうで、尻尾の動きが激しい。
ミキちゃんは、激しく揺れている尻尾をつかもうとしている。
「じゃあ、これからは、なんて呼んだらいいの?」
ケントは、呼び方に迷ったので、京子さんに丸投げした。
「どちらでもかまいません。吉川 京子という名前は、タツミ殿がつけてくれました。タツミ殿は私のことを『 キョン 』と呼びます。私も、この世界なら、キョンのほうが馴染みがあります」
(親父もきっと正確な名前覚えられなかったんだろうな)と、妙なところで納得する。
「じゃあ、キョンさんでいい?」
「ケン殿には、できれば、オネーちゃんっと昔のように呼んでいただけたら嬉しいのですが……」
「じゃあ、キョンさんって呼ぶね」
即答した。
「さすが、ケン殿!落とし所をわきまえておりますなぁ」
(そう言えば、こんなやり取り前にしたような覚えがあるけど……)
「鹿耳族って言ってたけど…。鹿耳族の他にもいろいろいるの?」
「はい、おりますよ。ケン殿。猫耳族や犬耳族、獅子耳族、数えたら切りがありません。
話は、長くなりますが、もともとこの世界の獣人族たちは、人族や魔族に虐げられてきたのであります。奴隷制度もあり、奴隷はほとんど獣人族なのです。
私もかつては、奴隷として捕まっていました。
鹿耳族は、獣人族の間でも希少種で、人数が少ないのです。それに、獣人族は、魔法がほとんど使えません。そんな中で、私は、魔法適性が優れて産まれてきたのです。
100年に一人か二人の割合だと聞いてます。それ故、希少種の中の希少種ということで、悪人たちの手に捕まってしまったのです。奴隷落ちした私を救ってくださったのがタツミ殿です」
辛い過去話をあっさり聞いてしまった。
「タツミ様、男ねー。完全に惚れたよ」
(シラトリさんは、どうやら悪の手先になったようだ)
「すごいね、キシキ君。すごいね」
(アマカワさん、目を輝かせるのはやめてくれ)
「ねーあんた。タツミ様の写真ないの?あったら見せてよ」
「シラトリさん、悪いけど持ってないよ」
( 誰があんな親父の写真を持ち歩くか!)
「タツミ殿の写真なら、持っておりますよ」
キョンさんが、 また腰のあたりからゴニョゴニョして取り出す。
「こちらが、タツミ殿です」
一枚の写真をみんなに見せる。
「かっこいいーー! シブいおじさまね。本当にあんたのお父さんなの?」
(シラトリさん、異世界にはきっと眼科はないよ)
「素敵だね。キシキ君。素敵だね」
(アマカワさん、言葉を繰り返すのはもうやめようよ)
そして、俺は写真のある人に釘ずけになった。
「これは……、この人は母さんだよね」
写真を指差して、キョンさんに詰め寄る。
キョンさんは、「あちゃー」という仕草をしながら、俺にこう言った。
「この方は、ケン殿の母上であります。ケン殿の母上は、この世界におります。詳しいことはこれ以上は言えません。タツミ殿との約束ですから…。申し訳ありません。ケン殿」
キョンさんは俺に深々と頭を下げた。
どうやら、母さんは、この世界にいるらしい。
会いたい気持ちがこみ上げてきた……。