第5話 ーーーコスプレ美少女二人とケントそしてーーー
一瞬、時間が止まったような感覚だった。
「親父……」
声が出てたかわからない。
「えっ?」
シラトリさんがさらに詰め寄ってくる。
(近い、近い、顔がちかい)
「親父です。キシキ タツミは、俺の父親です」
うまく言葉になっていたかわからないが、多分相手に伝わっただろう。
その証拠に、
「キシキ君のお父さんなんだってーー」と、アマカワさんに話しかける声が聞こえる。
「お父さんと連絡取りたいんだけど、今日は何時頃、帰ってくるの?」
(そりゃそうだろうな。慰謝料の話とかあるもんな)
と、完全にあのダメ親父を犯罪者扱いしながら
「ほとんど、家には帰ってきません。連絡もこちらかは取れないんです」
本当のことを話す。あのダメ親父の悪口だと思ったら、言葉がスラスラ出てきた。
「そんなわけないでしょう。あんたのお父さんさんなんだから。連絡先ぐらい知ってるでしょ」
いつの間にか、「あんた」呼ばわりされている。普通ならそうなんだろう。
「ほんとなんですよ。あのダメ親父 、親父ときたら、この間、帰ってきたのは、年末だし、連絡も一方的にメール送ってくるだけだし、いい歳してフリーターだし、ほんとあの親父ときたら……」
親父を思い出したら、腹が立ってきた。そんな俺のことを見てさっしたのか、
「なんかあんたも苦労してんのね」
と、同情されてしまった。
何やら、二人でゴショゴショ話してる。
周りをから見たら異様な光景だろう。痛いコスプレ少女二人に詰め寄られている、オドオドした少年。
ダイゴさんや京子さんに見つかったら、どうなることか…想像したくない。
「あんた、ちょっと相談があるんだけど、時間いいよね」
シラトリさんの矛先がこっちに向いた感じだ。
親父と連絡取れない以上、その息子に話をつけるのは間違いじゃない。
家には、ばーちゃんがいるから、心配させたくないし、さすがに、立ち話じゃすみそうもない。
「ちょっと来て」
いきなりシラトリさんは、俺の制服のネクタイを引っぱりながら、どこかに連れて行こうとしている。
「リリナ、やめなよ。キシキ君に迷惑だよーー」
アマカワさんの声が聞こえる。常識のある人のようだ。
暴力的なシラトリさんとは違うのかもしれない。
「わかった。わかった。近くにファミレスがあるから、そこで話をしよう」
このままじゃしょうがないので、提案してみた。
「じゃあ案内して」
有無を言わず、案内させようとするシラトリさんは、さしずめ奴隷のご主人様のようだ。
こうして、俺は、痛いコスプレ美少女に連行されるのであった。
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ファミレスでは、一組の座席が異様な雰囲気をだしていた。
楽しそうにメニューを見ながら、話をしているコスプレ少女と根暗そうな少年の組み合わせだ。
周りの冷たい視線には慣れているのだが、ケントはこの二人のその格好にはどうしてもツッコミたい。趣味なのかどうなのか疑問がわく。
「ちょっといい? 何でそんな格好をしてるの?」
つい、いたたまれず話かけてみた。
「あっほんとだ。忘れてた」
「やだー。恥ずかしい」
(忘れてたんかい!)
脳内でツッコミを入れる。
コスプレ衣装を 脱ぐと、やはりこの二人は綺麗だ。さっきまでとは雰囲気が違う。
それに、「忘れてた」ということは趣味ではないようだ。
「これは、変装よ!変装。名刺の人がどんな人かわからなかったから……」
シラトリさんが照れながら言い訳してる。何だか小動物みたいだ。
(どんな人かわからない?二人は、親父に会った事がないのか?)
「じゃあ、二人は親父を知らないの?何かされて、責任とれとか、慰謝料の請求とかじゃないの?」
「何言ってんの、あんた。 バカじゃない? 知ってたら、あんたのとこくるわけないじゃん」
シラトリさんは容赦がない。
「違うの、キシキ君。ちょっと聞きたい事があっただけなの」
アマカワさんがフォローを入れる。
「ちょっと、そんな言い方やめなよ」
アマカワさんがシラトリさんをたしなめている。
「わかったわよ。わかった」
シラトリさんは、きっと反省してないだろう。
とすると、二人は、親父のことを知らない、会ったこともない、でも、連絡が取りたい、ということなんだと思う。
あのダメ親父が犯罪を犯した、というのは、この二人のやり取りから俺の勘違いらしい。
最悪の事態は回避された。
「ふぅー、 よかった」
ケントは、安堵とともに疑問がわく。
「じゃあ、何で二人は親父と連絡とりたいの? 親父の名刺はどうしたの?」
「それなんだけど……」
シラトリさんはアマカワさんの顔を見ながら、「いいよね」みたいなことを言ってた。
ここからが、話の本題らしい。
どれくらい時間が経っただろう。注文したドリンクバーのジュースは、底をついていた。
窓の外には、買い物袋を下げた大人たちが行き交っている。
空いていた店内の席も程よく埋まってる。
二人の話は、林間学校の事件から発し、これまでの体験を包み隠さず教えてくれた。結構、辛く、重い話だ。
俺は、この二人の体験の中で親父がどのように関わっているか、さっぱりわからない。
「とにかくあのダメ親父と連絡をとらなければ……」と思うようになっていた。
すると、俺の後ろの席から、不意に話しかけられた。
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「悪いとは思いましたが、話を聞かせてもらいました」
「えっ! 京子さん!」
見られたくない人に見られたショックと突然の出来事で、俺の口は開いたままだ。
「えっ〜と、どうしてここに……?」
「ずーっとここにいましたよ。ケン殿が入ってくるのが見えたのですが、お連れがいたようなので、声をかけなかったのであります」
「キシキ君の知り合い?」
二人も驚きながら聞いてきた。
「ううん、えーと 、そのーー」
ケントがゴニョゴニョつぶやいていると、
「自己紹介がまだでしたね。私は、ケン殿の隣に住んでます吉川 京子というものであります。ケン殿が産まれた時から知っている、言わば、お姉さん的立場のものであります」
「はっ初めまして、私は、キシキ君のクラスメートでアマカワ コトミと言います」
「私は、シラトリ リリナです。同じクラスメートです」
「これは、これは、お二方とも綺麗な方でありますね。ケン殿、青春ですなぁーー」
京子さんの攻撃が始まった。これからどうなるか、考えるだけでも胃が痛い。
京子は、そそくさとケントの隣に座った。
(肘で俺を突っつくのは、やめてくれ!)
「キシキ君、ケン殿って呼ばれてんだーー」
(アマカワさんのツッコミが怖い)
「ケン殿って、ケン殿って」
(シラトリさん、含んで笑うのはかんべんしてくれ)
「先ほどのお話の件なのですが、私なら協力できるかもしれません」
京子さんが胸に手を置き自信ありげに言っている。
「ほんとですか?」
「キシキ君のお父さんと連絡とれるんですか?」
二人は一筋の希望を見出したように、前に乗り出す。
「はい。本当であります。タツミ殿は、現在遠いところに行っており、直ぐというわけにはいきませんが、連絡先は心得ております。それと、アマカワ殿の不気味な声の症状も、何とかできると思います」
(何で、息子の俺より京子さんの方が親父の動向を知っているのか、思いっきりツッコミたい)
「声のことも何とかできるんですか?」
シラトリさんは驚いたように聞いた。
「はい。今は持ち合わせがないのですが、帰りにでも私の家に寄っていただければ魔具、いや、お守りみたいのがありますので、それを身につければ、多分大丈夫です」
「よかった」とシラトリさんは自分のことのようにホッとする。
「京子さんは、キシキ君のお父さんと仲がいいんですか?」
アマカワさんがいつになく積極的だ。
「タツミ殿とは、苦難の冒険を乗り越えた同志であります。あの頃のタツミ殿はすごかったです。まぁ、それは、今も同じですが」
京子さんは過去の記憶を辿りながら懐かしそうに空間を見つめる。
「キシキ君のお父さんは 冒険家だったのかーー。言ってくれればいいのに」
アマカワさんは、「何で言ってくれないの?」みたいな視線をケントに送る。
俺だってそんな事実初めて知った。京子さんにいろいろ聞きたいが女子の会話に入ることができない。
そういえば、俺は親父のことを何も知らない。ほとんど家にいなかったから知る必要もなかった。いつも突然帰ってきては、いろいろ問題を起こすダメ親父で悪い印象しかない。
親父は、別次元の人だと思っておけば、自分の心を搔きむしられることもなかった。
でもこれで、この二人の問題は解決できそうだ。
京子さんにはマジ感謝しなければならない。
これで、俺も平穏な生活に戻れそうだ。
女子達は会話に花が咲く。
俺のスペックでは、これ以上は無理だ。
そうだ、ジュースのおかわりをしよう。
ケントは、おもむろに席を立つのであった。
「ケン殿、私は、野菜ジュースを」
「キシキ君、私は、オレンジジュース」
「コーラでいいわ」
ケントは、脳内でツッコミを入れる元気も無い。