第4話 ーーー白鳥 莉里奈《シラトリ リリナ》の立ち振る舞いーーー
「退院したよ」
と、コトミからスマホにメッセージがはいったのは、午後の授業も終わりに差し掛かっていた。
(帰りにでもコトミの家に寄って行こう)
(休んだ分のノート渡して…あっ家に寄る前に丸美軒のシュークリームを買って行こう。あそこのシュークリームは、マジ絶品だもんね。入院中は甘いもの食べれなかったはずだし、きっとコトミも喜ぶよ。一人、2個づつ、3個じゃ多いよね。ふとっちゃうし。う〜んよしっ3個にしよう)
そんなことで迷走してるうちに終わりをつげるチャイムがなる。
(あっ、ノートとるの忘れた)
慌てて、板書きを書き写し、足早にクラスを後にする。
さっさと買い物をすませ、コトミの家に足を運ぶ。
コトミの家は、駅のすぐ近くにあるマンションだ。
前は、リリナの家の近くに住んでいたが、コトミの父親が亡くなってから、コトミと母親は、このマンションの17階に引越した。
見晴らしが良いので、リリナもコトミの家に行くのが楽しみだ。
(私もマンションがいいな。夜景を見ながら、夜を過ごせるなんて…。羨ましい。未来のダーリンと一緒なら…うふふふ 、あぶない、あぶない、妄想が声にでるとこだった)
リリナも思春期である。
いろいろと思うところもあるのである。
「いらっしゃい」
「おじゃましまーす」
「入って、入って」
ベーシックな色調で統一された室内は、高級感があり中古で買ったとは思えないほど、綺麗だ。
買ってきたシュークリームを手渡し、コトミの部屋でくつろぐことにした。
「いつ来てもここの景色は最高よねーー」
「何言ってるの、リリナの家は、一等地にある豪邸じゃない」
「でも、見晴らし良くないよ。私は、見晴らしの良いマンションがいいの」
「贅沢な悩みね」
コトミの家に来るといつもこの話題から話が進む。
「身体の調子はどう?」
「身体はなんともないんだけどねーー」
「あーそっちのほうか」
リリナも気づく。言っても平気かな?と思案をしながら
「何か思い出せた?」
「ううん、全然。はっきり思い出せないのよ」
「いきなりは無理だよ。こういうことは、時間をかけてのんびり構えた方がいいよ」
「わかってはいるんだけど…なんか気持ち悪くて……」
「そうだよね」
リリナはこれ以上このことに入り込むことができなかった。
「でも、 無事で良かったよー。これだけは、神様、仏様、キリスト様 えーと、そのー、ラッキョ様に感謝してるよ」
「なーに、そのラッキョ様って」
コトミは、笑いが込み上がる。
「えー知らないの? 今流行ってんのよ。らっきょの形をしたマスコット。私、持ってるよ。ほらっ!」
鞄の横についているらっきょの形をした珍妙なマスコットをニギニギして見せる。
「何これーキモーイ」
コトミ のテンションがおかしい。
ひとしきり笑った後、
「リリナ、ありがとうね」
「こっちこそ」
二人は顔を見つめ、また笑った。
「そういえば、私がいなくなちゃったじゃない。その後、スマホ見たらカバーのとこに名刺が挟んであったの 」
「名刺?何それ!どうして?」
リリナは、不思議に思った。
「わかんない。名刺ってオジさん達が使うよね」
「若い子は使わないよー。私なんか見たことないもん」
「これなんだけど……」
コトミの手には、一枚の名刺が掴まれていた。
「ほんとだー。名前と住所しか書いてないね」
「なんだか大切なもののような感じがするんだ」
「へー、じゃあ失くさないようにとっておきなよ」
「うん、そうするつもり」
「まさか、誘拐犯のじゃあないでしょうねーー」
「まさかーー。そんな感じしないもん。それに、犯人だったら入れとかないでしょ」
「そうね。すぐバレるもんね。警察の人、病院に来たんでしょう。見せてないの?」
「見せてない。見せちゃいけないような気がして……」
「そっかーー」
リリナはなんだか納得できなかったが、コトミがそう言うのであれば仕方ないと思った。
「時間がたてば何かわかるかもね」
「そうだといいんだけど……」
コトミは、何だか不安そうだ。
「この名前なんて読むの?キッシキ? タツ…?」
「多分、キシキ タツミだと思う」
「そういえば、うちのクラスにもキシキっていたわよね」
リリナが思い出したように言いだす。
「うん、いるいる」
コトミは、知ってるようだった。
「あのモッサリ頭の男子」
「モッサリって…ふっ」
コトミは笑ったら悪いと思いながらもリリナの言い方がおかしくってケラケラ笑う。
「まぁ関係無いよね。あのモッサリ君じゃーー」
「リリナったら」
二人してまた笑うのであった。
ーーーその頃ーーー
「へっ〜っクシュん!」
と、盛大にクシャミをしたキシキ ケントは、作りかけのオムライスをフライパンから床に落としたのである。
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家に帰ってから、リリナは反省した。
(シュークリームは、2個にするんだった)と
胃の中が、カスタードクリームではちきれそうだ。
(夕飯は、食べないでおこう)
それから、コトミのことを考えていた。
失踪の状況も不思議だが、名刺が入っていたことも不思議でしょうがない。
いろいろと考えてもこのモヤモヤが晴れることはない。
(私がこうなんだから、琴美はもっと大変なはず……)
リリナは、コトミのことを気づかうのであった。
(私が、コトミを守らないと)
翌日、学校に行ったら驚いた。
クラスの連中が、コトミの事件のことで周りをはばからず、あれこれ噂してたのである。
リリナは、頭にきたので一言いってやろうとしたが、コトミに止められた。
「噂なんてすぐおさまるし、みんなに迷惑かけたから……」
という理由らしい。
しかし、噂は、日を追うごとに白熱したのである。
とうとう我慢できなくなったリリナはキレた。
「いい加減にしてよ!コトミは被害者なんだから、空気よんでよ!」
噂話は、だんだんと下火になった。
「ありがとう、リリナ」
「当たり前よ。でもコトミのために言ったんじゃないから、私が許せなかったの」
リリナは、男前だ。
その頃だろうか、下駄箱や、机の中に「叱ってください」とか「罵ってください」とか、変なメモが入り出したのは。
速攻、クシャクシャにして、ゴミ箱にポイするのであった。
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それから数日経った頃、コトミから連絡がきた。
(こんな遅い時間に、珍しいなぁーー) と思いながら出てみると
「リリナ、リリナ、たすけて!」
完全にパニクってる。
「どうしたの?コトミ!」
「声が聞こえるの、頭の中に 声が……」
「落ちつきなさい。コトミ。 誰かいるの?」
コトミの尋常じゃない雰囲気がこちらまで伝わってくる。
「違う、頭の中に直接伝わるの」
「えっ!それって何か思い出したの?」
「違うー。うー。頭の中で声がするのよ」
「声が?」
リリナもパニクリそうだったが、グゥーと気持ちを抑えてコトミを落ち着かせようとした。
「コトミのママは? 帰ってきてるの?」
「もうすぐ帰ると思う」
「じゃあ安心なさい。あのママならそんな事大丈夫だから」
リリナは、コトミを落ち着かせようと必死だ。
「うん。そうねーー」
「いい。コトミには、私もいるし、あのママだっているんだから。もし なんかあっても、パパの病院に連れってあげる。あの人は
ああ見えて名医だから安心なさい」
「わかった。ありがとう」
少し落ち着いてきたように感じた。
「どう?まだ聞こえるの?」
「ふぅー。治ったみたい……」
「良かったー。何て言ってたかわかる?」
「気持ちを悪い声で、見つけた、見つけたって」
「どういう意味かしら?」
「わかんない。でも私がいなくなった時、聞いた覚えがある」
「そうなんだ。あの事と関係してるのね。うぅーん 、きっと大丈夫、私がどうにかしてあげるから……」
「うん ほんと ありがとう」
コトミは、落ち着いたようだ。
(いったいどうしたんだろう? あの事件と関係してるなら、あの名刺が手掛かりになるかもしれない)
そう思ったリリナは、
「明日、あの名刺の住所のとこ行ってみない? 確か学校の近くだったよね。何かわかるかもしれないし」
「私も気になってたんだけど、でも、変な人が出てきたら恐いし……」
「じゃあ変装してこうよ。私達の身元がわからないようにすれば安心でしょ」
「そうだね」
「じゃあ明日朝、いつものとこで、変装道具も忘れずに」
「わかった。なんか探してみる」
「もう大丈夫?」
「リリナと話したら落ち着いた。いつも迷惑かけてごめんね」
「そこは、ごめんじゃなくてありがとうでしょ」
「そっかーー」
コトミの笑い声が聞こえる。
(もう大丈夫そうね)
「じゃあ明日。なんかあったらすぐ連絡するのよ。いいわね」
「そうするよ。ありがとう」
「じゃあね。おやすみ」
「おやすみ」
(いったいどうしたんだろう。イヤイヤ、今はできる事をしなくっちゃ。手掛かりは、あの名刺だけなんだから)
リリナは、クローゼットやタンスをガシャガシャ開けて変装道具を探す。
(これでいいか)
コトミの事が気になりながらも明日のために眠りにつく。