第3話 ーーー天川 琴美《アマカワ コトミ》の災難ーーー
高校の入学式の朝、リリナと最寄駅で待ち合わせした。
「おはようー。待った?」
「ううん。私も今来たとこだったから」
「ねぇーバスで行く?」
「歩いて15分ぐらいでしょ。今日は…」
「じゃあ 歩いていこう」
リリナは、いつも元気だ。
二人は、学校へと歩き出した。
「リリナの両親、今日来るの?」
「ママしかこないよ。帰りは一緒に帰ろうって言ってた」
「コトミのママは?」
「時間あったらねェー。とか言ってた。きっと来れないよ。忙しそうだもん」
コトミは母親と二人暮らしだ。母親は、服飾関係では有名な ブランドの会社に勤めている。
「コトミのママらしいね。信頼してんだよ」
「違うと思う。ただの放任だよ」
「じゃあ帰りも一緒に帰ろう。ママにおいしいもの奢ってもらおうよ」
リリナの父は有名な 病院の経営者だ。
リリナは生粋のお嬢様だ。性格はそれとは、似つかわしくなく明るくスポーツも得意なので男勝りの感がある。
「わるいよーそんな。私は大丈夫だから」
「そんなこと言わないで。ねーてば」
「わかった。わっかたから」
リリナのスキンシップ攻撃にはかなわない。
「あっ コンビニ発見」
「ここで色々買えるね」
コンビニの自動ドアが開くと、中から派手な巨漢の男の人が出て来てぶつかりそうになる。
「あら、ごめんなさ〜い」
「いっいいえ」
コトミは一瞬 「ビクッ」とする。
巨漢の男が通り過ぎてから、
「さっきの人すごかったねー」
「ほんとだよ。私、一瞬固まっちゃたよ。オネーなのかな?」
「だったら、違和感ハンパないね 」
2人は、思い出して、クスクス笑っていた。
「もうすぐつくよ」
「結構、速かったね」
高校の敷地を遮る壁が広がり、桜の木が綺麗に咲き誇っていた。
新緑もいくらか見え始め、花びらが舞うその様相はとても綺麗だ。
そんな桜を見上げている一人の少年がいた。
それは、どこか淋しそうで、儚げだ。
そよ風が吹き、花びらがさらに舞う。
さくら色に染まる景色の中で、澄んだ青色の髪がなびいていた。
「綺麗」
コトミは思わず口に出す。
「ほんと綺麗だねー。桜は散り際が美しいって言うけど 実感したよ」
リリナとは見ている対象が違ったようだ。
一瞬、その少年と目があった気がした。その目も青く輝いて見えたのは見間違えかもしれない。
その少年は、さっとうつむいて足早に正門に向けて歩き出した。
「コトミ、早く行こう」
リリナが腕を組む。
コトミは、少年の纏う不思議な雰囲気の余韻の中にいた。
「うん 行こう」
2人も正門に向けて歩き出す。
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林間学校でリリナが靴ヒモが解けてるのを見つけてくれた。
(結構きつく縛ったんだけどな)
もう一方も解けかかっている。
(こっちも縛り直しておこう)
縛り終わって、手が地面についてしまった。
手を洗おうと思い立つ。
100メートルぐらい先にあるトイレの横に水道があった。
そこかしこに、大きな岩や小さな石まで並んでいるオブジェらしき、石の脇を通り抜けながら、誰かが騒いでるのが聞こえる。
(へー不思議な雲があるんだ )
生徒たちの声の情報から、コトミも一目みようと振り返る。
足場が悪かったのかバランスを崩してしまった。
転びそうになったので、慌てて横あった石に手をつき、体重を支える。
その時だった。
地面が赤く光ったのは。
金縛りにあったみたいに、身体が動かない。
光が、コトミを包み込む。
眩しくて、目が開けられない。
水中に潜っているような不思議な感覚が全身及ぶ。
一瞬のような、感じがしたが、時間の概念が消えている。
動きを止めていた、身体の臓器に血液が巡る感じがした。
足に地面の感覚が伝わる。
終わったのだとわかった。
目を開けてみる。そこは、薄暗い森の中だった。
(あれっ !さっきと景色が違う)
(なんで……)
思考が追いつかない。気が高ぶり 心拍が跳ね上がる。
(みんなはどこ?リリナは?リリナは?…)
周りを見渡しても、誰もいない。たくさんの太い木の幹が見えるだけだ。
パニックになりそうだった。
(何が起きたの?)
何もできずただ佇んでいる。
どれくらい時間が経っただろう、一瞬が永遠に感じた。
草が踏み締められ、何かが近づいてくるのがわかる。
「ウォォォーン」
獣の鳴き声だ。
(ここにいてはいけない!)
とっさにそう思った。
よく周りを見渡すと、暗い森の中で陽射しが差し込んでいる
森の切れ目がある。
(きっとあそこにいけば、リリナに会える)
そう思って、固まってた足を無理に動かす。
歩き出そうとして、木の根に足がとられる。意図せず前かがみに転んでしまった。
すると、獣の荒ぶる鼻息が聞こえた。しかも一頭や二頭ではない。
たくさんだ。
まだ、距離がある。
(早くあそこに行かなきゃ)
思い切って立ち上がり、無我夢中で走り出す。
(なんで…なんで…)
頭の中には恐怖しかない。
背後から、左右から獣が追ってくる気配を感じる。
森の切れ目出た時、右太ももに激しい痛みを感じる。
「ウッ……痛い」
恐くて、目を向けられない。
左手にも同じような痛みを感じた。
「イタイ」
声が出ない。
(噛まれている)
そう理解した時、自分の命はここで尽きるのだと思った。
思考が薄らいでいく。
その時、「ビューン」と風を切る音がした。
「グゥッー」
獣が短く吠える。
そして、あたりが赤く染まっていく。
それも何度も、何度も、何度も……。
ーーー「君、大丈夫か?」ーーー
誰かの声がする。男の人だと思う。
抱きかかえられた気がした。
感覚は薄らぐ。
コトミはそこで気を失った。
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眼が覚めると、そこには見知らぬ白い天井が見えた。
消毒液の匂いがする。
すると、誰かの声が聞こえた。
「天川さん、大丈夫?大丈夫?」
若林先生の声だ。なんだか泣いてるようだった。
「今、先生を呼んでくるからね」
そう言い残して、部屋をでていくのがわかる。
誰かを呼ぶように叫んでた。
(ここはどこ?)
(なんで?)
意識がはっきりしてきたが、記憶が、混濁している。
看護士や先生らしき人がやってきた。色々聞いてきたが、よくわからない。
林間学校のに行ったのは、覚えている。
山登りした事も、そのあとは、よくわからない
「うーん、一時的な記憶障害が見受けられますが、時間が経てば、おそらく思い出すでしょう」
お医者さんが、若林先生に説明してる。
「外傷は無いし、内臓も骨も異常ありません。検査の結果が出てないものもありますが、その結果を診てみないと今は何とも判断
できませんが…。顔色も良いし、まぁ大丈夫でしょう」
先生が「良かった。良かった 」と泣きながら喜んでいる。
(良い先生だ)
コトミは、素直にそう思った。
「お母さんと連絡がとれたからもうすぐここに来ますよ」
(心配かけて悪いと思いながら、嬉しく思う)
「事情はよくなってから、聞かせてね。先生は、このことをみんなに知らせに行くから」
まだ、泣きべそをかいている。
しばらくして、リリナがやって来た。
思い切り泣いている。言葉にならないほど。
しきりに私の名前を連呼する。
「コトミ、コトミ、コトミー」
「心配したんだから、どっかいっちゃったと思って、もう会えないと思って……」
すると、 ママが入ってくる。
「あんた、何やってんの? でも、 無事で良かった。
ほんと、良かった」
優しく抱きしめられた。
ママに抱きしめられたのは、小学校以来だ。
何だか気恥ずかしい。
後で私がいなくなった状況を聞いた。
手を洗いに行った琴美が戻ってこない。
とリリナが若林先生に言い、みんなで付近を探してくれたそうだ。
リリナは、パニックになっていたらしい。
泣きながら私の名前を呼んでいたそうだ。
お弁当を運んで来た頂上の先生に連絡したところ、その先生も探してくれたそうだ。
警察に連絡して、一時は大騒ぎになったらしい。
頂上付近の見晴らし台にある東屋で私は発見され、全身、血だらけでところどころ切り裂かれた服を着てたので発見したお弁当担当の先生は、最悪の事態を思ったらしい。
(予想以上に みんなに心配かけちゃった)
(退院したら、お詫びしなければ……)
入院中、あの時ポケットにしまってあったスマホがどこにいったのか気になった。
あれには、リリナとの思い出の写真がたくさんある。
ベットの脇の引き出しにスマホはあった。
折りたたみのカバー付きなので傷も付いてない。
因み、リリナと色違いのお揃いだ。私はブルーでリリナはピンク。
カバーを開けて、スマホの電源をいれると見開きのポケットに白い紙が見えた。
(こんなとこに、メモはさんだっけ?)
取り出してみると、名刺が出で来た。
見知らぬ名前が飛び込んで来た。
そこには、
ーーー吉敷 辰巳ーーー
電話 番号も書いてない。
書いてあるのは、名前と住所だけだった。
琴美は何故かこの名刺が自分の運命を左右する大切なものだと直感した。