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始まり

 待ちに待った放課後を知らせるチャイムの音が学校中に響き渡る。

 10年余り聞き続けたこの郷愁染みた鐘の音を待ち遠しく思っている生徒というのは決して少なくない。むしろ大多数がそうだろう。俺だってそうだ。

 高校生の放課後といえば青春の名の下に暮色の迫る校舎で愛を語らい、また語らう相手が居なければ放課後を友人と過ごすことで妥協し傷を舐め合う。他にも部活で汗を流す、将来を危惧して勉学に励む等と放課後の過ごし方は様々だ。

 一見雑然としているように感じられるがそこにはひとつの共通点が見られる。

 “高校生らしい”という点だ。

 高校生というのはある程度良識も備わり稚拙ながらも自分のことを客観的に判断出来るようになっている、そのうえで子どもの純朴さ、単純さを備えているのだ。

 だからそれらの行動は意味を持ち且つ他方面のリスクに無頓着なものとなる。

 つまり、“高校生らしい”とは何かひとつに傾注しているため別の危険性を孕んでいるのに気付かないことを言うのだ。

 先程の例だと、場所を考えず愛を語らい彼女と親睦を深めれば他者に目撃され冷やかしの材料とされたり、妥協相手と傷を舐め合えばそれに甘んじるようになる。部活に励むものは将来性の有無を考えずそれに傾倒し二本目の槍を持たず、勉学に励むことに至っては人間関係を疎かにする傾向にある。

 偏見かもしれないがどれもある程度のリスクを含んだ彼らにとって意味のある行動というわけだ。

 そんな“高校生らしい”行為を俺は現在目の前にしていた。具体的に言うとある男子生徒が清閑としたあまり使われない裏口にある生徒玄関でひとつの下駄箱を開け、中の外靴にレトルトの八宝菜を注いでいた。下駄箱にはその靴の持ち主の名前が貼られている。

 『須方(すがた)風馬(ふうま)』この高校に通う生徒であれば誰もが知っている名だ。眉目秀麗、文武両道という言葉が似つかわしく誰にでも優しい。対人パラメーターをカンストさせたような並外れたポテンシャルを持つ生徒会長、それが須方風馬である。それゆえ女子生徒からの信望も厚い。だから彼の動機は嫉妬だとかその類いの感情が元なのだろう。人間らしくて分かりやすい。

 別に彼を告発する気もさらさら無いので自分の靴を取り出し履き替えた。


「俺の事は気にするな。他言する気もない」


 上履きを靴箱に入れて俺が入り口に向かっていく途中、彼と目が合ったのでそう発言する。だが彼はそれを聞くなりその場を飛び出していった。

 そこには少し中身の残った八宝菜の袋が残される。そのまま勤しんでくれても良かったのにな。まあいいか。それ以上はあまり考えず残されたゴミを拾う。放っておくのもなんだからな。

 しかし、その行動が仇となった。


「委員長! 現行犯を発見しました! 直ぐに捕まえます!」

「走るとまた転けるぞ、京子」


 声がする方向に振り向く。そこには白い文字で美化委員と書かれた黄色の腕章を付けた女子生徒が二人立っていた。

 京子と呼ばれたふんわりとした髪が肩まで続く女子生徒は目尻の下がっているせいかその顔つきは柔らかくパーツも整っているため人から愛されそうな容貌をしている。そんな彼女は白魚のような手を伸ばし俺の腰まで回すとひっしり捕まえた。

 必然、密着状態となりその胸の意外な大きさに驚かされる。


「ややっ捕まえましたぁっ!」


 とまあ弁解の余地もなく冤罪で捕まった俺の前にもう一人の少女が現れる。その透き通るような雪白の肌に切れ長の瞳は怜悧を印象づけさせ、頭に置いた霜雪は長く腰まであると思われた。

 文句の言いようのない美人だ。


「君が前から会長に一連の唾棄すべき行為をしていた犯人だね」

「違う。冤罪だ」


 胸の感触に感傷を浸らせながらその問い掛けに答える。すると彼女はこめかみに手を当てて面倒くさそうに俺を見た。


「一応、こうやって確認を取っているが君は現行犯だぞ? これ以上ごねると反省文だけでは終わらん」


 言ってる事は至極まともなのだが完全に誤解を受けている。状況的に弁解も難しそうだしなあ。どうするか………。


「いや、だから誤解だって」


 とりあえず否定し続ける。


「何が誤解だと言うのだ」

「そうだそうだ!」


 二人に問い詰められる。近いんだよ顔が。


「取り合えず離してくれ。喋りにくい」


 しかも変に良い匂いがするせいで意識がそっちに行きそうなんだよ。


「………いいだろう。京子離してやれ」

「了解です」


 バッと身体を遠ざける。ようやくこれで呼吸が出来るな。近くにいて吐息が臭いとか言われたら心的外傷を負ってしまう。

 俺は一度咳払いしてその誤解たる所以を話し始めた。


「俺が来た時に男子生徒がその会長の下駄箱を開けてこれを注ぎ込んでたんだよ。それを見て何をしてるんだと近づいたら犯人は逃げて、そんな時あんたらが俺を発見したわけだ」


 一部、脚色したがまあ別に問題ないだろう。


「………その男子生徒の特徴は?」

「え? 委員長信じるんですか!? 絶対嘘ですよ。こんなの! だってこの人目が死んでますもん」


 眼が死んでるのは関係ないだろ。


「京子うるさいぞ。別に私もこの男を信用してるわけではない。ただこの話があり得ないと断じる事も出来ないから話を聞いているだけだ。大体このむくつけき男をおいそれと信じられるわけがないだろう」

「そうですよね!」


 そうですよね! じゃねぇよ。こいつら人を傷つけないと会話出来ないの? というかむくつけきって……俺は人畜無害さには一家言持ってるし服装だって制服を着崩してるわけでもないぞ。


「特徴っていうか………知ってる奴だったな。確かクラスメートの吉田だったと思う」

「だったと思う………か。ハッキリしないな」

「顔は覚えてるが名前がうろ覚えなんだよ。クラスメートなのは確かだし」


 他言する気はない、なんて言った記憶も有るが俺が既に被害に会ってるためそれは無効である。


「そうか。ならばそれについての言及は明日執り行おう……」


 美化委員長さんはうーむと唸り黙り込んだ。


「じゃあそういうことで」

「待て」


 場を見て帰ろうと足を踏み出した瞬間首根っこを捕まれる。


「なんだよ。明日確認出来るだろ、今日は帰らせてくれ」

「いや、そうもいかない。確認は明日するが今は君に処罰を与えなければな」

「俺は無実を主張してるんだが。話聞いてたのか?」

「共犯者を売るのは常套手段だ」


 話が噛み合ってない………。どうやら彼女達は俺が犯人だという認識を改めるつもりはさらさら無いらしい。

 ため息を吐く俺の隣で二人がなにやら話し合う。


「取り合えず生徒指導室に連行しましょう!」

「うむ。そうだな」


 指導室………なんかちょっとエロい。なんて思ってると彼女達は此方を一瞥した。


「今から反省文を書いてもらうから着いてきて」


 そう言うとふわふわ頭の彼女は俺に背を向けて歩き出す。その隣では美化委員長が『逃げたら分かってるな』と視線を突き刺していた。

 というわけで俺は反省文を書くため彼女の後を追う。すると後ろから委員長も付いてきて挟まれる形になった。

 そのままリノリウムの廊下を踏み鳴らすこと数分、すぐに生徒指導室に到着する。職員室の隣に据え付けられたその部屋の扉をガラリと開けると中は会議用テーブルが二つの並べられてありパイプ椅子が配置されていた。ちなみにこの部屋は職員室から廊下を介さなくても来られるよう専用の扉が存在する。

 ちなみに俺達が入室するまで人はひとりとして居なかった。


「受け取れ」


 一枚の紙切れを渡される。A4の原稿用紙を丸々印刷したその紙には反省文と記入されていた。未だに八宝菜で塞がっている右手を下げて左手でそれを受け取る。


「多いだろ。これ」

「普通だ。私は他に仕事が有るから早く済ませてくれ」


 それだけ伝えると彼女は扉近くの席に着いた。俺もパイプ椅子を引いて反省文に眼を通す。

 ………そもそも反省する点が無いんだよなぁ。書いたら負けじゃない? これ。なんて思いながら目の前の京子とやらに視線を向ける。


「あのさあ………」

「な、なんですか」


 彼女は突然の呼び掛けにピクリと身体を震わせた。


「これ書いたら完全に認めた事になんだろ。明日全部分かるんだからハッキリさせてから処罰しろよ」


 その不満に応えたのは彼女ではなく美化委員長だ。


「どちらにせよ、同じことだ。今日ここで君を帰らせたとして明日その反省文に懺悔を綴ることになる」

「そういう問題じゃないだろ」


 俺の言葉に耳を貸す様子もなく彼女は続けた。


「大体、明日君の言う真犯人に問い詰めたところでしらを切られてしまえばそれは分からないだろう」

「証言が有れば別だろ」

「………証言?」

「裏口から出ると必然的に南門を使うからサッカー部の部室の前を通らなければならないんだよ。あの時間帯だと部室の前で喚き合ってるはずだ」

「だから、目撃者が居ると」

「ああ。必ずな」


 俺がその場を通っても記憶に留まらない事は有り得るが、彼についてはクラスのムードメーカーというポジションに居るような奴だ。サッカー部に一人や二人知り合いくらい居るだろう。


「しかし、それでも君の容疑は晴れないぞ。裏口玄関を使う生徒なんてかなり限られる。君が彼処を利用していたのは何故だ」

鉢路(はちろ)先生の研究の手伝いだよ」


 彼女はその言葉に眉をひそませる。

 鉢路先生とは学生達からマッドサイエンティストと呼ばれている物理学教師の事だ。俺はひょんな事からその教師と関係を持っていた。別に変な意味ではない。相手も男だし。ただその研究内容が興味深かっただけだ。

 

「放課後実験室に寄る時は裏口玄関に靴移動させてんだ。そっちのが近いし、あまり時間が過ぎると北門は人で溢れ変えるしな」

「手伝い………と言ったが放課後が始まってそれほど時間は経っていないと思うが」


 まあ確かにせいぜい30分位しか経っていない。


「今日は早めに終わったんだよ。アリバイなら鉢路先生から取れるだろ。まだ帰ってないと思うぞ。なんなら俺が連絡してやってもいい」


 そこまで言って委員長はようやく反省文を取り下げた。


「なら呼びたまえ。そうすれば私の一隻眼が正しい事が分かるだろう」

「自分で一隻眼とか言うのな」

「何か問題でも?」

「いや……」


 というわけでスマートフォンをポケットから取り出す。本来ならば校内での携帯電話の使用は禁じられているが流石に大目に見てくれているのだろう。

 美化委員とその長は沈黙を守っていた。

 それを確認してメールの文章を打ち始める。電話を選ばなかったのはコール音が好きではないため、インターフォンのチャイムが苦手なのと同様だ。通販頼んでる時は例外。

 えーと『先生のせいで美化委員に捕まりました生徒指導室にて大至急弁護を要求します』っとこんな感じでいいだろ。

 受け取った側からすれば意味が分からないが焦眉の急を要してる事は伝わったはずだ。



「やあ。和泉くん、未だ帰ってなかったのかい」


 それから5分と待たず鉢路先生はやって来た。……何か大きな荷物を抱えて。

 先生の痩けた頬、蓬髪に無精髭という公務員とは思えない外見は不摂生さを物語っていて丸渕の眼鏡と白衣も合わさってかマッドサイエンティストと呼ばれる理由の片鱗が見え隠れしていた。


「先生それは?」

「後で説明するよ。それより、えーと確か美化委員長の笹山(ささやま)さんだったね?」

「はい」

「状況を説明してもらえるかい?」

「勿論です」


 そんなこんなでもう一人の美化委員を他所に僕のアリバイの証明が始まる。


「私たちは最近生徒会長の私物に落書き等の嫌がらせを行う者が頻出しているという事実を耳にして校内の見回りをしていたのです」


 鉢路先生がうんと頷く。


「それがつい先程の事で裏口の生徒玄関を見に行ったらこの男がレトルトの銀袋片手に会長の靴箱の前で立っていました」

「それで?」

「会長の靴の中にはそのレトルトの内容物が注がれていたので一連の犯人は彼であると思い此処まで連れてきたのですが……」

「本人は罪を認めないと」

「はい、そういうことです」


 そこで二人は会話を終える。いや終わるなよ。話してないこと有りすぎだろ。情報操作もいいところだぞ。


「何が言いたげだね。和泉くんの言い分を聞こうか」


 俺の視線に気付いたのか。先生はようやく弁護の手を差し伸べる。


「俺が下駄箱にやって来た時に到着した時クラスメートがそれを靴に注ぎ込んでたんですよ。声を掛けたら彼は逃げてソレを落としていったので拾った所を見られたんです」


 言いながらテーブルに置いた八宝菜の銀袋を指差す。


「つまり、やってない……と」


 先生がそう呟くと隣ではほっとかれた美化委員がむすっと頬を膨らませていた。


「皆さん犯人だのなんだの言ってますけど、一番の被害者は須方さんですよっ! まず彼にこの事を伝えるのが先でしょう!」


 と言う彼女の両手には件の靴が有った。中にはティッシュペーパーが詰め込まれてありその努力が顕れている。

 というかいつの間に持ってきてたんだよ。


「確かにそうだね。本人の居ないところで話も進んでいるみたいだし彼も呼ぼうか」


 鉢路先生がポチポチとガラパゴス化された携帯電話を操作しだした。


「よし、メール送信。ところで私を読んだのはやっぱり犯人探しのためかい? 和泉くん」


 嬉々としてそう問い掛ける先生。


「違います。何故裏口玄関を使っていたのか聞かれたので先生の研究の手伝いをしてたってからって答えたんですよ。それのアリバイが欲しかっただけです」

「そんな事しなくても犯人をハッキリさせればいい話じゃないか。私なら出来るよ」


 その台詞に美化委員長は本当ですかと目を見開いた。


「ああ本当さ。実に簡単な方法だよ。その時間に遡ればいいのさ」


 ………ちなみにこの鉢路(はちろ)雅人(まさと)という男は世界で初めてタイムマシンを発明した人物でもある。

 僕も何度かタイムリープしている。行き先は主に古代だ。


「そんなに軽々しく扱っても良いのですか?」

「ああ問題ないよ、気軽に使える装置も開発してあるしね」


 先生が背負ったナップザックを揺らせる。やっぱりそれか。そうして視線を肩の荷へ集めたところで先生は言った。


「ふふ。気になるようだね。そうさ、これが低出力時間跳躍装置。その名も『バージェス』だ」


 ナップザックからラテン語がびっしりと書き詰められた五芒星と其を囲む魔法円がプリントされた敷物とペストマスクを取り出す。

 

「こっ、怖いですっ!」


 ペストマスクを見て京子と呼ばれていた美化委員がビクッと怯えた。

 ………ペストマスクとは昔、ペストを専門に扱う医者―――――“ペスト医師”が使用していたマスクの事を指す。その形状は鼻の辺りから嘴が伸び、目の部分は丸い円にガラスが張られていて鳥の仮面と呼ばれている事にも納得できる。


「媒体は何でも良かったのだが………まあ私の趣味だね。畦倉くんなら分かってくれると思うが」

「中々にセンスを感じますよ。先生」


 こういう嗜好は嫌いではない。寧ろ好きだ。


「ありがとう。では、簡単に説明すると―――」


 言いかけたところでガラリと扉が開かれる。

 短めに切り揃えられた茶髪は張りがあり鉢路先生と比べるとキューティクルのダメージの差が感じられた。容姿においてもスッと通った鼻筋に涼しげな目元、シャープな輪郭、そこには前述した通りのイケメンが居た。生徒会長その人である。


「鉢路先生! メールの内容は本当ですか!?」

「本当だよ。今からタイムリープするんだ君も来るといい」

「タイムリープですか……?」

「時間を遡る事だよ。説明するからそこに座ってなさい」


 その言葉を聞いて何故か俺の隣に座る生徒会長。途端に爛々と輝き出す美化委員女子の目。

 再び鉢路先生の説明が行われる。


「この通販で買ったソロモン72柱を召喚する敷物を私が作った『バージェス』に取り付けるのだ」


 そう言ってまたもやナップザックから取り出したのは丁度敷物の厚みを十センチほど増したような機械だった。形はほぼ変わりなく違う部分といえばその厚みと表面に取り付けられたボタン、剥き出しの基盤だろう。


「そしてこのペストマスク。これは『バージェス』に乗るためには必須なマスクで此を被っている人間を時間軸の移動対象とするんだ。手順は和泉くんが知ってるから」


 その場に居る者の視線が集まる。それを感じながらペストマスクを手に取った。


「んー。じゃあそろそろ犯人の顔を拝みにいくか」

「私も行こう。マスクは3つ有るみたいだしな」

「これを被ればいいんだね」


 と二人がマスクを手にする。


「あ、それとこの事は他言無用だよ。知られたら学会から怒られちゃうからね」


 抑止力の無さそうな発言を聞き流しながら会長が『バージェス』を観察する。すると何か気になったのか鉢路先生に顔を向けた。


「先生。これって大丈夫なんですか? 基盤剥き出しですよ」


 生徒会長のその問いに鉢路先生はハハハと笑った。


「時間が無くてね。まあバージェスはボタンを押すときに使うだけだしペストマスク被って半径10メートル四方内に居れば転送されるから大丈夫だろう。敷物はそのカモフラージュさ。そろそろ時間の設定を此方で行うからマスクを被っておいてくれ」


 先生はテーブルにノートパソコンを置きブラインドタッチを駆使して操作していく。

 その姿を横目にバージェスに目をやると折り目のような線が入っているのに気づいた。


「これ折り畳めるみたいだね」


 須方がひょいと持ち上げてパタパタと折り畳んでいくと将棋の卓くらいの大きさにまでコンパクト化させまた元の大きさに戻す。


「みたいだな。ところでお前今から何しにいくのか分かってるのか?」

「最近僕に悪戯を仕掛けてくる犯人を突き止めるためだと聞いてるよ」


 メールでそこまで書いてたのか。

 適当に話ながらペストマスクを被る。フィット感はなかなかどうして悪くない。そんな感想を持つ傍ら隣では美化委員長が不満を漏らしていた。


「前が見ずらい。何なんだ、この無駄な嘴は」

「確かにそうだね。ちょっと重心が前に寄ってて静止しずらいよ。これ」

「…………怖いです」


 異形の者が三人揃い少女を怯えさていると、


「設定したからボタン押していいよ。帰ってくる時も同じようにそれ被ってボタンを押せばいいから」 


 鉢路先生がそう言った。


「じゃあ押すぞ」


 こくりと二人が頷く。それを確認してボタンに触れ押し込んだ。起動音が鳴りファンが回りだす。

 それと同時にキョロキョロと落ち着きない様子の美化委員に先生が語りかけた。


「それじゃあ君はこれ片付けておいてくれ」

「あっはい、分かりました」


 中身の残った天津飯の入った銀袋が一人取り残された女子生徒に手渡される。機械の作動からタイムリープ開始までのラグのためそのやり取りを何となく見つめていた。

 そしてその時黙って見つめていた事に後悔することになる――――彼女はドジっ娘属性の持ち主だったのだ。


「わっ! わわっ!」


 ゴミを捨てにいく途中、足がパイプ椅子に引っ掛かり激しく転倒。その際放り出された天津飯は空を舞いその残っていたらしい中身が『バージェス』の基盤に注がれた。



『『『あ』』』






 御天道様が碧空を作り出し湿っぽい風が辺りに吹いていた。そんな青天井の下で陽気な気候に曝され、眼前には浜辺に海、後ろは見渡す限りの樹海。前は白砂青松、後ろは三紫水明といったところだろうか。

 そんな雄大な景観に三人は胸を震わせて―――――いや現実逃避は止めよう。一メートル弱有りそうなトンボや全長二メートルは越えているムカデ、浜に座礁しているアノマロカリスに足を震わせていた。



「どれだけ遡ったんだよ……」


 俺の声が静かに木霊する。無論『バージェス』は故障していた。

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