93話 海戦
「火、水、風。あの船を沈めるとすれば……」
いずれも多くの人を殺す。そう言いかけて止めた。土なら……そうか!
「先生。彼らは、日の出前に動くことはないでしょう」
「なぜ、そう言い切れる?」
「おそらく、今俺達が気が付いても、少なくとも昼までは迎撃のまともな兵が来ないと高を括っているはずです。そんな彼らが怖れるのは、座礁です。浜に近付き過ぎれば、干潮時に座礁する。したがって、日の出直後の干潮になってから、座礁しないギリギリまで浜に寄って、小型船に分乗して上陸する手はず。あと45分はあるでしょう」
「ふむ。まあ筋は通っているな」
「では、俺は準備をしてきます」
「準備?」
◇
30分後、俺は再び海岸線上空に戻った。東の空が白々と明るくなっている。
先生が空中に居ないと思ったら、浜で佇んでいる。そこに、ゲッツことゴトフリートも居たが、兵は居ない。どこかで待機させているのだろう。
さて時間も無い、急ごう。
俺は降りることなく、手を振って通過した。高度を上げつつ、ディグラントの軍船の上空に着いた。200mぐらいの高みだ。
やるか。
迷彩魔法を解く。
ゆっくり進んでいるな。1隻の7秒後ぐらいの想定位置の上空で、2m大の大岩を、魔収納から出庫した。そのまま魔法の支持を外す。
大岩はゆっくりと回転しながら、すぅぅと落下し加速して行く。
ドッシャーーーァァァン。
見事舳先の僅か後方に命中、そのまま船体を貫通し、大きな水柱が上がった。
水煙が収まると、ダーレム船は大きく破損しているところが見えたが、同時に大きく横に傾き、みるみる没していく。撃沈だ!
そして、底に着いて傾きが緩くはなったが、沈むのは止まらない。水深3mというところか。
乗組員は、パニックになりながらも、巻き込まれないように海に次々飛び込む。
その他の船は甲板に、多くの兵が現れ、叫びながら何事が起こったのか見定めようとしている。
次!
ザッパァァァアン!
2隻目は、やや右舷にずれたが、こちらも大破。右へ船体が傾いて行く。
他の船では、岩が落ちてきたところを目撃した者も多かったのだろう。わーわー声を出しながら見上げ、腕で俺を指差し始めた。
見つかった。いや、見付けてくれたようだな。
俺を弓を射掛けてきた。が、矢が届くような高さではない
では3隻目。
同じように落下。命中と思った次の瞬間、大きく水しぶきが上がる。
外れた?
岩が弾かれたのか?
いずれにしろ、大岩が直接海に落ちたのは間違いない。水煙が晴れてくると、船は健在だった。波を喰らって、大船が揺れまくってはいるが。
あれか!
ダーレム船の前部を光の壁が覆われている。あれは光壁! 火属性防御魔法──魔法師が乗っていたか……ならば!
俺は、再度大岩を出庫。しかしその瞬間に。
─ 土銛 ─
岩が一瞬で紡錘形に変化し、恐るべき勢いで射出された。
土属性魔法は、大地に触れていなければ発動しないと誤った認識があるが、そうではない。要は対象が支配下にあれば良いのだ。
再び、吸い込まれるように魔法障壁へぶち当たる。
どうだ!
身構える前に障壁が粉々に砕け散った。
ギィィィダァァァァアン!
遅れて甲高い音が届いたと同時に、船体が貫通される豪音が響き渡った。
残るは4隻だ。
まだ足りないらしい。
次だ!
移動し掛けて、必要無いことに気付いた。 別に自由落下でなく、土銛魔法でぶつければ良い。岩を出庫して狙いを付けようと見たところで、船の上で、白い物がひらひらと振られているのを見付けた。
なんだ、あれ?
──白旗だよ! 白旗! 降参だって!
[わかった……]
周囲を見渡すと、白旗の積もりか? どの船も白い布を振っている。岩を魔収納に戻した。
そうだ、この世界でも同じだった。肩から力が抜ける。
ふと違和感に手を見ると、わなわなと震えが来ている。情けない、模擬戦ではない、初めての対人戦闘に常軌を逸した躁状態に陥っていた。
肝心なのはこれからだ。
拡声魔法で発動。
「ディグラント兵に告ぐ!」
敵兵達は、動作が止まり、こちらを見上げている。
「貴軍の降伏を受け入れる。ただし、これからの指示に従わない場合は、即刻殲滅する。分かったか? 分かったなら、旗を振れぇ!!」
一層力強く旗が振られた。
「では、まず武具、防具を全て海に捨てろ! 良いか、海に捨てるのだ!」
落岩攻撃の恐怖が身に染みたのだろう、次々、武装を海中に捨てている。10分ほど待って居ると、兵の動きがほとんどなくなった。捨て終わったと言うことか?
感知魔法で、確認だ。今度は思い切りアクティブに魔力波を放った。
高度50mまで降り、再び岩を取り出すと墜とすフリをする。あくまでフリだが。
瞬く間に再び船上がパニックになった。
俺は降伏を受け入れたのではなかったのか?
意味が分からないと手を振ってアピールする者、頭上に手を握り合わせて懇願する者。
とりあえず右腕を上げ、岩を肩の上にキープし、空いた左手で1人の男を指差した。
俺の言いたいことを理解したのか、その後に居た男が羽交い締めにすると、別の兵が身体を改める。
有ったとばかり短刀を取り出し、海に投げた。隠していた男をまわりの兵士に小突かれまくっている。
俺はその甲板に降り立った。
「この中で最上位の者は?」
「小官です!」
髭面の四十絡みの男が手を挙げる。
「ディグラント帝国属、ハークレイズ軍所属マルビアン准尉です」
俺に敬礼した。
准尉って、結構階級低くないか?
それよりハーレイズと言えば、5年前ディグラントに攻められ強制的に保護国とされた国だったな。
「ディグラントの士官は?」
「いち早く、海に逃げました」
「この船には、もうハークレイズの兵しかいないのか」
皆が頷いた。
「そうか。では、できるだけ、海に落ちた者を救助して、ああディグラント人もな。それからこの船を浜に向けて漕げ」
「それでは、座礁してしまいます」
「そうだ、座礁させるのだ! 離れて居ても見ているからな、不穏な動きをあれば、次は……」
「降伏した上は、ご指示に従います」
それを他の3隻に徹底させる。
◇
15分ほど飛んだり、船に降りたりしていたが、俺は浜に戻った。日が昇り、だいぶ明るくなった来た。
「御曹司!」
ゲッツだ。
「お怪我は……特に無いようですね。良かった。大きな水柱が上がって、いくつか船が沈んだようでしたが」
「ああ。俺がやった。あの敵は、降伏したぞ」
「まっ、まさか。本当ですか?」
俺が笑うと、歓声が上がった。
「正直、今回はやられると思いました」
「まだ安心するのは早い! 大勢捕虜が出る。大船も4隻残った。ちゃんと鹵獲する必要があるぞ」
「分かりましたが。あいつら、放っておいても逃げないんですか?」
「逃げ切れないと分かっているから、逃げないし、逃げれば最後だ」
ゲッツは、ゴクッとつばを飲んだ。
「やつらは、大船のまま浜に向けて進んでくる」
「そんなことすれば座礁しますよ」
「そう命じた。親父殿の軍が着くまでの時間稼ぎになるだろからな」
敵の大船は、ようやく前進み出した。
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