92話 暁の襲来
遺跡は入口を塞ぎ、先生が魔道具で偽装してくれた。遺跡の土地は伯爵家の土地だったので、念のため村長へ、進入禁止の触れを出させた。これで、誰かが迷い込むこともないだろう。
梅酒は、予定量を全て漬け終え、自家用以外をカーチス酒造に引き渡した。
遺跡の攻略は、一時延期と先生が宣言されたので、読書やら、湖で釣りとかしてきたが。3日目ぐらいには、かなり飽きが来た。
「俄然暇になったなあ。暇過ぎて死にそうだ」
そう言ったのが良くなかったんだろうか?
深夜に、先生に叩き起こされた。
「起きろ、アレク!」
「うぅ……夜這いは遠慮します」
「一大事だ起きろ!」
まだ4時ぐらいだ。夏だが、まだまだ日の出前だ。
起きると、ユリが肌着とシャツとパンツを用意してくれていた。一緒に寝ていたはずだが。素早く着替える。
「セルークへ行くぞ!」
「はぁ?」
「海にディグラントの沖に軍船を見つけた!」
「軍船! あの魔道具が!」
魔道具──
先生が海岸線と浮きブイに設置した早期警戒用の感知器だ。
俺がゲッツに言った砂浜に大挙上陸する敵という話を真に受け、設置したそうだ。ゲッツへの代官就任祝いと称して」
「ああ、あれが警報を出した!」
「大きい船が通ったとか」
感知魔道具、乗員の多さで感知する。
「数百人乗りが5隻以上感が有る」
「それは」
まさか、本当に? 攻め寄せてきたのか!
一気に目が覚めた。頭の芯が冷えていく。
曾爺さんが拓き、祖父、父が護ってきた、この地を踏み躙らせはしない。アレックスの意思であって、俺の意思でもある。
メイド達も寝間着姿のまま、俺の部屋に駆けつけてきた。
「警護兵総起こし! メイド達は、警護兵と共にセルーク代官所に来い。あと、無駄になるかも知れないが……1騎を、セルークを迂回して、セルビエンテに走らせよ。そして伝えろ、俺が食い止めるとな」
先生が頷いた。
「セルークへ!」
俺と先生は、飛行魔法で向かう。
思いっ切り急いでいるのだろう、超低空飛行だ。あっという間に峠を越える。後は下りだ。
道は畝くって居る。その上を真っ直ぐ飛んでいく。月明かりでゴロゴロとした大岩の影がいくつも見える。この前登ってきた丘陵も後へとグングン流れていく。セルークまでは指呼の距離だ。
沈み掛けた月に照らされて、海が見える。凪いでいるのか海面は穏やかだ。
あれか!
3km程先に、船影が見えた。
上級感知魔法を魔力波を発しないパッシブで、その方角へ向ける。大型が7隻いる。
しかし、その速度は極めてゆっくりだ。何かを待っているのか。
下を向くと、もう浜は目の前だ。この辺りに代官所が。あれは……まずいな。
俺は先生に下を指差して、急降下した。そして代官所の塀の内側に舞い降りた。
うわっと、集っていた人が同心円状に散った。
「だっ、誰だ!」
「どこから、飛び降りてきたんだ? 櫓?」
おっかなびっくり槍を向ける兵に、誰何を受けた。
「待て待て、その方は!」
俺の白いローブ姿を認めたのだろう。
人の輪を掻き分けて、男が出てきた。ゲッツこと代官のゴトフリートだ。
「御曹司! 来て下さったのですね」
「当たり前だ。話の前に、篝火を消せ! 命令だ!」
はっと、兵達が篝火を揉み消した。
「魔道具が反応した。沖に結構な数の軍船が居る」
「御曹司の予言が当たり……当たってしまいましたね」
嘘から出た真。
少し弛んだゲッツに活を入れるための作り話。
前世に見た上陸作戦の映画の光景を言ってみたに過ぎなかったが、それが現実になりかけている。
「ところで、なぜ篝火を消したんですか?」
「ゲッツ、俺達がディグラントの軍船より有利な点は、何だ?」
やつは、目を瞬かせた。
「えっ、それは……地の利に明るいこと……」
「それから!」
「えーと、篝火、篝火、そうか! 我々が気付いていることを知られてないことだ……」
「そういうことだ、わざわざ俺達が兵を集めていることを知らせる必要はない」
まあまあ、血の巡りも悪くない。
「ああ、もちろんセルビエンテには、早馬を走らせました。あと30分程で到着するはずです」
軍事用に街道警備の詰め所が10kmごとにある。そこで馬を乗り換えられるので、ここからセルビエンテまで、起伏の少ない30kmだ。1時間で走破できる。
しかし、親父さんが、兵を集めるまで2時間、そこから軍を出し、ここまで3時間としても……。
「親父さん達の軍が来るのは、11時というところだろう」
「わかっています。御曹司、これからどうしたら……」
「大小は問わん。船を集めろ」
「でもこの辺りは、漁船しか……」
「構わん。それで戦うわけではない。ただし、別命あるまで待機! それから、夜明けは、あとどのくらいだ」
「あと1時間と言うところです」
それか? いや。他に、海に関係しそうな……。
「干潮は?」
ゲッツは、兵の方を向いた。その男が応える。
「あっ、はい。えーと、今日は日の出とほぼ同じです」
「確かか?」
「おいらは漁師の息子です。月が沈みかけてますから、間違い有りません」
そうだ。月が近いときと遠いときの中間2回が干潮だった。
「よし分かった。大船は、俺が何とかする」
「うっ、嬉しいお言葉ですが、無理しないで下さい。もしものことがあった、姉御に殺されます」
俺は口角を上げて、再び舞い上がった。
「代官様、空飛ぶ魔法師なんて、夢物語。まるで祖師様ですよ」
「ああ、再来だな」
◇
海岸線の上空に先生が待っていた。
迷彩魔法を発動し、姿を目立たなくする。
東の空がうっすら紅く染まり始めて、大きな軍船が水面に長く影を伸ばしている。
ふーむ。改めて感知すると、大型船が7隻の他、小型のボートが多数見える。今のところ、後者には人の気配はない。曳航してきたのだろう。
「ダーレム型を主力に持ってきたか」
長細く吃水の極浅い船だ。前世ならばガレー船に似てる。ギリシアの地中海海戦に出てきそうな船だ。船首には衝角、そして小さめの帆柱もあるが、主な推進力は手漕ぎのオールのようだ。
「ウチの海軍の主力は、ワルター型だったはずですよね」
「ああ、敵のディグラントもそうだ。外洋航海もできるが、吃水がそこそこあるから、水深が浅いセルーク沿岸には近づけないはず。そう思っていたが……アレクが言っていた通りだ。お前は予言者か?」
「冗談はともかく。やつらを止めねばなりません」
この世界の戦争は、略奪とセットだ。何でもかんでも、火を付ける、持って行く。人間、特に女子供は身代金、売買、労働力として良い商品となってしまう。領土が減らなくても、攻め込まれれば被害が出る。
あのダーレム船は、新造だろう。全長で70m程ある。乗員は、おそらく300人は下るまい。あれが全て上陸してしまえば、100人程度のセルーク兵では太刀打ちできないことは子供でも分かる。
上陸後、橋頭堡を築き、セルビエンテと運河河口とを分断あるいは、どちらかを攻める前線基地とするのが、ディグラント軍の目的だろう。
やはり、あの水軍は海上にある内に、叩かねばならないな。
「分かっていると思うが……」
「はい。先生の手を借りるのは、ここまでです。ありがとうございました」
先生は、戦争には与しないし、人間を殺すことを忌避している。
それなら、人体実験はやめてと言ったところ、それで殺したことはないから安心しろと言い返された。
「それから、あの船に乗っているのは、敵ではあるが人間だ。それを忘れるなよ。アレク」
「はい。心します」
「よし! おお、そうそう、伯爵様から預かってた物を渡さねばな」
親父から?
空中で近付き、巻いた羊皮紙を受け取る。それを解こうとすると。
「ああ、後で読め」
「なんです?」
「アレク殿が侵略者へ防衛行動を起こしても、それは伯爵から了承を受けていることの証明だ」
はあ…………と応え、魔収納に入れる。
何とも手回しの良い。
俺が、梅干しやら梅酒やらに気を取られていた背後で、この人はこんなことをしていたのか。俺に良心の呵責を少しでも感じないように済まさせるためなのだろう。
防衛行動か……防衛とは言え、今からやるのは間違いなく戦争だ。
この世界、この時代は局地戦が多く、全面戦争になることはほぼ無いとは言うが
考えても仕方ない。後は戦術だ。
多くを殺さず、敵の戦略を挫くには……一撃ないし数擊で、敗北を悟らせるしかあるまいな。
「それで、アレク殿。どう戦う? 水か? 火か? それとも風か?」
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




