90話 813の謎
「先生……入りますよ?」
夕食を終えて、呼ばれた彼女の部屋の部屋に入った。
ランゼ先生はソファに座っていた。
「あれ? その格好は」
彼女は黒いローブ姿だ。これから寛ごうという姿では無い。
「ああ、今から出掛けるぞ」
「俺もですか?」
「でなければ呼ぶわけないだろう」
「どこへ?」
「行けば分かる」
俺もローブ姿になって、テラスへ出た。
「手を繋げ!」
「はあ?」
「良いから繋げ」
良く判らんが、言う通りにする。
「行くぞ!」
その言葉と共に、俺は上方へ加速。俺達は館の遙か上空に舞い上がっていた。
「おわっ!」
ビビった。飛行魔法か!
曾爺さんの蔵書にも書いてあったのを見付け、習得はしたが、まだ試していない。
「アレク、私に触っていれば落ちはしない」
2人きりの時は相変わらず呼び捨てだ。
結構な速度で飛んでいるにも拘わらず、声がはっきり聞こえる。
日が暮れ、点いたばかりのぽつぽつとした村の明かりが、後方に流れていく。月明かりの晩だ、森の形がわかる。この方向は?
「降りるぞ。降りても暫く黙っていろ」
あっと言う間に、着いたようだ。軽いショックがあって、足が地に着いた。
ここは、昨日も来た遺跡じゃないか。色々言いたいことはあるが、黙っていろと言われたしな。
地下へと続く階段を降り、迷宮へ入った。
第2層まで降りた。
「もういいぞ」
そう言って照明魔法を発動した。周囲が明るくなる。
「なんで、この時刻に2人で遺跡に?」
「第5層より深いところに行くのを、余人に見られたくないからだ」
見られたくないねえ……。
「この遺跡の中、なんだか視線のようなものを感じるんですよね……」
「ああ。気付いていたか」
「先生、何か知っているんですね! 園外演習の時の連中とか?」
「それはどうかな……あまり時間もあまりない。威圧を掛けておけ」
感知魔法のうち、魔力場を周囲に発して反応を見る、いわゆるアクティブを調整すると、魔獣もそれを感知できるようになる。結果として、低級魔獣は避けていくようになるので威圧として機能する。
そのお陰か、戦闘らしい戦闘もせずに第4階層の隅、サラマンダーが居た場所を通り過ぎる。
第5、第6階層は、坑道のような構造だが、深い行き止まりに通じる分岐も無く、大きな魔獣も現れなかった。
やや拍子抜けしつつ、第7階層に入った。
通路?
綺麗に面の出た石造りの通路があった。上2層の、粗い削られた面では無く、明らかな建造物だ。床が蛍光を発していて視界は良好だ。
だが、進むに随って、プレッシャーのようなものがのし掛かってくる。ここに入りたくないと言う感情が沸き上がってくる。
先生はと思い、振り返ると笑みさえ浮かべていた。
負けられん!
意識を無理矢理押さえつけて歩む。
通路が切れると、そのプレッシャーも突然失せた。
結界とか、精神攻撃だったのか……
目の前に壁に、重厚な扉を見付けた。
この前に遺跡に潜った時、何度も感じた、あの気配だ!
床から半透明の人型が、浮かび上がってきた。特有の長い耳、女性エルフか。
──何しに来た! ランゼ!
ホログラムのような画像が口を利いた!
先生の名を呼んだぞ。
「アリシア! 姉が尋ねてきたのに水臭いな。扉を開けてくれ!」
先生が応じた。
なんだ、この展開! 姉? 妹?
──ふん、姉? どの口で言う。我が姉の身体を乗っ取った癖に。しかも、要らなくなれば、簡単に捨てた癖に。
「また、その話か……」
ランゼ先生は、うんざりだという顔をした。
そうだった、時々忘れるが。先生は超越者だ。
何を超越するのかと言えば、時間だ。長くても数百年で劣化する肉体を、別の肉体に変更することで、人格・精神は無限の継続を得る。
今の肉体の前は、このアリシアという美しい女性の姉に宿っていたと言う訳だな。
それにしても、この女性は超越者のことを知っているのだな。
──繰り返す、何しに来た!
「鍵を持ってきた」
俺の方を見た。何のことだ?
──むっ、その仔は……
えっ、俺?
蚊帳の外だと思っていたが。
──入るが良い
扉が開いた。
言い争っていた割には、呆気ないな。
扉の向こうは、少し廊下があって、さらに階下に向かって階段がある。
ここは……先生の亜空間部屋に似ている。
特にレダ2が浮かんでいた、人1人が十分入れるガラスのような透明の筒が、神殿の列柱のように立っている。
その柱体は先生の亜空間部屋には10基程しかなかったが、ここには見える限り数百有る。
だが、それらには何も入っていなかった。
「これって」
「ああ、培養容器だ」
培養って……イメージはそうだが、人間を菌扱いするのはやめて欲しい。
上から先程の女性の立体画像が降りてきた。
「ランゼ! 培養容器ではない。保育器よ。こちらに来なさい」
柱体を縫って数分歩くと、少し開けた場所に出た。
真ん中に祭壇のようなものが2つある。女性は向かって左に歩み寄ると、融けるように入っていった。
おおぅ。
両方の祭壇が光り、上部に人型の立体画像が現れた。
左は先程の女性、右は壮年の男性だ。
雛人形の並びと逆だな。まあ、どうでも良いが。
「ランゼではないか。久しぶりだな」
白髪に髭面のエルフ男性が口を開いた。
誰かに似ている、この人。
「ああ、アイザック。会いたかった」
先生の雰囲気がいつもと違うな。
「教授、そのように親しげに……この女は、あなたを裏切ったのですよ」
「まあ、そう言うな、君の姉ではないか」
「姉の身体を乗っ取った者です」
「ふむ。百年経っても、解り合えぬのだな……まあいい。ランゼ! 私に用なのか?」
「このアレックスをアイザックに会わせたかったのだ」
「この者は。むうぅ……8百……」
「813号です。教授」
「ああ、そうか。813号……だが、その者ではないな」
なんだ813号って?
「813号と呼んでいたのか。このアレックスは、曾孫だ!」
はあ???
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