89話 手持ち無沙汰
翌日。
先生から、突然今日の遺跡攻略は休みだと宣言された。
昨夜夕食前に言えば良いのに。
梅酒の方も、カーチス酒造の者が準備を終えて、漬け込んだ物を持ってきた。早朝に来たとのことで、俺はちとゆっくり起きたので、会わずに帰って行ったそうだ。
朝食の後、食物倉庫に行ってみると、大きな樽が6つ置かれていた。沢山の甕かと思っていたが、後で瓶詰めするならこっちの方が手間がないのだろう。
速攻で俺は促成魔収納に入れた。午前9時に入庫したから、午後3時以降に出せば良い。
梅干しの方もユリにアンやゾフィが、急遽梅農家に行って、やり方を教え、漬けることにになったので、一気にやることがなくなった。
先生もロキシーとどこかに消えたし。今は執務室に1人だ。
うーん。暇だ!
いや、本来、避暑に来たのだから、暇で良いのだ。
しかし、サーペンタニアに来てから結構忙しかったので、なんとなく時間を持て余し気味だ。
まあいい、またアレをやろう。
俺は地下室に移動した。だだっ広い倉庫のような部屋。昔は牢屋に使われていたそうだ。ここなら何をやっても大丈夫だ。
魔収納から鉄の塊を取り出す。鍛冶屋で作って貰った丸棒だ。
─ 旋回 ─
鉄棒が回り出した。対して速くない。毎分数百回転だ。
魔法牢固を使って超合金化した刃物工具であるバイトを取り出す。
─ 強力 ─
超強力となった左手でバイトを掴み、回転している鉄棒に近づけていく。鉱物油を垂らしながら接触させた。
キィィィィィィィ…………。
丸棒が白煙を上げながら回転を続ける、すると接触部から、カールした切子がねじれなから出てくる。
うーむ。脂臭い。
今やっているのは、名付けて旋盤魔法だ。まんまだ。鉄棒を段付きの回転体に削りだしていく。削ること30分。
できた!
感知魔法によると、直径12mmの部分は0~-10ミクロン、最外周直径60mmは0~-40ミクロンの精度に入った。同軸度も十分小さい。
ふふふ。いいな。前世では、回転を止めてマイクロメータを当て寸法を測って少しずつ削ったが、感知魔法なら回し放しで測れる。
前世より便利だ!
いやいや、前世ならこれぐらい、NCやマシニングセンタで自動で削れるんだった。
砥石を当てて、バリを取る。
ん、誰か来た。
「探しました。アレク様。こんなところにお出でとは」
そうだ! レダが居た。忘れてた。学園関係と戦闘時以外は存在感消してるよな。まあランゼ先生がそうさせているんだろけど。
「お茶をお持ちしました。こちらに置いてよろしいですか?」
「ああ、ありがとう」
10時か。
旋回と強力を止め、加工物を作業台の上に置く。御祓魔法を行使して、脂の付いた手を綺麗にした。木の椅子に座ってカップを摘む。
うーん。美味い。良い紅茶だ。
「あのう。先程は、これを作っておられたのですか?」
「ああ、それを削っていたんだ」
レダは、無表情に頷く。
「ところで、これは何なのでしょう? 新しい武器ですか?」
「いや、それは回転子だ」
「回転子とは何でしょう?」
ああ、よくあるな。この説明したら、さらに謎を呼ぶ状態。目に見せる方が良いか。
「少し待っていろ」
俺は魔収納から、中空の筒状の塊と、中心に穴の開いた円盤を2枚取り出す。
「これが、固定子。内歯車のように、内周は3つの歯が中心に向け張り出しているだろう」
「はい」
「内径は60.6mmだ。その面に……」
「紋章が刻まれていますね」
「ああ、そして外周面にある魔石に繋がっている」
「へえぇ」
「そして、この固定子に軸受端板を嵌めてっと」
「この中心部分だけ色が違っていますが」
「目敏いな。それは含油軸受だ」
「含油?」
「ああ鉄粉をワザと隙間を空けて円筒状に焼き固めて、できた隙間を油を染みこませている」
「ほう……」
「そして、回転子の嵌合部をここに嵌めて。もう一方も端板も嵌めてできあがりだ」
「これは」
「魔石モータだ。この魔石をこっちにずらすと」
しゅるしゅると音がした。
「回転し始めました……一定の回転数ですね」
「ああ、毎分300回転だ」
「すみません。さっぱり仕組みが分かりません。教えて下さい!」
いつも無表情ぽいレダが興奮してるぞ。
「あっ、ああ。
この魔石に蓄えられた、魔力が回路を通じて固定子内面の紋章に届く。
すると、磁束が発生するわけだ。
それで、磁束は一定時間で向きを交番するので、回転子側に渦電流が誘起される。
3つの歯の紋章は、交番周期の1/3だけずれて磁束を発生させる。
だから磁束密度が高い部分角度がぐるぐる回る。
回転子に誘起される磁束も少し遅れるから、磁極間が引きつけあい、回転するというわけだ」
要するにソリッドロータの誘導モータだ。まあ前世と違って入力がインバータや三相交流電源ではなく、魔石だがな。
「説明はさっぱり分かりませんが……」
おい!
「……わかりませんが、凄い技術であることが分かります」
無表情のレダの目が輝いてる。少し照れるなあ。
そう!
モータ試作1回目でこんなにちゃんと動くとは、俺は俺を褒めてやりたいぞ!
「そっ、そうか? この魔石をさらにずらすと、ほら回転数が高くなったろ」
「凄いことは、凄いですが……」
「なんだ!」
あれ?
「失礼ですが、旋回魔法では駄目なんでしょうか? 私もできますし、アレク様もさっき使っていらっしゃいましたよね」
「もちろんできる。だが、俺やレダが居ないところでも、このモータを回したいんだ」
「それは……」
「魔法師が居なくても回転動力を得られる。これで産業を興したいんだ。無論このモータ自体も売るがな」
「そんな遠大な計画をお持ちだったとは! 感動しました。いえ大変失礼致しました。動力ですかぁ」
そう魔道具には、熱源や発光体はあっても動力はほとんどない。実は原理的には確立されており、魔法の斥力を使って動くものがあるが、酷く効率が悪い。あっと言う間に魔石の魔力を消費し尽くしてしまう。だから、風や水などを直接動かす方式の方が主流となっている。
この魔石モータは、非常に効率が高い。それは紋章の魔力-磁力効率が高いからだ。
あとは鉄心を電磁鋼板にして、導体でカゴができれば、さらに効率を高められるのだが、今の技術で無理だ。
絶縁がなあ。まあ無い技術を嘆いても始まらん。
この魔石モータを、いくつか作って、魔石旋盤や魔石フライス盤を作り、機械工業を興そう。まあ、梅の初めとした農業ビジネスも良いがな。
あっ!
「どうされました、アレク様」
「ああいや。何でも無い」
あの本。こう言った技術を補完したくて買ったんじゃ無いのか?
そうか、多分そうだ。前から悩んでいたからな。
ただ、その計画には大きな課題がある。
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