88話 共鳴魔法再び
大隅良典名誉教授ノーベル賞受賞おめでとうございます。
研究の名前を、この話で出てくる魔法名で使わせて戴きました。草稿時点ではカニバリ・・・とかにしてたんですが。
アレックスが言っているのは、新しく呪文を憶えたものの、発動できなかった強力な魔法だ。こういう場合、他の魔法師なら経験値を積むしかないのだが、俺には……いや俺達には裏技がある。
共鳴魔法だ!
[よし、行くぞ!]
アレックスに念を送り、集中を上げる。目の前の光景が薄れて……。
── † ダナハ ダナハ ゾゥエル ディェエスダムス †
† ダナハ ダナハ ゾゥエル ディェエスダムス †
いずこかの宙でアレックスと向かい合い、伸ばした手の間に煌めく閃光──
── 喰らい尽くせ 醜き冥球よ! ─ 貪婪闇珠 ─
喰らい尽くせ 醜き冥球よ! ─ 貪婪闇珠 ─
………………
…………
……
パァー、パァーーン。
おおっと。
警笛に驚いて、俺は跳んで歩道を渡り切る。
背後を車が通り過ぎた。
危ない。
考え事をしながら、道を歩くのは危険だ。
考え事?
俺は今まで、何を考えていたんだ?
猛烈な違和感があるが、正そうという気力が生まれない。
容赦ない陽光が突き刺さる。
ふう、暑いなあ……。
俺はネクタイを緩め、ハンカチで額を拭く。
電車が、信号故障で遅れたからな。急がないとクライアントに怒られる。
時間、時間……。
この前、どこかで腕時計を無くした。スマホで時間を確認する。結構やばい時刻のようだ。電話を掛けて、遅れること予告しないとな……。
だが。
なぜか俺は、半ば誰かに操られるように書店に向かう。葉っぱのマークが描かれた自動ドアが開いた。涼しい店内に入ると、以前来たことがあるのか、何の迷いもなく書棚へに歩み寄った。そして、一冊の本を手に取った。
そのまま俺はレジに持って行くと、尻ポケットから長財布を取り出して精算する。
ありがとうございましたと言う声を、後に聞きながら外に出た。
……
…………
………………?
はっ!
今、俺……前世に行って……。
いや、それは後で考えよう。
俺達が詠唱した共鳴魔法、貪婪闇珠が発動している。
サラマンダーの周りに、薄黄色い光の壁が立ち上がり、直径7m程の球体となった。その瞬間、内部で発泡剤のように肉色の何かが膨れ上がった。
あっと言う間にサラマンダーの姿が没すると、いやぁな音がした。鱗を貫き、肉を裂き、骨をへし折って、咀嚼する音。
喰ってやがる。
肉塊が、魔獣を!
おぞましいしいこと、この上ない。
球の中に数秒炎が見えた気がするが、それすら食い潰していく。10秒と掛からず獲物を貪り尽くすが、それでも留まることなく。自らの肉を自らが食み、どんどん球体が小さくなって、やがて消え去った。
気が抜けたのか、俺は砂地に膝を付いた。
「アレク様!」
駆け付けたゾフィが、俺の肩を掴む。
「大丈夫だ」
「ゾフィ、そのまま動かないで」
ユリの血相が変わっている。
母なる大地神の加護に依りて、癒しを与え給え ─ 回復 ─
大丈夫と言ったのに、ユリは魔法を使った
力が大分戻ってきた。が、まだやめようしない。
「チーフ! もうアレク様は大丈夫です」
「あっ、ああ」
レダが割って入って、ユリはようやく回復魔法を止める。
俺は脚に力を込め立ち上がる。
うーむ。やはりユリは、経験が足りていないな。俺絡みだと無理もないが、考えないといけないな。メイド達が俺に群がってたとき、先生は何かを地から拾い上げていた。
「さて、アレク殿、もうすぐ3時だ。今日は切り上げて、館に戻ってはどうだろう?」
◇
館に戻ると、早速風呂に入った。
もうすぐ5時になる。夕食前に片付けよう。
ノックしつつ奥の部屋に入ると先生が居た。良かった、今日は服を着ている。
「おお、アレク。良いところに来た。これは何なのだ?」
手に持った本を、ひらひらと揺らしている。
俺が、前世から持ち帰った物だ。意識が戻った時取り落とし、先生に拾われてしまったのだ。
「それを返して貰いに来ました」
「もちろん返すさ。その前に、この本のことを聞かせてくれても良いだろう? 実に興味深い。我が魔法に奥義書が有ったら交換したいぐらいだ。書いてはいないがな」
先生の冗談はスルーだ。
話すか……隠す程のことでもない。
「共鳴魔法の副作用で前世……東京に行き、買った機械の本です」
書名は、図解機械・機構の仕組みだ。
「アレクは、お前の居た世界の機械を作りたいのか?」
「作れるものなら作りたいですが、そのままでは無理です。機械はその技術だけではなく、材料、加工の基礎の上に立っていますから」
「その通りだ。技術とは須く連続線上にある、突然生まれはしない。ならばなぜ、この本を?」
「良く憶えていませんが、何かのヒントにでもしたかったんででしょう」
「ふーむ……それにしても、この緻密な絵は何だ? まるで銀水晶のようだが」
本を開いて、写真を指差している。
「それはカラー印刷と言って、基本は蒼、赤紫、黄、黒の4色の細かい点の集合体です」
「むうぅ……これで、こう見えるのか」
魔法で拡大して視たのだろう、唸っている。
「……アレクの言う通りだ。ところで、この本の価値はいかほどだ」
「貨幣価値が違うので何ともで言えませんが、向こうだと昼食5回分くらいですかね」
2800円+税だ。そんな物だろう。
「馬鹿な! これほど貴重で高度な技術がか」
こちらの食費は安い上に、逆に本は異常に貴重だ。さらに紙も高い。まあ日本だって16世紀まではそうだったらしいしな
「確かに高度な技術ではありますが、あちらでは一般にありふれている技術でもあるんです」
ふむと先生は考え込んだ。
「一度行ってみたいものだな。そのトウキョウと言うところへ。今回は記憶があるのか?」
「ええ。断片的ですが」
「どんなだ、前に聞いた通りか……」
興味深げに、眼を輝かせている。
前に世界屈指の大都会と。コンクリートの摩天楼群、地面を覆い尽くす舗装。高速で行き交う列車、自動車。夜でも明るく、女子供も安心して歩ける場所。
ランゼ先生は呟いた。ありえぬと
「ええ。街は俺は死んだ事故がなかったように、生きているようでした。社会人として働き、金を手にして、沢山の本の中からその本を買ったんです」
「わかった。お前に返そう。その面妖な布の袋も持って行け。誰にも見せるなよ。ここに在ってはならぬ物だ」
「はい……」
丸テーブルの上に、本を入れていた緑の袋がある。白くWAKABA SHOTENとロゴが描かれている。確かに、この世界にビニールは無い。
ここにあるとまずいなら、焼いて処分……やめよう、こんな物でも何かの役に立つかも知れん。魔収納に仕舞おうとして、手を伸ばすと、その横に、光る物を見付けた。魔石だ。
「ああ、ガーゴイルとサイクロプスから出てきた魔石だ。お前の物だ」
◇
食事を摂って、いくつかの事務をこなし、9時となった。
「ユリ」
彼女は、夏なのにオーバーを着込んで、俺の寝室に来た。今夜はよろしくねと言ってあったからだ。
「失礼します」
そう言ってそれを脱ぐと、シルクのガウン姿になった。銀白の滑らかな生地で、彼女の肢体を浮き立たせている。俺と同衾するとき以外は、身に着けないそうだ。
俺は、既にベッドの上に居る。ポンポンと俺の右脇を叩くと、やや眼を伏せながら、こちらに歩いて来る。
近くに来ると、彼女の香気と薄化粧から漂う薫りが重畳して、得も言われぬ官能が押し寄せる。
どうでも良いが、俺は裸族だ。身体が真っ当な状況になってからは、下も身に着けずに寝る。ユリは俺がさっき脱いだガウンをコート掛けに引っかけると、ベッドに入ってきた。
「ユリ……」
「はい」
「魔法の部屋のこと黙っていて、ごめんな」
後から抱き竦める。
「すみません」
「ん? 何がだ」
「アレク様を信じていたはずなのに、取り乱してしまいました。僅かな時間でしたが、なんだかアレク様が、どこかに行ってしまったような気がして」
ん?
俺の意識が前世に飛んだことを言っているのか。共鳴魔法のことは、何も話していないのに、勘が鋭いな。てっきり経験が足らないからと思ったが……。
「俺は、ユリが女神でないと思えて、ほっとしたよ」
ユリは、ポカンとしている。まあ女神というよりは菩薩って感じだが。
「これからもユリに話せないことができるし、嘘も付く」
「いいんです。アレク様はアレク様の思うまま……あっ」
俺は、ユリの唇を塞いだ。
「あふぅ。アレク様……」
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