87話 砂漠階層
「うわぁぁああ」
「何というか。凄いですね。ランゼ様」
亜空間の部屋をゾフィは感嘆し、ユリが褒め称えた。
亜空間に来たのは、先生が、サーペンタニアの遺跡地下迷宮で休憩と言いだしたからだ。だが、俺がここでは落ち着かんなあとぼそっと言ったところ、先生はじゃあと言って、壁に向かって魔法を発動して通路を作ったのだ。
ただ、今まで行っている亜空間とは違うみたいだな。
白い床だけが見え、壁も天井も見えない。それはおなじみの光景なのだが。
だが家具が違う。ソファセットにクローゼット、少し離れたところにキッチンだろう給水器にコンロもある。
「ランゼ様、ここは何なのですか?」
「ユリ、余る深く考えるな。魔法で作った空間だ。魔獣共は入って来れないということだけ憶えておけ」
ユリの言葉で、人相に戻っているロキシーはキョトンとした表情だ。
「館にあるよねえ、アレク!」
ユリは、言葉の主を一瞬睨んだが、すぐ表情を戻した。
それに気圧されたか、ロキシーはそそくさと離れていく。
今のは、自分が知っている以前に、俺が知っているという証言だ。
瞬く間に表面は立て直したが、ユリにとっては表情を動かす程の衝撃だったのだろう。何か言ってやるべきか? そう思ったとき、レダが進み出る。
「チーフ! 私、職務上、この空間のことは知っておりましたが、ランゼ様の魔法のことゆえ、他言できませんでした」
そう言って、拳を組み頭上に持ち上げた。この世界、この国の謝罪の動作だ。
「レダ、良いのよ。全てを話すことが誠意ではないわ。さあ、手伝って。お食事の準備を致しましょう」
ユリとレダは、キッチンへと連れ立って行った。
重くなり軽くなる心地だ。
ふと視線を感じて顔を向けると、ソファに座った先生が人の悪い笑いを浮かべていた。
レダに助けられたなと言っているようにしか見えない。何か言い返したいところだが無理だ。
◇
食事を終え、気が付くとアンが居なくなっていた。きっと偵察に言ったのだろう。30分程待ち外に出てみると、ちょうどアンが石段を登ってきたところだった。
しきりに汗を拭っている。
「ああ、アレク様、ランゼ様。偵察の結果を報告します」
「うむ」
「この先の第4階層は、柱が多く立つものの1つの空間になっております。45℃程と高温です。更なる下層に行くには対角を抜く必要がありますが、身の丈3m程の火を吐く竜がおりまして、先に進めませんでした」
火を吐く竜か。
「その対角までに辿り着くには、どの程度時間が必要と思う?」
「その間には、多くの魔獣がおり、おそらく、まともにいけば1時間程かと」
今は、おそらく午後1時半を回った位だ。ならば、もう1階層いけるだろう。
「わかった、ご苦労。みんな聞いてくれ。今から下に行くが、準備として付与魔法を掛ける」
俺がゾフィへ、レダがロキシーへ、ユリはアンへ耐熱性向上魔法を付与した。付与した側も自分自身に掛けた。
「ある時間を過ぎたら魔法の効果が落ちるから、それぞれ魔法を掛けた者に知らせろ。くれぐれも我慢するな」
ロキシーへは、レダが分かるように説明したのようだ、大きく肯いた。
石段を降りていくにしたがって、暑くなって来た。魔法で緩和が繰り返される。温度調節のフィードバックが掛かっているのだ。
石段を降りきると、そこは砂の地面だ。天井が第三階層より明るく、しかも紅いので夕暮れのように思える。
息つく暇も無く、早速俺たちを察知した人型の魔獣が飛び掛かって来た。
しかし、そいつは次の瞬間には紅い鮮血を迸らせながら倒れた。ゾフィの片鎌の槍が、袈裟懸けに一閃していた。
緑の鱗肌、蜥蜴男だったか。
死骸となって、やっと確認できた。やるなぁ、ゾフィ。
その時、もう一頭の蜥蜴野郎が突っ込んで……来る前に、蒼い影が横切った。胴に2条朱い筋が走り、そのまま3つにずれるように崩れた。
ざざっと着地したロキシーを視ると、肩の防具から左右2本ずつ魔法光の刃が生えているではないか。走り抜けながら、あれで斬ったのか? 格好良いなあ。
しかし。数では向こうが圧倒している。
風斬!
レダが風魔法を発動した。
白い真空の鎌が無数に乱れ飛び、次々と蜥蜴野郎共の首を刎ねていく。その度、血柱が屹立する。下級魔法ながら、これほどの数を的確に制御しているのは端倪すべきだ。やはり園外演習では力を抑えていたのだろう。
その間に、ゾフィもロキシーも敵を次々と斃し、血の華を咲かせている。この上なき凄惨な現場だ。ユリは脅えていないだろうか?
振り返るとランゼ先生の横に立つ少女は、金色に発光して微粒子を昇華させている。流石は巫女、眼を閉じて忘我状態になっているようだ。パーティメンバーを祝福しつつ、守備や回復を活性化させている。先程から暖かい気分を味わっているのがそうだろう。
先生がこっちを見た。あの鋭い目付きは、前を見ろと言うことか。
前方は、3人娘のお陰で間合いが開いている。前進しよう。
斃した骸はずるずると砂に飲まれていっているな。俺達の足はそれほど沈まないのだが。
むっ!
「ゾフィ!」
─ 風壁 ─
足下の砂から、衝角が! 下方から襲われた!
ギッギギーーーー!
耳障りな音を立て、角を魔法で干渉した。ゾフィが飛び退く。
間に合ったか。
身体に不釣り合いな程大きい衝角を持った、一角蜥蜴が虚しく躍り出る。
逃すか!
─ 爆焔 ─
ダァァァァムンンンン!!
無詠唱で放った魔法で、人程もある大蜥蜴は炎と共に空中で爆散した。
おっと!魔力が籠もり過ぎたか。
木っ端微塵にする必要はなかったな。
その爆音が収まると、ゾフィは俺に槍を振って謝意を伝えてきた。爆風で煽って返って悪かったな。
次々と襲ってきた蜥蜴共の足が鈍る。
お陰で進撃の速度が上がった。
しかし、その後も蜥蜴男と大蜥蜴をひたすら斃し続け、1時間弱でようやく大空間の対角に辿り着いた。
何と言うか、忍耐力の要る階層だったな。俺ではなく前衛の者達のだが。それにまだ過去形で言える状況ではない。
この階層最後の敵と対峙した。
身の丈2m程、赤黒い身体。
火を噴く竜……サラマンダーのことだったか。
要するに亜竜だ。
とは言え、以前のガーゴイルとは比較にならない程強いことは、伝わってくる魔力で分かる。
だが疑問が生じる。
こいつが何喰って生きているのかだ。同じことは蜥蜴軍団にも言える。
どう見ても、この床面積で養う程の獲物は発生しない。人口載荷量ならぬ魔獣載荷量が全く足りていない。自然環境であればだが。しかし、こいつが遺跡外に出てきた話はない。出ていたのが知れれば全村民避難ぐらいのことになる。つまり、こいつらは飢えていない。何者かによって飼われているとしか考えられん。
だが、今はそれ考えている暇はない。
「みんな、ここで待っていろ」
「アレク様は?」
ゾフィが渋ったが、先生の一喝で遠巻きに引いてくれた。
さて、どうやって斃そうかな。
考えつつ近寄っていくと。
キショァアァアァア。
ブレスだ。
なんだろう。竜属を前にすると血が滾るように身体が熱くなる。しかし、それだけではない、対照的に頭は冷える。ガーゴイルの時もそうだったが。全く負ける気がしない。
直線的な炎をステップで避けた。
亜竜と言っても、なかなか高位だ。中級程度の魔法は跳ね返す霊力を持っている。
頸を刎ねたら死ぬかな?
──あれを試そうよ、アレク!
アレか!
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