85話 試飲会
試作梅酒の仕込みは、カーチス酒造の従業員に任せた。カーチスに溶けにくい砂糖はないかと、訊いたところ、この世にも氷砂糖があることが分かり、それも使うことにした。
あと熟成だが、俺は結構な代償を払って、先生に促成魔収納魔法を伝授してもらった。自分でやれば、いろいろ細かくできるからな。
それからレシピを変えた甕を5種仕込まれたので、魔収納に入れて熟成させた。造ったはいいが、売る段階では絞る必要がある。
次の日に試飲会を開いた。館の広間に、メイド達と先生、コック長、両村長にカーチス酒造の職人に営業職、さらに梅農家の人間を何人か呼んだ。
「みんな聞いてくれ。ここに甕が6個ある。最初の試作品。そして、昨日仕込んだ5種だ。甕に番号が書いてあるから、それぞれを試してくれ。そして、渡した名前が書いてある紙に最も良いと思う物に丸を書いて、あの箱に入れてくれ。カーチスから試飲の注意がある」
俺に代わってカーチスが前に立つ。
「ありがとうございます、子爵様。では試飲に慣れてない方もいらっしゃいますので、2、3、注意点があります。まず、今回の酒はアルコール分が高いので、少なくとも一通り試すまで、飲み込まないで下さい。途中から酔って差が分からなくなりやすいですから。ご婦人方には恐縮ですが、この別の甕を持って、いちいち吐き出して下さい。それから、1つ吐き出す度に、水で口を濯いで下さい。それから……」
「まだあるのか?」
先生、茶々を入れないで。
「すみません。もうひとつです。できるだけ番号順に試して下さい。薄い方から、濃い方へ順に並んでいますから。以上です。よろしくお願いします」
なるほど。最初に濃い方を試してしまうと、薄い方は舌が反応しにくくなるからな。流石は玄人よく考えている。
皆が並んで、試飲を始めた。
徐々に、みんなが笑顔になってくる。
口々に美味いとか、おいしいとか言っている。
好感触だ!
美少女揃いのメイド達の笑顔も良いが、営業職達の笑顔が大事だ。
男共はともかく、メイド達が試飲で含んだ梅酒や濯いだ水を吐く姿を皆に見せるのは、少し可哀想だが。
そういう状況で、先生は気に入ったーーとか叫びながら、ガッパガッパ飲んでる。それ試飲じゃないですって。
30分後結果が出た。
「結果を発表する。1が6票、2が2票、3が4票、4が3票、5が1票、6が0票だ。6は最初の試作品。やはりこれは除外だ。1から5は蒸留回数を増やしたアルヒスで、1から3が氷砂糖、4と5は黒糖だ。1で氷砂糖の少ない物が指示を集めたな」
「御曹司、意見があります」
「おお、トール。聞かせてくれ」
「えーと、コック長を務めております。トールです。料理人としての意見です。どれもいいですが、あえて言うなら、1は端麗で料理を食べながら飲むのに向いています。ですが、3も捨てがたい。甘くて食前酒に向いていると思います」
「私も同意見です」
ユリだ!
ふむふむ。
「えーと。カーチス酒造の、トーマスです。素晴らしい酒の開発ありがたく存じます。確かに1と3が良いです。ですが売ることを考えると4の黒糖も悪くないと思います」
やや、太った男だ。
「もう少し詳しく言ってくれ」
「あっ、はい。氷砂糖の方が洗練された感じがして、セルビエンテや王都で売りやすいと思います。対して黒糖の方は野暮ったい面もありますが、特有のコクがあって癖になるところがあります。おそらくですが、地方部ではこちらが売れる気がします」
おお、良い意見だ。が、しかし。
「意見が割れたな」
「いいですか?職人のサムエルです」
50歳位の少し頑固そうな男だ。
「ああ、言ってくれ」
「子爵様は意見が割れたとおっしゃいましたが、作る方から言わせて貰うと1と3は、調整の範囲です。4は確かに別物ですので、優先度を考えて頂く必要があります」
「わかった。他に意見は? ……ないようだな。本件の決定者は、経営という観点でカーチスだ。販売を念頭に置いて、即製仕込みと来年販売用仕込みの種類と量を決めてくれ。なお費用は、必要なら俺も出資するつもりだ」
「ありがとうございます。子爵様。お言葉に甘えて。1と3を即製用に、来年販売用は、4も追加します。来年度分は合議しまして決めますが、子爵様にお願いする促成分は、お分けする分を合わせて1キロリットル程でいかがでしょう」
700mlの瓶で、およそ1400本分か。俺の分の瓶も手配してもらおう。
「ああ。わかったが、俺も配りたいところが有るからな。5割増しにしてくれ。瓶もな。その分の対価は支払う」
「対価はともかく、増量の件は承知しました。ベスターさん。梅の方は?」
「ウチだけで対応可能な量ですから、問題はありません。分担は別途決めさせてもらいます」
「そうしてくれ。皆もご苦労だった。感謝の気持ちを込めて、料理を振る舞わせてくれ」
コックとメイド達が、大皿を運んできた。
魚料理とパスタだ。
魚の方は、2種。近くの湖で取れた淡水魚の蒸し物と、セルークの港に揚がった白身魚のマリネだ。
立食パーティになった。
数分経った時、べスターが飛んできた。
「しっ、子爵様!」
マリネの乗った皿を指差している。額には大粒の汗を浮かべている。
「どうした、そんなに慌てて」
「この果肉は、梅ですよね。ど、どういう……」
出した料理のいずれも、味付けには梅干しを潰した物を使っている。パスタの方は、梅じそ風味だ。
「梅干しと言ってな、塩漬けにした物だ」
客達が驚いた。
これが、梅?
「まさか!生食以外、まともな食べ方がなかったというのに。子爵様!ご説明下さい」
カーチスが、興奮している。
「サーペンタイア周辺の梅は酸っぱい。だが、それを生かせば、このような漬け物を作ることができる。逆に他の地の甘い梅は、難しいだろう。そちらが主流だったからな。だからこそ、加工食品の発想は出難いのかも知れない」
「子爵様の、仰る通り。この差は大きい。売るとなれば強みになります」
「宝だ! 貧しかったサーペンタニアとマセリに宝があった」
両村長の頬が紅潮している。
大げさだなあ。
「確かに、宝に化けるかも知れない。だが、まだそうではない。それを確実な物にして、皆を豊かにするためには、広く大衆へ知らせる必要がある。私も微力ながら努力しよう」
◇
ふぅぅう。
居間に引き返した。
「お疲れ様でした」
「ああ、ユリ。ありがとう」
持って来てくれた、紅茶を喫する。
「梅酒に梅干し、いずれも好評で良かったですね」
優しく微笑む顔がまぶしく、愛おしい。
思わず抱き寄せる。
「ユリや、みんなのお陰だ」
コホン。
「先生いらしたんですか」
返事する隙にユリは立ち上がると、部屋を辞していった。
代わって、俺の横に先生が座る。
「私も貢献したぞ」
「ええ。ありがとうございます」
「礼は言葉ではなく、態度でな」
「一昨日、さんざん」
「うーむ。日に日に具合が良くなってな。お前への愛しさが増してきた」
「実験動物に対する?」
「いや、本当に情が移ってきたのかも知れん。さっきユリを弄って居たとき胸がチリチリしたからな。あれが嫉妬というやつかと思うと……」
「思うと?」
「身をもって観察できて嬉しいぞ」
観察って、科学者ですね。
「それはそうと、遺跡の攻略の方が伸ばし伸ばしになっていたが、そろそろはじめるぞ」
「分かりました」
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