84話 再会と交渉
先導して貰って、村長の屋敷にやって来た。なかなかの構えだな。面積だけなら、ウチのサーペンタニア館と良い勝負だ。こっちは農地だが。
屋敷の周りを、林が取り囲んでいる。防風林にしては低木だ。単なる果樹かな?
農作業場ともなるのだろう、踏み固まった庭の前に、母屋が見える。石造りの平屋だがでかい。豪農と言っていいだろう。
どうぞと促されて入ると、質素だが広いホールになっている。木でできた長いベンチに座った。
「少々お待ち下さい」
「いや、お構いなく。ここはなかなか涼しくて良い」
造りは洋風だが、なんとなく落ち着く。
奥から、夫人だろう一応身綺麗にしたと風情の中年のおばさんが出てきた。手には大きなお盆を携え、5つのコップと山盛りの梅の実が乗っている。
すすっとアンが立ち上がり、夫人の盆を代わりに持った。如才ないというか、良く気が付く。質実剛健なゾフィと対照的だ。
「どうぞ、子爵様」
そこからコップを持ち上げ、俺に渡した
!
あれ? この人。
「なっ、なんでしょう?」
夫人はドキマギしている。
俺は鼻から下を手で隠す。
「あっ! あの時の! 旅の御方」
「そうだ!」
やっぱり露店のおばさんだ!
「こりゃ驚いた。あの時のご夫婦が、子爵様だったとは……」
あれは、メイドだが。まあ妻みたいなものだがな。
「グリータ! 子爵様とお目に掛かっていたのか?」
「とても美しい若奥さんのご夫婦が、梅を全部買って下さったと」
「そう話していたなあ……」
受け取ったコップを傾ける。冷たい水だ。美味い!
「それにしても感慨深いですなあ……」
ん?
「我が家と言わず、近郷の梅農家は、祖師様が苗を授け下さったものを育てておりまする。それを御子孫の子爵様にお出しする日が来るとは」
ほう。そんな繋がりが。
先生を見たら、俺に向けて頷いた。
「しかし、その梅も余り売れなくなったのであったな」
「そんな話を……」
「そこでだ、作ってみたのが、これだ」
小さめの甕を魔収納から取り出す。コップと柄杓も出した。
おもむろに甕の蓋を外す。
「なにやら、蒸留酒の香りが……」
「そうだ」
100ml程注いで、まずは村長と夫人に渡す。
「飲んでくれ」
「はあ。頂きます……甘い……これは!」
夫人も飲んでいる。
「梅! 梅の酸味と香りが……なんでしょう。飲んだことはない味ですが、おいしいです。すこし濃いですが、口当たりが良いです」
「子爵様! 梅を、蒸留酒で漬けたのですか?」
「そうだ。これは、梅と黒糖を漬けたものだ」
つまりは梅酒。
梅干しの作りかけを干している間に、まだ梅が大量に余っていたので、他に何か作れないかと思ってやってみたのだ。梅酒の方は、一旦漬け込めば、後は待つだけだ。それは先生の経時促進魔収納で、6時間程漬け込んで、1年漬け込んだ相当にして貰ったのだ。
「どうかな」
「はあ、とてもおいしかったです。梅がこうなるとは……ありがとうございます」
「ありがとうございます」
うん。俺に阿って言っているようには見えないな。
「そこでだ。村長殿に頼みがある!」
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
「アレク様、村長殿がおふたりお越しになりました。応接室でお待ちです」
居間で寛いでいたら、アンが呼びに来た。村長が2人と言ったか?
「ああ、今行く」
「私はどうする」
対面に座っていた先生が、声を掛けてきた。
「ありがとうございます。でもまあ、一人でやってみますよ」
「うむ。それが良いだろう」
笑顔で送り出してくれた。
応接室に移動すると、ベスター村長と別の男が居た。
「子爵様、お言いつけ通り参りました」
「ああ、ご苦労だったな。ベスター」
「ああ、いえ。こちらは隣に有るマセリ村村長の……」
40歳代だろう、ベスターと対照的にふさふさと豊かな髪と、痩せ気味の男だ。
「カーチスと申します。お目にかかれて光栄に存じます」
ふむ。ベスターより世間慣れしているな。
「まあ、両人とも座れ」
アンを除いて腰掛けた。
「ところで、ベスター。俺の願いは酒造業の者だったはずだが」
「あっ、あの……」
そこで、カーチスが口を開いた
「申し遅れました。私、カーチス酒造という造り酒屋を経営しておりまして、セルビエンテでも商いさせて頂いております。それで、子爵様。酒造業の者にどのような御用が?」
ふむ、商売人か。なるほど。
「そうであったか。ならば良い。では、アン。例の物を!」
「かしこまりました」
アンは一旦部屋を出て、すぐさま盆にグラスを載せて戻ってきた。
「どうぞ」
カーチスとベスター、それに俺にもグラスを渡す。
「綺麗な褐色ですが、これは?」
「ああ、ウチで試作した酒だ。だが、まだ許せないところがある。まずは、飲んでみてくれ」
2人は顔を見合わせ、ベスターが頷いた。彼は、既に飲んでいるので余裕の表情で、カーチスを見守っている。梅酒のことは口止めしてあったので、カーチスの方は、少し訝しんでいるようだ。
「では!」
カーチスはグラスを光に翳し、グラスに鼻を突っ込んで、香りを嗅ぎ一口含んだ。
視線を低く漂わせながら、玩味して飲み込んだ。
「爽やかな香気、とろりと甘く、大変おいしゅうございます……ですが、子爵様がおっしゃられた通り、おいしいが故に逆に不満な点が残っていますね」
「わかるか」
「はい。この梅を漬け込んだ酒。我が村の、いえ、私共の製品を使って頂いていますが……」
流石は業界人、その舌も鋭敏のようだ。
「折角の梅の風味を損なう雑味が混ざっています。どうやら、その理由が何か子爵様は分かっていらっしゃるようですね」
俺は頷く。
問題は、マセリ酒にある。単体では気にならないが、梅酒にすると発生してしまう。
「マセリ酒とは、サトウキビから作るのだったな」
「はい。砂糖を作る時に出る廃糖蜜から精製して蒸留します」
あれだ、いわゆる黒蜜だな。見た目はホットチョコレートみたいなやつ。味は違うが。
「俺は、癖が少なくて、この酒に向いて居ると思ったが……」
梅酒というか果実酒には、ホワイトリカーが合うぐらいだからなあ。
「まだ、癖が残っているとおっしゃるんですね」
「ああ。そうだ。カーチス、協力してくれるか?」
「いえ。こちらからお願いさせて下さい。私どもを是非開発に加わらせて下さい」
ふむ。男気があるな。
「もちろん。私どもも」
ベスターも乗ってきた。
「よかろう。サーペンタニアとマセリの新たな特産品を作ってくれ。頼むぞ」
「はっ!」
それについては、今の製品をさらに蒸留を掛けることで、ある程度抜けるとカーチスが断言した。おそらく試したことがあるのだろう。
あとは、黒糖も少しなあと言うことだったが、これについては、要検討事項にした。
そして、本格生産は、年月を掛けることにするが、宣伝のための試行販売に向け即製熟成をやることにした。改良のため原料を我が館に持ち寄ることと決め、両村長は意気揚々と帰って行った。無論これからは、2つの村の住人が製造できるよう、作り方を伝授していくつもりだ。
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