9話 寝取られた婚約者 (中) 違和感
しばらくして、先生が予言していた客人、男女2人が訪れた。
応接間に通す。
「アレックス様。お元気に成られて、セシルは嬉しゅうございます」
いきなり抱きつかれた。
いや、挨拶だから。
思わず案内してきた、ユリの方を気にしてしまう。
が、ユリは表情を変えていない…気がする。
セシル・フォーガス嬢。16歳。子爵の次女。仮婚約者。そう記憶にあった。
この子かぁと思っていると、胸が押しつけられる。腕が一瞬幸福になる。
頭痛と快感の鬩ぎ合いがなんとも。
さっと身を離された。
まあまあ美人だな。先生とかと比べるのは酷だが。
あとは、眉が吊り上がっていて、如何にも疳が強そうだ。
うーーむ。本当にこの娘が仮婚約者なのか?
好きという記憶が、あまり…というか、全く伝わって来ない。俺の好みともずれてる。まあまあ可愛いとは思うのだが。
ただ、可愛いで言えば、お茶を持ってきてくれた、このユリの方が断然可愛い。第一健気だしな。
先生に言わせると、ユリは身分違いで妻には出来ないらしいが。
その思いを知ってか、知らずかユリは部屋を辞していった。
扉が閉まるのを待って居たように,仮婚約者は口を開いた。
「お元気に成られましたので、中断していた婚姻の件、進めてよろしいですよね」
彼女に申し込まれて、そう答えたのを思い出す。
しかも、別に両親やその他の誰かから斡旋されたわけでは無い。なぜそんな気になったか、頭痛覚悟で記憶を手繰ったが、浮かんでこない。他のことは、その気になれば思い出せるのに。ならば…。
「いや、その…。答えは否だ!」
アレックスは、どう思っていたかはわからんが、俺はごめんだ!
必要もなく、好きでも無い相手と結婚するのは!
「否…なぜ?なぜです。半年前結婚しようと言って下さったではないですか?」
涙目で上目遣いは禁じ手だ。だが…俺も負けるわけにはいかない。
「元気になったと言っても、まだまだ私の病は重い。セシルに迷惑が掛かる。そちらから婚約を破棄して貰っても良い。婚約と言っても、口約束だけで結納をした訳ではない。今ならセシルに傷は付かない」
「そんな……」
「お嬢様、余りご無理を申されては」
「ダリルは、黙っていなさい」
「はっ、申し訳ありません」
ぴしゃり。
この擬音がぴったりだな。
青年のことを忘れていた。
ダリル。セシル嬢の護衛として、いつでも付き従っている。19歳の美丈夫だ。俺とは違い、男らしい顔つきだ。
セシルは、いつもこの男に厳しいらしい。
「アレックス様。どうあっても?」
「済まない」
俺は頭を下げた。
顔を上げると、セシルの視線が、別の方向からこっちに回って来たようだった。
なんだ?
「セシルは悲しいです。また参ります」
なんと言うか、違和感を感じた。
セシルとダリルは、立ち上がると部屋を出て行った。
うーーむ。
「誰ぞある!馬を玄関に!」
俺は叫んでいた。
◇
俺は乗馬経験がない。
厩番が引っ張ってきた馬に、内心ビビりながら近づく。が、信じられないくらい馬に懐かれていた。
鹿毛で、皮膚の薄そうな良い馬だ。
全体はサラブレットに似ているが、管と呼ばれる膝から下がやや太い。
鐙に片足を掛けると、厩番持ち上げてもらい、ひらりと跨がれた。
経験が無意識に騎乗させてくれたのだ。
すげー!!もう一人の俺。
「走れ!サンダーボルト」
麓までは一本道。向こうは2人乗りだし、少し急げば追い付くだろう。
なんていうか、リラックスする。
この、馬と気持ちが通ってる気がする。
行きたい方向へ向いてくれるし、俺は俺で何か勝手に身体が動くし。あれだ、無意識的意識行動。アレックスがやってくれてるんだ。
おっと、目的を忘れてはいかん。追跡中だった。
あれ?
馬が、湧き水に沿ってある水車小屋の傍らに繋がれていた。
50m位手前で馬を止め、草が生い茂る道端の脇に分け入って、木に手綱を括る。
「悪いが、少し静かにしていてくれ」
そう言うと、サンダーボルトが頷いた。
もしかして理解したのか?いや、まさかな。
10m位に近づくと、やはり記憶にある馬。セシルの乗馬だった。馬がこっちを見た。
今、嘶かたら、やばいかも。
思わず、人差し指を唇に付け、シーーって音を出していた。
はっ。
何してるんだ、俺!
そう自分にツッこんだものの、その馬も頷いた。
はあぁぁああ?
どういうこと?理解したのか?
──僕はテイム能力を持ってる
あっ、あれか。
動物に言うことを聞かせられるという。
って、今回ははっきり聞こえたぞ。
[アレックス!!!]
……ちっ。返事がない。
うーん、使えるんだか使えないんだか、わからない声だな。
まあいい。
抜き足差し足で、かなり痛んだ木造板壁の水車小屋に近づく。
常時発生している水音ときしみ音が、隠密行動には都合が良い。
引き戸と反対側に小屋を回り込む。
窓がある。問題は形式だ。
残念ながら、ガラス窓などという洒落た物ではない。
跳ね上げ式だから、開ければ中からすぐバレる。窓から覗くかどうするか…。
ふと視線を上げると、壁板と壁板の間に隙間がある。
180cm程ある俺の背丈でも、ちと高さが足らない。
台になる物、台になる物…と。
大きな漬物の重しぐらいの石があるが、流石にあれは…あっ!。
慈しみ深き大母神の加護に依りて! ─ 身体強化 ─
俺は、ランゼ先生に封印解除してもらった低級魔法を唱えた。
体が熱くなって、少し膨れたような感覚が走った。
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2016/06/12 アレックスへのアレクの返事を[]で挟む表記に変更