83話 遺跡迷宮の下見
今日は、遺跡の下見だ。
俺以外のメンバーは、アン、ゾフィ、そしてランゼ先生だ。館から7km程有るので、3騎の馬を駆っている。
この暑いのに、馬上の俺の背中にはピタっと先生がくっついている。先生はニコニコなのだが、アンからは生暖かい目で見られている。
感触的にはなかなかの弾力で嬉しいのだが、とにかく暑い! と、言ったら、先生が仕方ないと結界を張ってくれた。なので今は涼しい。……普通に馬車に乗って下さい。
小さな凹凸はあるものの、概ね平坦な半径500m程の草っ原に出た。ぽつぽつと白い岩が見える。大理石でできた廃墟だ。
「この辺で良いぞ」
先生がひらりと馬から降りた。
うーん。あの人、馬に乗れないって嘘くさいよなあ。
暑!!
結界から外れ、冷房が切れた。運動で掻く汗は歓迎だが、暑くて掻く汗はもう一つだ。痩せるし。
自力で涼むとしよう。
生活魔法を発動する。一瞬で体感気温が下がり、ふーっと息を吐くと、アンがジト目で見ていた。
「なんだ、アン?」
「いやあ、魔法師は羨ましいなあと思いまして」
ゾフィが犬なら、アンは猫っぽいな。
「じゃあ、お前も掛けてやろう」
「えっ? はい!」
現金なヤツだ。付与してやると、にぱっと笑った。
ありがとうございます。では偵察に! そう言い残して、ものすごい速さで走り去った。何だろう、対価を要求されるとでも思ったのだろうか?
「ゾフィ、お前にも掛けてやろう。涼しくなるぞ」
一瞬嬉しそうな顔をしたが。
「私ごときに、そのような。もったいありません……あっ! あぁあ。ありがとうございます」
問答無用で魔法を付与したら、少し涙ぐんでいた。おおげさだって。
「あんまりメイド達を甘やかすな。いつでも付与し続けられる程、魔力が潤沢なわけではないぞ」
先生が横に並び、俺の顔をまじまじと見る。
「はあ。まあいい。それで、ここをどう見る」
曾爺さんの遺産は、新しい魔法をもたらしてくれた上、既存のものも機能向上させてくれた。感知魔法もその一つだ。
感知魔法を索敵モードにする。
魔法波を発信して魔素による反射波を受信するのは、従来モードと同じだが、発する魔法波の周波数と出力が異なり、感知範囲は10倍以上拡大する。周波数を変えることで、魔法波を発信しているのにも拘わらず、上級魔法師すら発信源を感知できないそうだ。先生やヴァドー師級まで行くと、どうか分からんが。
あと周波数を調整すれば、逆に威圧にも使えるらしいがやったことはない。
即座に8体ほどの魔獣を見付けたが。
「小物ばっかりですね」
少しがっかりしつつ呟く。
「まあ、地上はそうだな」
地上?
なるほど、あそこか。周囲より魔素が濃い部分がある。
大理石の列柱が立ったまま残ったところに、地下に通じる入り口があるようだ。
「入りましょうか?」
「今日は下見なのだがな」
とは言え、この周りには、どこにでも居るゴブリンと有角犬ぐらいしか居ない。ここらを回っても、物見遊山だ。
「少しだけだぞ」
何かの建物の跡だろう、石の床の上に、元は柱だったり屋根だったりした石材が無秩序に落ちて散らばっている。それらを縫って進むと、まだまだしっかりとした階段が、地下に向けぽっかりと口を開けている。
「なかなかの魔素だな」
ん?
誰か下から来る! アンだ!
偵察とは言っていたが、もう下に行ってきたのか。少しこの娘を見直す。
「あれ? 下へ行かれるのですか?」
「ああ、アレク殿がな」
アンがこちらを見たので、頷いていく。
「分かりました。ご案内します」
「ああ、ゾフィはここで待て。30分程で戻る」
アン、俺、先生の順で降りていく。
地上からの光が途切れ、アンの鉢金がぼんやり光っているのに気が付く。
「少し暗いですかね?!」
「ああ、アレクは慣れていないからな」
アンが額に手を持って行くと、やや明るくなった。
「なぜ、ゾフィを?」
「それは、その階層に降りれば分かる」
地下第1階層。
階段を下りきると、右に曲がって開けた場所に出る。
広間のようだ。
差し渡しで40m位ある空間。そして8mおきぐらいに、列柱が並んで立っているが崩れた様子は無い。地上はかなり劣化していたが、この階層は健在のようだ。
そして、感知魔法が、魔獣の濃密な存在を知らせてくる。
ただ姿は、白っぽい靄が僅かに見えるだけだ。
「なるほど! そういうことですか」
ここに居るのは、不定型の魔獣ばかり。例えば悪霊系が、ほとんどを占める。確かに直接打撃系戦士のゾフィは、ここでは無力だ。
「わかったか」
「ええまあ。自信をなくさせないようにしないと駄目ですね」
「ふっ、言うではないか」
「奥に別の部屋があり、さらに降りる階段があります」
「そこに入ったのか? アン」
「もちろんです。アレク様、第3階層までは見回りました。なぁに私の隠密能力を持ってすれば……」
「調子に乗るな、アン。装備のお陰であろう」
「うっ……おっしゃる通りです」
「が、半分はアン自身の資質によるものでしょう」
「アレク様!!」
アンは、少しはにかんだ。
「頼りにしているぞ!」
「お任せ下さい! では進みましょう」
おお、先行するアンが見えにくくなった。俺の五感は魔法で強化されるので見失うことはないが。一般人には見えないかも知れない。
あれ?
普通に歩いて進んで行けている。意外なのは、レイス達が襲ってこないことだ。というか避けられてるような気がする。別に威圧モードにしていないのだが。
「どうした、ヤツらが避けるのが不思議か?」
「ええ、まあ」
「そなたは、眩しいんだ! 特に暗がりではな」
「はぁ?」
「そのうち分かる」
何が眩しいんだ? 金髪のことか? それとも比喩か?
それ以前に、俺のことを”そなた”と呼ばなかったか? そう言えばさっきも殿って……。
あっさり、広間を突っ切り奥の扉を通り抜ける。ここからは、通路だ。
何か5、6匹飛んで来る。
「アレク様!」
分かっている!
─ 火焔 ─
火焔放射のように炎が伸び、赫赫と通路を照らした刹那、何匹もの刃蝙蝠だった物は消し炭に代わり、それすら燃え尽きた。
大した魔獣ではないが、近くに来ると鬱陶しいからな
その時、何かキラッと光る物がすっと、下に落ちた。
「ふぅえぇ」
アンが情けない声を出して、少し足をガクガクさせている。
魔法火炎の上位互換、火力も段違いだ。
「ああ、私が焼かれるかと思いました」
「そんなわけないだろう」
「そうですけど、無詠唱でいきなりだったもので、びっくりしました」
「まあ、そのうち慣れる」
俺は蝙蝠が燃え尽きた時、光が落ちた辺りの地面を探ると、3mmほどの長細い石があった。拾い上げて光に翳すと、クリスタルのように反射した。
魔石──
ここが暗がりでなければ、俺が光を当てていなければ気が付かなかっただろう。
「初めて見たのか? アレク殿」
「ええ」
アレク殿? 引っかかるが、まあ良い。2人になったときにでも訊こう。
授業で習ったからな。今まで、あまり興味がなかった。金で買える物だし、魔獣の体内の他、鉱山からも算出する。それほど貴重な物でもない。
とは言え実際に見てみると、そこそこ綺麗だし。余裕があれば拾っても良いな……ああ、魔法で集めても良い。
「魔獣の中で、魔石が育つと聞きましたが」
「そうだ」
「普通の野獣の体内に魔石が入り、魔獣になると言う説がありますが」
「確認されていない。実験として、野犬に魔石を喰わしても魔獣にならぬからな」
ふむ。
「ああ、アレク殿。そなたが、斃したガーゴイルの魔石を持ってるし、デミ・サイクロプスのも、レダから預かっている。まあ、興味があるなら館に帰ったら見せてやろう」
長い通路の突き当たりに、下に伸びる階段がある。
そこを降りると、やはり広間だった。
ん?
「どうした? アレク殿」
「いえ、ちょっと……なんでもないです」
何か視線のようなものを感じたが、気の所為だろう。
地下第2階層は、ざっと見回して、偵察を終わらせた。
◇
帰り道も騎乗だが、またも先生にぴったりくっつかれる。まあ背中は幸せなんだが、見た目がね。ゆっくりと歩かせていると、前方に5人の農民が、農機具を持って列を為して歩いている。
ん? この人達って。
「村長殿ではありませんか?!」
ああ、声かけちゃったよ、ゾフィが。
「これはゾフィ殿……それにこれは、子爵様ではございませんか」
先頭を歩いていた、村長は慌てて道ばたに飛び退くと、跪礼した。その声で後続の男達も、あたふたと先達に倣う。
「このような場所でお目に掛かり、きょ、恐悦にございます。……このような態で申し訳ありません」
「いやいや、農家の皆さんの作業服、少しも失礼には当たらぬ」
「あぁ、ありがとうございます。この者達も、子爵様のご威光に感謝しております。そっ、そうだ。この先に拙宅がございます。何もございませんが、是非、是非お立ち寄り下さいませ」
ああ、やっぱりそうなるよね。だから、考えて声を掛けろって! さて、どう断るかな。
「それは忝い。アレックス卿、お言葉に甘えましょう」
えっ! ちょっと先生! とっと帰って、ユリが作った食事を食べたいのですが……。しかし、既に退路はないし。
「では、村長殿。悪いがご厄介になる」
むうぅぅ。金髪碧眼になっても、中身は日本人だからな。断れないって。
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