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82話 梅とタイムマシン

「おお、こんなところに居たのか。おまえ達」

「おはようございます。先生」

 皆も続けて挨拶した。

 居る場所は厨房の一角だ。俺の他、ユリとアンも居る。


「それで、何をやっているんだ? その、たくさんあるのはナップの実か」


 そう、四九市で大量に仕入れた木の実が、盥に山を成している。実自体は梅とすももの中間に見える。


「そうです。今はヘタを外す下準備をしてます」

「ほう。どうでも良いが、ここのは他の土地の物と違って、随分酸っぱいぞ」


「わかってます。それで思いついたことがあって」


 おっ、来た!

「ランゼ様。申し訳有りません。道をあけて下さい」


 先生がおおと呟いて、脇に避ける。

 ゾフィが、一抱えもある陶器の甕を持ってきたのだ。とても重そうにゆっくりと降ろした。

「御曹司、こんな甕で良かったですかね」


「ああ、コック長(トール)。手間を掛けたね」

「いえいえ。この力持ち(レダ)を貸してもらったんで。なんてことはないです。お言い付け通り。熱湯で消毒しておきました」

「助かるよ。ありがとう」


「そんな、もったいねえ。御曹司がやっかいな山賊共を退治してくれたって、この辺の住民が山菜やら猪やらたくさん届けてくれましたんで。関係ない俺らまで鼻が高いです。じゃあ、昼食の調理に掛かります」


「ああ、ゾフィもありがとうな! ……そうでした、先生。曾爺さんが遺した本にあった、梅干しというのを作ろうかと」

 本の件は嘘だ。なぜだかわからないが、この件は結構克明に前世の記憶が残っているんだよな。俺がやっていたのか? 誰かがやっていたのを見て居たは憶えがないのだが。


「梅干し? ふーん。知らぬな」


「うまく行けば、とっても酸っぱい食べ物になります」

「ほう。で、何時食べられるんだ」


「ああ。塩で漬け込みますが、4ヶ月ぐらい先ですかね」

「ええぇ!」


 先生じゃなくて、アンが反応した。

「随分気が長い話だな」

「ええ。ここに居る間に、何とかしたかったんですが。こればっかりは」


「ふーん。漬けたら待つだけか?」

「ああ、いえ。4、5日したら、1回あげて干して、その後また熟成させるんですがね」


 先生が寄ってきた。耳元に先生の顔が近付く。

「時間の件は、何とかしてやれるかも知れんぞ」

 そう囁いた。


「後で、私の部屋に来い」

「はい」


 結局、レダまで動員して5人掛かりで、甕いっぱい30kgを漬け込んだ。

 メイド達を労った後、先生の部屋に行く。


 ノックしたが、反応がないので勝手に入る。

 ふむ。なかなか広いな。この部屋にはベッドが無く、向こう側に扉があるので、奥が寝室の二間続きの私室というわけだ。


 ずかずかと歩いて奥の扉をノックすると、声で反応があった。開けて中に入る。


「げっ。済みません!!」


 慌てて後を向く。先生が一糸纏わぬ姿で、ベッドに腰掛けていたからだ。

 要するに全裸だ!


「なんだ、アレク。今更だろう私の裸など」

「まあ、そうなんですけど」

 怒らないなら良いか、見ても。

 俺から見れば怠惰な生活を送っていても、贅肉一つ付いてない。女の敵だろ、その身体。いろんな意味で。


「それで、時間が何とかなるって言いましたけど?」

「何だ、只で私にやれと言うつもりか? なぜ、この姿でおまえを待っていたか、理由はかわかるだろう、アレク……」


 この人もつい数ヶ月前まで処女だったのに、すっかり好き者になってしまって。それに流される俺も、どうかとは思う。男なら誰でも抗しがたい誘惑と思うが。


 小一時間後。


「それで、先生……」

「むう。若い男はせっかちでいかん」

 たっぷり奉仕したでしょうが。


「いや、もうすぐ昼ですし。ほら、いい天気ですよ」

「そうだな。アレクがもう1回と言うから、いけないんだ」

 言ってないし。むしろ……この話はもういいや。


「さっきの甕を、そこに出せ」

 はぁと応えて、言う通りにする。


「第一段階は、どのくらい漬けるんだ?」

「4、5日ですかね」


「ふーん。この前、おまえが持って来た腕時計とやらは、動くのだったな」

「動きますが、それが」

「では、出して計るのだ。お前等の世界も1分は60秒、1時間は60分、1日は24時間と言っていたが」

「ええ。わかりやすくて、助かってますが」


 何を計るんだ?


「それと、これと比べるんだ」

 渡されたのは。

「砂時計?」

「お前等の世界にもあるのか」

 封止されたガラス管の真ん中が括れた形態、白い砂が入った結構大きめの奴だ。


「ありますけど。で、これは何分計ですか?」

「5分だ。私がはいと言ったら、それをひっくり返して、おまえのでも計り始めろ」

「あっ。ちょっと待って下さい」


 腕から外して、ボタンを何度か押し、文字盤の下の方の液晶をストップウォッチモードに変える。

「どうぞ!」


「行くぞ! 3、2、1、はい!」

 左手でボタンを押しながら、右手で砂時計をひっくり返す。時計から視線を外すと……。


「あれ? 甕がない」

「こちらの収納に入れた」

 なるほど。

「5分経ったら、はいと言え!」

「了解です」


 ピッと電子音がして。先生がビクっと反応した。

 面白い。


「なんだ、今の音は!」

「ああ、1分経ったので、こいつが鳴りました」

「小癪な!」


 思いっきり俺の腕時計を睨んだ

 いやいや、大げさだな。俺が笑っていると、先生の機嫌がさらに傾いた。


「5分の時も鳴るのか?」

「はい」

「ふん。では、はいと言わなくても良い」


 4分経過、30秒、40秒、あれ?

 50秒……あれ?

 5分の数秒前に砂が落ちきってしまった。


 ピッ!

 その瞬間、甕が元の場所に再び現れた。


「ちっ! おまえの時計の方が正確だな」

 今、舌打ちしたよね。


 まあいいか。

「私の体内時計とほぼ一緒だったから、認めてやろう」

 はいはい。


「なんだ?!」

「いやあ、先生はかわいいなと思って」

「ふむ。またやり足らないのか」

「いや、そう言うことではなくてですね」

「もういい。それより甕の方はどうだ?」

「はっ? そうでした」


 俺は甕を覗く。

 おっ!

 梅の実に乗せた重石の上の方まで、液が上がってきている。梅酢だ。


「ちょっと、これ!」

 もしかして、タイムマシン!


 梅酢が染み出して上がってくるまでには、短くとも数日は必要だ。それが、たった5分で?

 時間を早く経過させたのか!?

 時間が経たない魔収納の逆で!


「残念ながら、おまえの思っていることは間違いだ!」

「はっ?」

 何で分かる?


「決して、時間の歩みが速くなる訳ではない。時間が経つ効果の内、分子運動や化学反応が促進されるだけだ」

 確かに間違っていた。


「じゃあ、時間が遅くなる魔収納も?」

「いや、原理が違う。抑制の方は実際に遅くなる」


 うーん。分かり辛い。なんか、先生が笑ってるし。


「つまり、促進魔収納にだ、その砂時計を入れ、4分経ってから取り出せば、砂がかなり落ちている。しかし、抑制魔収納では、ほとんど落ちていない」


「なるほど」

「やってみるか?」

「いや、結構です」

 先生の回復した機嫌が、また悪くなった。


「それで、この後はどうするんだ?」

「ええ、水洗いして、天日で2、3日干します。それから、4ヶ月ぐらい熟成させて出来上がりです」


 先生は考え込んだ。

「むう。最後の熟成はともかく、天日で干す方は、そのままやった方が良いだろうな。残念だが」

「いえ。助かりました。熟成の時もお願いします」

「それは、おまえの頑張り次第だ」


 はあ。にやけないでくれますかね、先生……。下品なので。


     ◇


 甕を収納し、水洗いの上、天日に干した。後はコック長に頼んだから、次の工程は4日後だ。晴れが続けばだが。


 再度、先生の部屋に引き返す。

「なんだ? まだ用があるのか?」

「ええ、お願いがあるのですが」


「うーむ。今日はもういい」

「そう、おっしゃると思って、貢ぎ物を持ってきました」

 中身が注がれたコップを差し出す。

 先生は、受け取るとゴクッと一口飲んだ。思いっ切り、俺信用されてるし。


「甘酸っぱいな。なんだこれは」

「毒ですって言ったら、どうします?」

「そうでないことは、分かってから飲んでいるが」

 真顔で返された。鑑定魔法を使ったのか。あんまり信用されてないし。


「さっきの甕で浮いてきた液、梅酢を主体として、蜂蜜を混ぜて冷やした物です」

 要するに梅酢ドリンクだ。

 もう一口飲んだ。


「なかなかさわやかで、悪くないぞ。貢ぎ物としては、ちと不満があるが……願いとは何だ?」

「ああ、俺用のポーションなんですが。まあ美味いですけど、流石に飽きてきたので、梅酢を混ぜて変化を出して頂けないかと」


「ふーん。では梅酢とやらを、そこに置いていけ」

「よろしくお願いします」

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