78話 散歩と……
目の粗いローブに、レース編みのスカーフを鼻から下に巻き付けて人相を隠す。
先にユリを外に出し、俺は館の警護隊長カークスを脅して、その辺を回ってくるだけだといって手引きさせ、供を付けずに館の外に出ることができた。少し離れてユリと落ち合う。
「行きましょうか」
ユリが俺の後ろを歩こうとしていたので、右腕を開ける。そこに彼女の腕が、オズオズと差し込まれたきた。振り返ると、融けるような微笑みがあった。
ユリと腕を組みながら集落を歩く。
村で一番賑わっているであろう、通りに差し掛かった。
通りの両脇に、店が並んでは居るが……人気があるのは半分、いや3割程度か。前世なら、いわゆるシャッター街だ。無論、鉄じゃなく木戸だが。
「アレク様、あそこに市が立っています。行ってみますか?」
「そうだな。ここでは名前ではなく。"あなた”と呼べ」
「はい!」
嬉しそうに、微かにあなたと口にした。
通りの途中から、ざっと20ぐらいの露店が出ている。
客はそれなりに居るが、それほど賑わっているという感じはしない。生活に密着した市という感じだ
露店も丸い木の棒で布の屋根を張っただけの粗末な物だ。道の面に筵を敷いて、商品を並べている。
湖で獲れた淡水魚と、セルークから運ばれたであろう海魚を商う店が多い。あとは農作物を併せれば、ほとんどだろう。
売り子と呼ぶにはやや抵抗があるおばちゃんに、ユリが話しかけている。果物を売っている店だ。見ているのは林檎か。
「あなた、いくつか買いましょうか」
はにかんでいるとこが可愛い。
「そうだな」
「旦那さん達。旅の人かい」
おっと、俺のことか。
「ああ」
「どこから来なさった?」
「セルビエンテから来たんだ」
「へえ、セルビエンテかい。ふうん。あそこは暑いらしいからの」
「ええ。そうなんです」
「大層器量良しの嫁さんじゃ。大事にしてあげんとな」
大事にか……。
「おばさん。私、大事にしてもらってるわよ」
「まあ、そうじゃろうがなあ、ふふふ」
「時に、この市は毎日出てるのかい?」
そう訊くと、おばちゃんは真顔でこちらを見た。よく見ると、粗野な中に少し品があるような気もする。
「いいや。この市はな、四九市と言って4と9が付く日に出すんじゃ。4日じゃろう」
「へえ。そうなんだ……あっちにも店があったけど、昔は結構賑わっていたのかな?」
「ああ、あっちか。今は半分もやっとらん。あんたも知っておられるじゃろ、祖師様……他の土地じゃあ、聖サーペント様と呼ばれておるが」
「ええ。まあ」
当然だが、俺の曾爺さんとは言わない。
「ここはその隠居所でな。生きてらっしゃる時はなかなかの羽振りじゃったが、亡くなられてから……かれこれ30年になるかの。それから寂れる一方でなあ。最近では山賊も出るようになってな」
「へえ?」
「ああ。そう言えば、館に誰か偉い人が来てるらしいが。ご本家の方なら村を、もうちぃとばかし、何とかしてくれるとなあ」
少しユリがこっちを向いた。
「そうですか……」
言われたからじゃないし、正直俺の故郷とも思えないが、何とかしてやりたいものだ。
「リンゴの他に、梅が、たくさんあるけど、おばさんのウチで作ってらっしゃるの?」
「ああ儂と連れ合いでな。昔はよく売れて、ウチだけでなく沢山作っておったが、ここ10年はなぁ。このリンゴやらなんやらが、入ってくるようになって、2割位まで減ってもうたわ」
ん?
梅? なんか最近話題にならなかったか?
──この前、お爺さんの館で。
ああ、そうだ。爺さんが昔は梅をよく食べたと言っていたんだった。ここでの話だったのだろう。
そう言えば、ウチの事業の講義で、果実の荷扱いが増えていると、家宰のダイモスが講義で言っていたな。なるほど、この小さい露店はその煽りを喰らっているわけだ。
うーむ、ユリが折角話題を変えたのに、また暗い話になった。
「どうだね、少し食べてみて」
梅を試食させてくれるらしい。
皮を剥いて囓ると、甘酸っぱいというよりかなり酸っぱい。
──他の土地のより随分酸っぱいよ
そうなのか?
前世で言えば、訳語の通り、李というよりは、ほぼ梅だ。
「よし。おばちゃん。この梅を全部買うことにするよ」
◇
「涼しい」
位置から離れ、湖岸へとやってきた。
湖水を渡る風は、少しひんやりとして快い。ユリは、赤味掛かった金髪を靡かせる──女神が存在するなら、こんな姿に違いない。
俺も首巻いたスカーフを外す。
「ん?」
なんだか、もじもじしている。
「あのう、アレク様。そんなに見つめないで下さい」
無意識にずっと見ていた。
「俺は美しい物を見るのが好きなんだ。いいだろう」
「あぅ……アレク様の方が美しいです」
はあ?
「いや、男の外見はどうでもいいだろ」
「ふふふ。それ、よく仰いますね。もちろん、アレク様の美点は沢山ありますが、お美しさも、その一部です」
「ふうぅぅ。わからん」
「うふふふ」
ユリも綺麗だが、この湖を含め辺りの景色も美しい。
ふーむ。曾爺さんはともかく。爺さんは、この地が余り好きじゃないんだろう。あの人がやる気を出せば、観光地として、もう少し発展しても良いはずなんだがなあ。
俺が何かやるとして。セルビエンテに近いここは、それなりに知られているはずだ。にもかかわらず、この乏しい集客力。やはり目玉がないんだろうな。
湖も良いのだが、絶景とまでは言えない。
ならば……何か特産物でもあれば良いのだが。
「さて、そろそろ帰ろうか。ユリ」
「そうですね。ゾフィも可哀想ですし」
「そんなに慌てて帰らなくても、いいじゃねえか!」
「ああぁ、男の方だけ帰るてんなら、止めはしないがな、いひひひ……」
湖に出す漁船の影から、如何にもな人相の男達が現れた。手に手に得物を持っている。
それを俺達に突きつけようとする。
ふむ。補修の痕が目立つ革鎧に、ちぐはぐな胴。
「死にたくなければ、女置いて、とっとと失せろや、痩せ餓鬼!」
ユリがこっちを見る。ああぁ言っちゃいましたか、それ! って顔だ。
大丈夫、大丈夫! 俺はそんなに沸点低くないぞ。
「可愛い姉ちゃんもいいが、男の方が好きなヤツも居るがな……」
殺そうかな。少しだけ心が動く。
感知魔法によれば、目の前の4人だけか。見張りの存在は感知されない。
手にした刃渡り60cmの蛮刀に、粗い研ぎ痕が見える。
こいつら──
いと高き主よ 慈しみ深き主よ ─ 恩寵 ─
身体に黄金のベールが掛かった。爽やかな風が吹いているようだ。
耐物理、耐魔法攻撃の万能付与魔法。
やるなぁ、ユリ! まじで巫女さんになってるぞ。
では、小生も。
「おっ、おい。光ったぞ」
「なんだ、魔法師か」
魔法師でーす。
「関係ねえ、うぉらぁーーー」
斬りかかってきた。太刀筋が鈍い。
─ 雷襲 ─
低級雷撃魔法を継続発動しながら、3人に次々ぶち当てた。
鉤爪紫電と違い、間違っても死ぬ程の出力は出ない……はずだ。
瞬く間に、3人が湯気を上げつつ、声もなく倒れた。
あれ? そんなに強かったっけ……死んでないよな?
まあ別に死んでも構わないが、生きてた方が使い途があるからな。
「う、うぅぅ、うわっぁああああ」
残った族の1人は、周章狼狽しながら逃げて行く。
「アレク様ぁああ!」
遠くからゾフィが走ってきた。
俺の元まで来ると、息を弾ませている。
「アレク様」
「おお、ゾフィ、こいつらを縛るのを手伝ってくれ!」
手頃なロープを魔収納から出して放る。
「はっ! あっ、あのう。こいつらは?」
「山賊だな
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