77話 サーペンタニア到着
午後2時頃、セルークの町を出発した。
少し行くと大きな川が行く手を阻んでいたが、今は渇水期なのだろう、沈下橋を通って渡った。ここら辺りから上り勾配となり、徐々に標高が上がっていく。
それから、1時間半ほど走ると峠を越え、下り勾配に入った。窓に眺望が開ける。
浅い盆地の中央に、蒼々と美しい水を湛えている湖がある。
海も良いが、湖も佳い。
ここ10年サーペント家の者が訪れていないことから、余り期待していなかったのだが。思いの外、風光明媚と言える。
馬車が進み、集落に入って行っても、なだらかな平地で閉塞感は感じられない。小さな盆地と聞かされていたので、日本のとある猟奇的推理小説のイメージをうっすら持っていたが、陰々滅々とした雰囲気は全然ない。嬉しいような、少し残念のような。
しばらくすると、石垣が見え、古びた館が鎮座していた。これから、俺達の宿舎になるところだ。
門が見えてきたが、まるで軍事施設のようだ。
4時過ぎ。まだ日の高い時刻に到着した。
長めの昼食休憩も取ったし、先生が改良したダンパー付きの馬車で揺れが少なかったこともあって、俺はそれほど疲れていない。唯一、ロキシーがぐったりしていたが、疲れたというよりは、狭い馬車に乗っていたのが苦痛だったようだ。
セルークの町よりも5度くらい気温が低いな。
馬車を降りると出迎えが居る。
先行して準備してくれた執事のフレッドに、警備隊長のカークス、セルビエンテ館の副コック長トールに……誰だ? 頭頂部が禿げ上がり、でぶっとした壮年の男。なんか大量に汗を掻いてる。
ホールに入って、ソファに腰掛ける。
「ご無事の到着、ようございました。アレックス様。ああ、こちらは村長のベスター殿です」
フレッドが紹介してくれた。
「こっ、これは子爵様。サーペンタニアにようこそ。ご本家の方にお越し頂き光栄でございます」
腰が低いというか、なんか、揉み手せんばかりの勢いだな。
そう言えば、うちの一族の当主家を、ここでは本家と呼ぶ。何でも、昔はいくつかの分家が有ったからだそうだ。
「村長殿。我らはこれより1月程滞在する予定だ。何分よしなに頼む」
「はっ。村人にも、ご本家の御曹司様がいらっしゃったと良く言って聞かせます。では、またいずれ」
村長が退出しようとする。
「時に村長殿!」
ランゼ先生が呼び止めた。
「はっ」
「例の遺跡の状況はどうかな?」
「はあ。魔獣が跋扈しておりまして……ただ近寄らなければ、害はございません。皆様も是非お近づきになりませんように」
彼は去って行った。
◇
着替えて居室で寛ぐ。先生も隣のソファに座っている。
「些か疲れたな」
先生の方を見ると、眉を顰めた。
「なんだ! 歳だなあと思ったろ」
「思っていませんよ。その証拠として……今晩いかがですか?」
ユリもレダもすこし疲れたって顔だったからな。
「おお、そうか。ここは温泉だからな一緒に入ろう」
食い付き良いな。
でも、温泉か! ユリと入りたかったな。
「楽しみです」
「ふふふ。おまえも口が上手くなったなあ」
まったくだ。
「なぜ、ユリを回復系巫女に?」
融けていた表情がやや締まる。
「本人が望んだからだ」
「先生が誘導したんでしょ。どこまで計画の内なんですか?」
「否定はしないが。怖いぞ。アレク。今日の昼も少し恐かったがな……わかった、わかった。その目は背筋が寒くなるからやめてくれ」
視線を少し外す。
先生は軽く目を閉じ、ふうと息を吐いた。
「巫女にしようと思ったのは、ユリーシャが城に来た日だ!」
はぁ? そんな前?
ユリーシャは、8歳で我が家に雇われ、城に来たのは2年後の10歳だ。つまり6年前か。
「まさか?」
「ああ。心配するな。お前に添わせるようになど、洗脳なんかしていないぞ」
「本当ですか……?」
「お前に誓って本当だ」
先生は、隠し事はするが、嘘は言わない。ただ俺に掛けて誓われてもな。
「あの子は、汚いない態をしていたが、ハーフエルフというのは一目で分かった。魔力もかなり高いし、法力もそこそこあるしな。できれば神官にしたかったくらいだ」
神官と巫女は、基本的に変わりない。精霊教会に認められているかどうかだ。ちなみに後者で男性の場合は巫子、巫覡とか呼ぶらしい。
「それで?」
「ああ、”少しでも、長くアレク様とご一緒に……”と言ったのでな」
いつもより高い声で返してきた。
「ユリには似てませんよ。それで巫女になることを勧めたんですね」
「ああ、お前がパーティを組む時に回復役が居る方が都合が良いしな」
ユリには、家で安全に待っていて欲しいのだが。
◇
ううう……寒!
手で探ってみたが、先生はベッドには居なかった。
ふぁぁああ。何度もせがまれたので、寝不足だ。
先生と、一緒に寝るときは、先生の部屋で休むが。この館にある先生のベッドは狭いらしいので、俺の部屋だ。いつもは、俺より先には起きないのだが……。
そうか。同衾しなかったユリが、起こしに来るからか。
なにげに気を遣ってるよな。
そう思っていたら、扉が静かに開いた
「おはようございます。アレク様。お目覚めでしたか」
「ああ。ついさっき起きた」
「では、お着替え致しましょう」
「これで、ようございます」
「ありがとう」
ユリは屈託のない笑顔だ。昨夜先生と俺が寝たことを知っているはずなのに。
「ランゼ様が……」
えっ? 何?
「先程、馬車にてお出かけになりました」
何だ……。
「どこに行くか聞いたか?」
「ええ。聞くには聞いてみたのですが……内緒! と仰られまして」
「そうか。じゃあ、朝飯前に一緒に散歩してみないか?」
「はい! ぜひ。ではゾフィに……」
「いや。二人で行こう」
「はぁぁ。はい」
ユリは、少しはにかみつつも嬉しそうに頷いた。
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