72話 夏休み
メドベゼ先輩との模擬戦を終え、館に戻った。夕食の後、先生の部屋に呼ばれる。
「順当な結果となったな」
「途中何回かヒヤリとしましたが……まあ負けるとは思いませんでしたけど。ゾフィとの訓練が効きましたね。曾爺さんの原初魔法と防具が、有効に使えたのも収穫でした」
先生は何回か頷いた。
「ふふふ。急造にしては、まあまあだろう。少数の敵ならば近接戦闘の魔法師も存外悪くないかもな」
「そうですね。あと殺す殺さないの加減が付きやすいですしね」
それには先生が、少し嫌な顔をする。
「お前に、余り人間を殺させたせたくないのだがな……」
人間とは、人、エルフ、ドワーフ、ホビットと、俺自身も含まれるそれらの混血だ。基本それらの種族が使う言語を理解する者となっている。獣人は含まれない。獣人はほとんど言語を使用しないからだ。ロキシーは例外だ。先生に言わせると前例がないこともないらしいが、絶対何かしてるよな。人体実験系。
「この境遇を貰った先生には悪いですが……俺は殺すかも知れません」
「ああ、アレクではなく、アレックスに魔法を教え始めた頃から覚悟はしてる。私は精霊教会の神官じゃないからな、一切殺すなとは言わん。しかし、力を手にしても、徒には殺すなよ」
「心します」
先生は、ふーーーと鼻から大きく息を吐いた。
「それで良い」
先生は表情を戻してくれた。
「ところでおまえ専用のハイポーションはどうだ? うっすら筋肉も付いたようだが」
「ええ、まあ。ほんの少しですが。筋力はけっこう付いてる感じです」
おそらく、体重は50kg台には成ったろう。ガリガリの虚弱体質からは脱したものの、まだまだ細い。標準体重には20kgほど足りてない。
「理想的だな。私は添い寝しながら、肋骨の凸凹をなぞるのが好きなのだ」
マニアックな趣味だな。そもそも俺の理想とは違うが。
確かに筋力は上がっていて、一般人の3倍弱と言ったところか。ステータスの体力は800を超えているが、あれは筋力と持久力の積に比例するからな。
「それで、何のご用ですか?」
「何だ? その言いぐさは。おまえとは水も漏らさぬ男女の仲なのに。つれないのう、今日は、ここに泊まりますぐらい言ってみたらどうだ」
キッと睨む。
「むう。最近アレクは怒り易くなったなあ」
あなたに慣れただけです。さらに眼力を込める。
「……分かった分かった、用を言う。夏休みはどうするつもりだ?」
「この間、父に約束したので、まずはセルビエンテに帰って、暫くしてどこかの別荘に行こうかと思いますが」
セルビエンテは西にある大洋の暖流の影響で、夏の平均気温は26℃、日中は最高30℃を超える。まあ湿気が少ないのが救いだが。
なので、ハイエストを初めとして、セルビエンテ周辺の山に別荘がいくつかある。
「ならば、サーペンタニアにしなさい」
「サーペンタニア?」
そんな別荘は聞いたことがない。名前がなんだか怪しい。
「なんだ。知らぬのか? サーペント家発祥の地だ。館もある。ここの半分くらいだがな」
──僕は聞いたことがある。セルビエンテから南東へ馬車で1日行程の湖の畔。ここ10年は、家族の誰も行ってないけど。
それはまた。発祥の地なのに、扱いが悪くないか?
「アレックスは知っているようですが、行ったことないと。何か裏があるんですか?」
「まあな。それは現地でのお楽しみ……と言いたいところだが。近くにちょっとした遺跡があるんだ。その周辺には、けっこう厄介な魔獣が出没する。アレクはもっと戦闘経験を積むべきと思っている」
なるほど、悪くはない。まあ、素直に信じると痛い目も見るが、結果的に俺のためになっていないことはない。
「分かりました。決定は父の承諾を……」
「許可なら、この前、ここへ来られたときに取っておいた。先に使用人を何人か送り込んで準備をしてくれるそうだ」
俺の意思関係ないし。とっくに外堀埋まってるじゃん。先生って勝手なんだが、俺の意向から外さないんだよな。
「随分手回しが良いですね」
「そうだろう」
先生は少し表情を崩す。
しまった!
日本人にしか伝わらない嫌みだったか。なぜか褒めたことになってるし。もういいや。
「では、そうするとしますか。で、例の件は?」
「任せておけ!」
◇◆◇◆◇◆◇
夏休み前の週は短縮授業となり、学園は昼までとなる。月火と魔法科1年が園外演習に行き、学園内も閑散としたものだった。
そういうこともあって、あっと言う間に週末になった。
来週の水曜から2ヶ月の休みに入る。学園では、親衛隊の皆にえらく名残惜しいと言われたが、まあ仕方ない。みんな帰省するしな。
木曜日に昼食会をやったときのことだ。
カレンが俺の横にやって来て。
『あのう。セルビエンテのお城に伺ってもよろしいでしょうか?』
来たか! そう俺は思った。
『ああ、ただ来るなら4月の後半にしてくれ。それまでは、別荘に行くことになっているが、そこには転送門もないしな』
『分かりました』
カレンが破顔する中、その横で無表情なエマが少し気になった。
ともあれ、夏休み突入だ。宿題もない。開放感が違う!
まあ、学園に来る前も休みだったが、あの時は回復過程でそんな気分ではなかったしな。
転送門を使えば、あっと言う間の故郷だ。
潮の匂いが懐かしい。
俺とフレイヤが城に入ると、無論父母や、副家宰、家令、執事ら主立った家臣、使用人に出迎えを受ける。が、まあ、つい半月程前にも父母には会っているため、感激はそれほどでもなかったが、結構な歓待を受けた。
◇
ふぃーーー。
夜9時頃。ようやく俺は、城内の別館に戻ってきた。
どかっと、今のソファに腰掛ける
「お疲れ様でした。アレク様。お風呂のご用意ができています。少しお休みになりましたら、お入り下さい」
早速ユリが、お茶を淹れてくれた。
「ああ、いや。ユリ達メイドの方が余程疲れたろう」
「いえ、そのようなことは」
「こっちには、沢山使用人も居る。数日でも休みを取って、どこかに行ってきたらどうだ?」
「お心遣い感謝致しますが。お断りします」
はっ?
俺はユリが嫌と言ったのを初めて聞いた気がした。
「アレク様が居る場所が、私の家です。ご一緒に過ごすことが、私の安らぎなんです」
俺は立ち上がって、抱きしめると首筋に唇を這わす。
その時、扉がノックされた。
「入れ!」
ゾフィだ。
俺は遺憾ながら身体を離す。
彼女は居間に入った途端、何か違和感を感じたようだ。
「ロクサーヌさんが、お休みになりました」
ゾフィは、生真面目にそう呼んだ。まあ、本人に声を掛けるときは違うが。彼女がロキシーを寝かしつけてくれたのだ。
報告を終えると、メイド服の襟元のホックを留め直すユリを一瞬見て、顔を朱くした。
「ご苦労!」
「しっ、失礼します」
そのままゾフィは、部屋を辞していった。
もう1回という感じでも無くなり、ソファに座ってお茶を頂く。
「アレク様」
んん?
「前から思っていたんですが、ゾフィをお気に入りですよね」
「ああ、まあな」
応えながら、一口喫する。
「お手付きに加えて見てはいかがでしょう?」
ゲホ、ゲフォ……。
何てことを言うんだ。噎せただろ。
「僭越なことを申しまして……」
俺の背中を摩る。
「しかしながら、御不興を覚悟で申しますが。そろそろお考え戴ければと」
そろそろって。
「何か、先生から言われてない? というか言わされてない?」
「はい。もちろん、ご指示戴いています。アレク様を独占するなと」
先生め!
「いやいや。そんなこと気にしなくて良いから」
レダのこともあるから、いまさらだが。
「いいえ。私と全く同意見です」
「はっ?」
「大変遺憾ながら、私独りで……いえ、レダと併せて2人でも、偉大なアレク様を万全にお支えすることは叶いません」
「いや、そんなことはない……」
「そうなのです。その次はアンも」
ふーむ。
もしかしたら、レダと2人で寵を争うより、希薄化した方が良いとか思っているのかもな。自身は絶対の自信を持って。
「分かった! 考えておく。風呂に入るぞ!」
ちと声を荒げてしまった。
「はい。あっ、すみません。ランゼ様より、この後第一応接室お越し頂くようにと伝言がございました」
「ああ、例の件だな。忘れていた」
「メイドの他、ロキシーもとのことでしたが。ご存じなのですか?」
「まあな。ふふふ……」
思わず口角が上がってしまった。
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