幕間 カレンの回想
ふう。
紅茶を一口喫する。
旨いが、いつも程じゃない。
早く帰って来ないかなあ……。
そう思っていたら、ノックがあって入ってきた。
「カレン様。ただいま戻りました」
「おかえり、ルーシア。ご苦労様」
待ち人が帰ってきた。
女子従者服だ。肩に掛けた鞄を降ろす。
そう。ルーシアは、私カレン・ハイドラの従者だ。
「遅かったわね。だから馬車を使えって言ったのに」
「まさか。従者が1人で使うわけには……」
「お茶もおいしくないし……」
「ご自分で淹れたのですか?」
「それが? どうせ私にはそっちの素養は有りませんよ。あっ、それは」
ルーシアは、別のカップを持ち上げ飲んだ。
「結構おいしいですよ」
「慰めは無用よ」
「私に淹れて置いて下さったんですね。ありがとうございます。それはそうと……」
なんだか、思わせぶりだ。
「ん? 学園で、何か有ったの?」
ルーシアは、私と一緒に通う王立パレス高等学院へ行って、明日から始まる新学期の準備をしてくれたのだ。
「ゼノビア様から、情報を頂きました」
「伯母様から? 何かしら?」
伯母は、学園の教官だ。
明日から2年生になる。とは言え、一般教養クラスも専門科の魔法科も持ち上がりで特段変化はない。となれば……。
「新1年生に有望な子がいるのかしら?」
「ああ。いらっしゃるかも知れませんが、流石にゼノビア様もご存じないのでは?」
「そうよね」
もし知っているなら、凄い前評判ということだ。
「実は、A組に凄い魔法師が……」
A組と言えばエマ・レイミアスだが。
「復学されるということで」
「復学?」
「一年間全部休学されていたそうです」
そう言えば、そんな人が居るとことを聞いた気が、うっすらと。
「それが、なんと聖サーペント様の曾孫だそうで」
はっ?
「曾孫って、ふふふ……でも、あの一族って、確か政治家や戦士としてはともかく、大した魔法師は輩出していないわよ」
「ご存じでしたか。でも、ヴァドー師のお口添えがあって復学することなったそうで」
へえ。あのヴァドー師がね。そう言えば、師は伯爵家の軍事顧問か何かをやっていなかったかしら。そのコネで! というような、いかがわしい勘繰りしてしまいそうだけど、師に限ってそれは無い。魔法師の素養や実力がなければ、一顧だにしない。良い意味でも悪い意味でも厳しい人だ。
したがって──
「期待できるわね! なんとか模擬戦に持ち込めないかしら」
◇◆◇◆◇◆◇
やっと来たわね。
新学期初日。学園の正面玄関の車寄せにいる。
目標の馬車だ。家門の双頭竜が見えた、サーペント家で間違いない。
復学の手続きがあるから、早めに登園すると言う情報を得て、私の馬車が、玄関正面を塞いでいる。何家か巻き添えを喰って遠いところに停めさせたから、また評判が悪くなるけど、その甲斐はあった。
あっ。停まったわ。
まさか伯爵家に限って、その誇りに掛けて、あそこで降りるってことはあり得ない。絶対この玄関正面に横付けしたいはず。
私は、馬車を降りて、扉に手を掛けた。
さあ! どう出るか!
あっ! あれ? ちょっと!
その時だった。私の馬車が突然前に進み出したのだ。
痛ったァア!
訳が分からないまま、私はバランスを崩し、玄関前の石畳で転んでしまった。そこへ。サーペント家の馬車が入ってきて横付けした。
妨害失敗だ!
人が降りてきて、私の前を通り過ぎた。悔しいけど、その方が良いわ。
「大丈夫か?」
えっ?
綺麗──私はぶるっと震えた、この世の物と思えない程の容貌に。
男子学生……のはずだ。制服が男子だ。
いや私は女なのに男装しているが。
この人も? いや男子だ。
艶やかな金髪で華奢。美少女に見えるが、声は男子だし、身長も結構ある。
天使?
はっ! 見とれている場合じゃないわ!
「大事ない!去れ!」
その男子──アレックス・サーペントは差し出した手を下ろすと、ふっと笑って踵を返した。
背中を見送っていると、やっとルーシアが駆け寄ってきた。
「申し訳ありません。カレン様。馬が急に」
「あっ! ああ」
「どうされました? 頭を打たれたとか?」
「なっ、何が?」
「いや少し、呆けて見えたので」
「何でもないわ。でも、次の策を考えないとね」
◇◆◇◆◇◆◇
ゼノビア伯母の協力もあり、首尾良く模擬戦に持ち込んだものの、アレックス・サーペントに、私は完膚無きまでに敗れた。
彼は、間違いなく私より強い!
ならばやることがある。
「こちらですね。サーペント伯爵家王都上屋敷」
へえ。流石は辺境伯としても、かなり裕福な領地を抱えるだけあって、大きなお屋敷だ。御者が降りて行った。門番と談判するのだろう。
再び、馬車が走り出し、門を通り過ぎた。
玄関に横付けされた。扉が開く。
「健闘を祈っております」
「行ってくるわ」
伯父の侯爵と言うのが効いたのだろう。私は応接室へ通された。
ノックがあり、メイドが入ってきた。
「ハイドラ準男爵様。ようこそ、いらっしゃいました」
優雅な跪礼をすると顔を上げた。
なっ!
とんでもない佳人だ。
ハーフエルフなのだろう。衣装が衣装なら貴婦人と呼ばれても不思議ではない気品がある。
そして、思いっきり不安が走る。アレックス君は、こんな美人に傅かれているのか。
「主人は、あいにくまだ就寝しておりますので、起こして参ります。が、寝所はここから少し離れた別館でございます。少々お待ち下さい」
「あっ……ああ。いや。朝早く押し掛け、申し訳ないとお伝え願いたい」
「承りました。失礼致します」
◇
扉が開き、待ち人が入ってきた。
私は言い聞かせる。優雅に優雅にだ!そして顔を見る前に挨拶だ
「やあ、ハイドラさん」
私は立ち上がる。
「おはようございます……」
跪礼する。
「……朝早くから押し掛けまして……」
顔を上げると、さっきの彼女より美しい男性が立っていた。
そこで、言葉が止まってしまった。
制服姿も凛々しいが、貴族らしい姿も素晴らしい。ふっと意識が遠のきそうになる。
ああ。私をじっと見ているわ。
そっ、それはそうか!
昨日まで私は男装していた。女子の服装の私を見たのは初めてに違いない。少し心が強くなった。
「よく、この屋敷が分かった、わかりましたね」
「ゼノビア教官に訊きました」
あっ。今の話は不自然だわ。
「ああ、教官は私の伯母です」
「伯母?」
「はい」
何か納得したような表情だ。
「まあ、どうぞ」
勧められて、少し驚く。冷めてしまった、お茶が湯気を立てている。
ふと目の端に、扉を閉めるメイドが見えた。さっき誰か来たような気もするけど、メイドだったんだわ。彼を見ていて上の空だった。
とにかく落ち着かねば。お茶を……含んだけど味が全く分からない。
あぁ、私舞い上がってる!
用件、そう今日来た理由を言わねば。
「それで……今日参った用件ですが、昨日、私が模擬戦で負けました」
いや、そんなこと言うつもりはなかったのに。眉頭にちょっと力が入る。
「もちろん悔しかったのですが、それより……サーペント殿に謝らなければ、ならないと思いまして」
「はあ? いぃ、いや…」
「新学期初日には、玄関の車寄せで嫌がらせをし、A組の教室に参り、大変失礼なことを申しました。それも、強い魔法師の方に挑むことを目的に、模擬戦か、それ相当の試合に持ち込もうと、わざと反感を買おうとしてやったことです。申し訳ありませんでした」
あっ、あれ? 何を言っているの私?
「ああ、いや。別に、別に気にはしていない。だからもう、ハイドラも気にするな」
ふう。
私の中でそれが引っ掛かっていたんだわ。それが無意識に出てきたと。
失敗だけど悪くない結果だわ。
「……そう言って頂いて、少し気が晴れました」
「そうか。それは良かった」
本題! 本題に行かないと!
「はい。それで本題なのですが…私から決闘を申し込んだことがあるのは、男性魔法師だけです」
ああん、違う!
「私、一人っ子なのですが。いい歳になりまして、日頃父から何度も言われておりましたが、信念がございまして…」
「えーーと。ごめん。さっきから話が良く判らないのだが」
そうよね。自分でも良く判らないし。もう頭が真っ白になる!
「要するに、父から何度も縁談を持ち込まれましたが。全てお断りしてきました」
「はあ、だから?」
ああ、なんかじれてる!
「私の夫になる人は、魔法師で……しかも、私より強い人でなければということで、めぼしい方に決闘を申し込みました。つまり、サーペント様。私と結婚して下さい」
「はあぁぁあ??」
あぁぁぁぁああ。私のバカ! バカ! バカ!
最悪!
彼が立ち上がっている。
だめだわ。このままだと部屋を出て行ってしまう! なんとかしなきゃ!
「失礼は承知で申しますが、私の夫になって欲しいのです」
「いやいやいや。君とは知り合って間もないし、昨日まで男と思っていたからな」
ああぁぁあ。だけど負けちゃ駄目!
「でも、貴族の間では、一度も会うことなく、婚約するなど普通のことです」
「うっ。そうかも知れないが、いきなり過ぎて」
「男の形はしておりましたが、女ですから。家事は…料理は、少しあれですが」
「いや、そういうことではなくて…」
ああ、さっきのメイド!
「私の容貌が、ご不満でしょうか?」
「いや、相当綺麗と思うぞ」
「まあ」
うっ、嘘!
「いや、だからそういうことではなくて、魔法が強いとか弱いとかで、結婚相手を決めてはダメだと思う。第一、ハイドラは俺のこと好きなのか?!」
好き?
そう……そうか! 私、ずうっと、動転していた。
好きなんだ。私、この人が好きなんだ!
やっと気が付いた。
かぁと昇っていた頭の血が下がった気がする。
「あのう……」
「なんだ?」
「私のことは、カレンとお呼び下さい」
「あっ、ああ。カレン」
「はい。それから、私もアレク様とお呼びしても良いですか…」
「別に構わないが。あと、様は要らないぞ……じゃなくって。カレンは俺のことを好きなのか?」
「実は学園の玄関で初めてお顔を拝し、倒れていた私に優しい言葉を掛けて頂いたときに、アレク様に一目惚れしてしまいました!!」
「はあ?」
さっきまでの、しどろもどろが嘘のように、言葉が出てくる
「先程、私の容貌は問題ないと言って頂きましたので、意を強くしました。上半身だけではありますが、私の裸をご覧になりましたよね!」
「いっ、いや。あれは、不幸な事故で!」
「如何でしたか?」
ふふふ。アレク様、かわいい!
その時殺気が! 思う間もなく扉が開いた。
「緊急時故、ご無礼の段、平に!!」
「フレイヤ!」
うわっ。綺麗。
顔がアレク様そっくりだ。噂の妹さんだわ。
「やはり!なんとなく不吉な感じがしましたが、やはり女性だったんですね、ハイドラ准男爵!何しに来られたんですか?」
今日はここまでね。私は立ち上がった。
「これは、妹君。おはようございます。つい先程、アレク様に結婚を申し込みました!」
「はぁぁああああああ!!!!」
「別途、父からサーペント辺境泊様へ、正式に婚姻を申し込ませて頂きます。それでは、失礼致します」
優雅にできたろうか? 跪礼をして、部屋を出た。
誰かが案内してくれたが、上の空。雲を踏むように、馬車に乗り込んだ。
「カレン様、上首尾のようですね!」
「ふふふ。これから、これからよ」
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




