71話 模擬戦再び (後) 決着 2章本編最終話
鉤爪紫電──
予め詠唱しておいた曾爺さんが遺した原初魔法の1つ──雷撃魔法を発動!
五指の先から電弧が鉤爪のごとく伸び、露わになった首元に吸い込まれた。
何事もなかったように、すれ違ったメドベゼ。
しかし、数歩目で地に突っ伏すように倒れ、そのままコート外に滑り出た。
感知魔法に拠れば、先輩は失神してる。
ああっと、苛立ちを顕わにしつつ駆け寄ったゼノビア教官は、カウントを始めることなく、腕を掲げてバツ印を作った。入場口に向かって、荒々しく手招きをした。担架を呼んだのだ。
「サーペント、手を貸せ!!」
即座に教官と俺は、倒れたメドベゼをひっくり返して仰向けにした。教官は首の下に脚を差し込み、喉元を伸ばす。
遮音力場が消えた。観覧席の歓声や響めきが聞こえて来る。
ちっ!
今度は鋭く舌打ちして、顔を顰めると、メドベゼを顎を掴んで大きく広げると、指を突っ込み舌を引き出した。
気道確保か……随分手慣れたもんだ。
教官に真剣さが足らないようにも見えるが、逆に言えばそれ程酷い状況ではないと言う証左だろう。段々この人のことが、分かってきた。
教官は回復魔法をメドベゼに施し始めた。もう大丈夫だな。
さて。それにしても曾爺さんの遺した、原初魔法は安定させる制御が難しい。が、その分、自由度が高く使い勝手が良いとも言える。
鉤爪紫電をフルパワーで発動すれば、彼も消し炭になっていただろうが、今回は電圧を30%に抑えたことで、効果は10%位となり意識を刈り取るくらいで留まった。予定通りだ!
もし、一般に出回っている魔法に、効果が同じ程度のものが有ったとしても、調整できる幅は小さい。効果を変えるには、元々違う魔法式──要するに、強弱が違う魔法を何種類か使い分ける必要がある。その方が、間違いは起きず安全だ。しかし、実に面倒臭い。
──そう思うのは、アレクぐらいだよ。僕が微調整していることを忘れないでね。
そうだった。2心同体のお陰だ。
そんなことを考えていると、観覧席から生徒が1人が飛び降り、入場口から別の生徒が飛び出してきた。いずれも先輩の従者のようだ。
「教官! たっ、大将は?」
「狼狽えるな! ミゲール! 失神して舌が喉に落ち込んだから、窒息しないように引っ張り出しただけだ、今やってる通常の回復で問題ない」
「あっ、ありがとうございます」
ミゲールと呼ばれた3年生は、俺をキッと睨みつける。
「貴様……」
まだなんか言いたそうだったが、背後から手刀が頭頂に結構な勢いで振り下ろされたことで強制中断となった。。
「痛ってぇえ。なんだよ、マルティン!」
ミゲールは振り返り、もう1人の従者服の3年生へ喰って掛かる。
「アレックス卿を恨むのは筋違いだ! 若様の方から無理矢理模擬戦を申し込んだからな。しかも、正々堂々闘われた」
「分かっちゃあいるけどよぅ」
「ミッ、ミゲー……マルティ……」
「たっ、大将が」
呼ばれた3年生が頭に耳を寄せると、こちらを見て肯いた。
立ち上がってこちらに来た。
「大将が、久しぶりに楽しかったと伝えてくれとおっしゃった。さっきは逆上して……そのう、悪かった!」
それだけ言うと、大将ことメドベゼの所に戻っていった。
「済みません。直情径行なやつで」
「いいえ。どうぞ、あなたも」
戻ってくれと手で示す。
「はい。正式な挨拶は、またいずれ」
マルティンと呼ばれた男は丁重に軍礼をすると、担架に4人掛かりで載せ、大きな拍手を背に、そのまま入場口へと去って行った。
教官は、俺の腕を掴むと頭上に持ち上げた。勝ち名乗りだ!
大きな、そして多くの歓声が聞こえてきた。
「サーペント、応えてやれ」
教官に指された観覧席を振り返ると、フレイヤやアレクズのメンバーが手を振っている。
教官が応急措置を始めたので、勝利の実感がなかったが……観覧席の人達が喜んでいるのをみて、嬉しさが湧いてきた。
俺は、右手を挙げて振ると、一際黄色い女生徒達の声援が響き渡った。
◇
「勝負あり! 教官がノックアウトを宣しました! サーペント選手の勝利です」
観覧席から、響めきとそれに倍する歓声が上がる。
「凄い歓声があがっています……だが心配ですね。すぐさま担架を呼びました」
「メドベゼ選手は……気絶している模様です。随分勢いよく転倒しましたが、大丈夫でしょうか。皆さん! 皆さん! 少し静かにしましょう」
「回復魔法を掛けていますが……あっ、メドベゼ選手が動きました!」
「なんとかなるようですね。よかったですね」
「メドベセ選手が担架に乗せられ、退場していきます。敗れはしましたが、健闘を讃え暖かい拍手が盛大に贈られています」
「いいですね。メドベゼ選手も闘った甲斐があるでしょう」
「そして改めて……耳が痛くなるような高い歓声が波のように響き渡ります」
「いやあ、もう凄い人気ですね。サーペント選手」
「そりゃあ、そうでしょう」
「さて今日の模擬戦を振り返りましょう。ずばり! 最後の勝負を決めた攻撃は、なんでしょうか?」
「そうですね。サーペント選手が、突進したメドベゼ選手の首に攻撃しました。その時、目映い光が見えましたね」
「確かに見えました!」
ああとグラハムは、ソバカスが多い顔で頷く。
「雷撃魔法だと思われます」
「らっ、雷撃魔法って、上級魔法師が使うものですよね?」
「そう言われています」
「ガルドルさんの言う通りなら凄いことです!」
「そう思いますよ」
「さあ、サーペント選手も退場し、観戦した生徒も退場し始めました。総括して下さい!」
「格闘戦でも無類の強さ。サーペント選手恐るべし!」
「恐るべし! まさに、その通りでしょう! では今日はこの辺で! ありがとうございました!」
◇
「お疲れ様です」
レダが入場口に待ち構えていて、冷たく絞った手拭いを渡してくれた。それで顔を拭く。
ここに来る前に、生活魔法の御祓を使ったので、既に土埃は落ち、汗もひいているが、気持ちの問題だ。
ありがとうと布を返すと、タンブラーを渡してくれた。中には、ハイポーションが注がれていた。一気に飲み干す。
「美味い!」
「それはようございました」
レダは目を細めた。
なんだかその仕草はユリに似ている。いじらしいので、思わず頭を撫でた。
本館へ戻ろうと廊下に出た。
「アレックス卿!」
常時発動の関知魔法で、誰か居るとは分かっていた。ここは、出場者が通るところで、観覧席へ行くには別の経路になるので訝しんでいたが。
エリーカ様の後に数名の人影を認めた俺は、通路の端に跪いて礼をした。レダも続く。
誰だ? マスクを着けている。
会長が案内する顔を隠す人物──疑いなく止ん事無き身分だろう。
感知魔法では阻害されているが、上級の感知魔法の行使は止めておいた方が無難だ。
「アレックス卿。こちらの方は、お忍びでお越しになっているので、大げさにしないように」
はっと応えて立ち上がると、大きい帽子にマスクを着けた人物がこちらに進み出たた。
ほっそりとして、俺よりは背が10cm程低い。
すっぽりと足下まである外套を着込んでいて、性別すら分からない。
「先程の闘い、見事であった。いずれまた相見えることもあるだろう。狐殿の孫よ!」
女の声? しかも、結構若いように聞こえた。
胸に手を当て軍礼すると、一行が前を通り過ぎって行く。狐とは先代サーペント家当主、つまりは俺の爺さんのことだろう。
「どなたでしょうか? アレク様」
「ああ、王族と言ったところか」
「王族!?」
いつもクールなレダも驚いたのか、少し声を荒げた。
「まあ、いつか会える日を、楽しみにしていよう」
なぜだか、そう遠くない日に思えるな。
本館に戻り、私室に続く廊下を歩いて行くと。10人くらいの生徒、女子ばかりが待っていた。
「お帰りなさい。アレク様! おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
カレンに、エマらアレクズメンバーと、親衛隊が何人かだ。
場所柄、声は小さいが、みんな喜びに溢れている。それはともかく、珍しくフレイヤとイーリアは居ない。
「あっ! ついさっき妹さんが来られて、皆さんとお話もあるでしょうから先に屋敷に戻って、お待ちするとのことでした。それから、すぐ馬車を戻すそうです」
「そうか、分かったルーシア。まあここでは、話もできない。みんな中に入れ!」
「良いんですか?!」
「ああ」
まあ、12人位なら……全員が座ることはできないが、部屋に入れないことない。
実際入ってみると、結構混み混みだ!
俺は机に直に座り、皆の方は、ソファセットに主人が座り、従者がその背後に立って囲んだ。
こんなに大勢入ったのは、俺の知る限り初めてだな。
若い女子生徒特有の少し酸味のある甘い匂いで、部屋が満たされる。レダは無臭だが……。
そのレダは、ルーシアとビアンカと共に、みんなにタンブラーを配り、ハイポーションを注いでいる。
なんか、カレンとエマが小声で話していたが、終わったようだ。
「エマさんに快く譲って戴いたので。私、カレン・ハイドラが、この宴の乾杯の音頭を取らせて戴きます」
快く……ね。
「それでは。アレク様! 本日の模擬戦の圧倒的勝利おめでとうございました!」
「ありがとう」
「本当にかっこよかったです。園外演習でアレク様の強さは十分知っていますので、勝利を全く疑いませんでしたが、そのお姿に、二度惚れしました」
ブーーーーと室内が響めくが、みんな笑っている。
「アレク様の益々のご活躍を!!!」
「ご活躍を!!!!」
「カンパーーーーーイ!!!!」
2章 了
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