68話 再会と誤解
「本当ですか? アレク様」
フレイヤの従者イーリアが、目を剥く。
「ああ」
「槍の戦士相手に10mの間合いからって、魔法師は勝てません」
学園帰りの馬車だ。
自治生徒会会長のエリーカ様に呼ばれているから、先に帰れとレダに伝えてもらったのだが。絶対帰らないと残ったらしい。全く、この妹にも困ったものだ。
それで、どんな話だったのか、フレイヤに問い詰められて説明しているところだ。
「何ですって? イーリア」
妹が気色ばんだ。表情が曇っていく。
「ああ、いえ。勝てないは言い過ぎかも知れません……でもお嬢様。そんな距離なら、余程のことがなければ、魔法が発動する前に攻撃されてしまいます」
俺の方を見る。
軽く肯くと、フレイヤは、涙目になった。
「もう! お兄様は、どうかしてらっしゃいます!」
そのまま拗ねたように向こうを向いてしまった。こんな可愛い妹を泣かしてしまう、俺も困ったヤツかも知れない。
◇
「お帰りなさいませ」
館に着くと、ユリが満面の笑みで出迎えた。
「ただいま。ユリ、どうした? 何か良いことがあったのか?」
「わかりますか? お昼に……」
まあ、それだけ嬉しそうだとな。
「昼か。そう言えば、俺が学園に行ってるときに、ユリはなにをやっているんだ。掃除と洗濯とかか?」
「ああ。これでも、お昼間も結構忙しいんですよ。ふふふ……」
それにしても専属メイドなのに、俺が居ない昼間も忙しいのか。もう少し人数増やすべきか?
あっと、そうじゃなくて。
「何があった?」
「まずは、お着替え致しましょう」
背中を押されて歩く。
なんだろう。勿体を付けるなあ。
上級感知魔法を……止めておこう。折角俺をびっくりさせようとしているのに無粋だ。ついでに、常時発動の方も切っておこう。何だろう、楽しみだ。
寝室に入って着替え、執務室に向かう。子爵になったことで、決済の仕事もある。
我が家……親父さんの本家とは別に、新たに子爵家でも経理の仕事が必要になった。歳費を貰うからには、義務も生じる。
ああぁー面倒臭い!
会計ソフトの代官シリーズとか欲しいな。いや、表計算ソフトでも良い、贅沢は言わん。まあ、その前にPCが……そんな電力は無理か。タブレットと太陽電池とか今度持って来ないかな。
俺の数学的才能は、こんな四則演算の洪水に摩滅されるものじゃない!!!
こんなことなら、そろばん塾を3日で辞めるんじゃなかった。
俺は検算が嫌いなんだ。
無意味だろう! 俺は間違えないし……いや嘘です。
まあ、そもそも金が掛かってるし、やらないわけにはいかん。
こう考えよう。我が家の経済状況の把握だ!
そのためには、ストックとフローをグラフ化して……余計面倒臭いじゃないか。
などと、現実逃避は止めよう。誰も聞いてないし。
まあ複式簿記の知識があってよかった。
先生はやるわけないし、レダもできるだろうが先生が許すわけない。
誰か、会計ができる執事を雇おう!
本館に居る執事長のフィリップに頼んでおけば、何とかなるはずだ。今は、集中して作業をこなそう。
「入れ!」
ノックがあったが、書類から目を離さず生返事した。
「お茶をお持ちしました」
ようやく集中力が高まったので、それを切らせたくなかったのだが……。
ユリやアンの声でないことに気が付いて、顔を上げる。
「ゾフィ!! ゾフィじゃないか!」
「はい。アレク様、お久しぶりでございます。長らく勝手をさせていただきまして」
机の前に、メイド服に身を包んだ長身の娘が立っていた。
ああ! ユリがびっくりさせようとしていたのは、このことか!
「ああ、良かった。もう戻ってこないかもと思っていたぞ」
「はっ? はあ……」
なんか、話が噛み合っていないみたいだ。
「いや……俺はゾフィを危ない目に遭わせたから、嫌気が差して出て行ってしまったのかと」
ゾフィは、びっくり眼になる。
「そんな訳ありません。大恩あるアレク様を置いて、サーペント家を出奔するなど……ランゼ様に、きちんとご承認を頂いております」
「なんだと!?」
「ふっふふふ」
その時、扉の方で笑い声がした。
「先生!」
「ランゼ様!」
その笑顔で、粗方悟った。
「先生!! いつものこととは言え、今回は少しひどいですよ!」
睨みつける。
「ああ、アレクは甘いからな。本当のことを言えば、不要だとか言いかねないからな」
「本当のこと?」
その問いを無視して、先生はゾフィの方を向いた。
「ゾフィ。グリウス殿の所はどうであった?」
はあ? グリウス叔父?
「大変よくして戴きました!」
「そうか、グリウス殿の書状に拠れば、槍の筋がとても良い、我が片腕にしたいぐらいだとな、大層褒めてあった。よく頑張ったな」
「はっ。ランゼ様のお陰です。自分でもまずまずの成果があったと思います」
「えーと、さっきから言っていることが、よく分からないんだけれど」
ふむ。先生は鼻を鳴らす。
「珍しく、血の巡りが良くないな、アレク。ゾフィはな、セルビエンテから我らの供をする代わりに、グリウス殿の元で槍の修行をやっていたのだ」
「いやいや、それは分かってますよ。分からないのは、何のためにかってことです」
「そっ、それは……」
ゾフィが答えかけたのを、先生が止める。
「私から話そう」
横でゾフィが、”あの、いいえ”とか言っているが、先生は無視してる。
「アレクが、ガーゴイルを斃して城に戻ってきたときのことだ。ゾフィが、夜に泣きながら、私の部屋にやって来おってな」
んん?
「開口一番、私はどうしたら強くなれますか? そう言い出して」
ゾフィの顔が真っ赤だ。
「私は、力が有っても闘うことなどできず、アレク様の足手まといになってしまった。全く不甲斐ない。何とかして、お役に立てるようになりたいと申してな。それで私が斡旋したのだ」
ゾフィをまじまじと視る。
関知魔法が、彼女の身体の至る所に生傷が付いているのを伝えてきた。
立ち上がって、彼女の前に行く。
「ゾフィ。俺は、おまえが力持ちだから、強いから専属メイドにしたんじゃない。ゾフィはゾフィで良いんだぞ」
頭を撫でてやる。
確かに、先に打ち明けられたら、反対していただろうな。
左手で、ゾフィの頬を触り、右手で肩を擦る。ゾフィは、目を閉じ、唇を戦慄かせた。
「ほら、綺麗な肌が傷だらけじゃないか。俺が跡が残らないように、治療してやろう」
「そんな、もったいない」
回復魔法を、ゾフィの全身くまなく掛けてやる。
「これでよし!」
「あっ、ああ、ありがとうございます。私のような者のために。申し訳ないです」
「さてさて、そろそろ感動の対面は良いか?」
もう! 先生が人の悪い笑みを浮かべている。
「早速だが、ゾフィにやってもらいたいことがある」
「はあ。何でしょうか?」
◇
次の日、模擬戦の日取りの通告があった。
3月22日。
来週、夏休み1週前の金曜日だ。
ちなみに、学園は3月末から夏休みに入る。前世から3ヶ月余り、ずれている感じだ。
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