66話 新たな挑戦者
「アレックス・サーペントは居るか!!!!」
2年A組の教室が、大音声で揺れた。
俺の真横の扉の前だ。
素晴らしく体格の良い生徒が入ってきた。身長は2m弱、体重は軽く100kgを超えているであろうが、贅肉が見当たらない。筋肉の付き方が上半身寄りで、なかなか良い。が、まあ……ぱっと見は熊にしか見えない!
制服の蝶ネクタイは濃紺。3年生だ。
授業を途中で抜けて来たのだろう。つい、さっきベルが鳴って、文学の教師が退室した直後に入ってきた。
「サーペントは俺ですが。何かご用でしょうか? 先輩」
俺の返事が、なぜか疳に障ったようだ。
「貴様かぁ!」
「メっ、メドベゼ先輩」
下の段に居るレパードの口を突いて出た名前。
俺に掴み掛からんばかりの勢いが削がれた。
「トーレス、貴様のクラスか」
「はっ、はあ。そうです」
ほう。剛毅なレパードの顔が強張っている。
どうやら、同じ戦士科のようだ。しかも苦手らしい。
感知魔法が自動的に発動する。
ラウール・メドベゼ。
同伯爵家次男。17歳。3年B組、戦士科。
領地はブルジュー地方か。ウチの領地が北辺の海岸なら、ブルジューは南辺の山地だ。
俺は立ち上がって、間に居るレダを下がらせる。
そして、教室の階層を昇って来る、エマを手で制する。
「それで? 俺に何かご用ですか?」
「とぼけるな! 決闘の申し込みを、何度断るつもりだ!」
「決闘? レダ、何か聞いているか?」
「いいえ。メドベゼ様、どちらにお申し込みですか?」
「決まっておろう! ゼノビア教官だ!」
レダと顔を見合わせる。
「そのような話は聞いていませんが」
「何だと? ん?」
俺達の視線が扉の方に向いたので、先輩が振り返る。
開いていた上階層用出入り口から、女性が2人入ってきた。
1人は……。
「うるさいぞ! メドベゼ! 3年のおまえが、なぜ2年の教室に居る?」
むうぅ。
メドベゼは、低く唸った。本当に熊のみたいだ。
「それは……サーペントが、決闘申し入れを断り続けておりますので、穏便に直談判をと!」
「へえ、ラウール君が穏便にね……」
ソプラノボイスだが、嫌みのない声。
「会長!」
もう1人は──
髪が腰まで届く妖艶な女生徒……。
会長?
自治生徒会会長か。
宗教学科3年、エリーカ・ランデルヌ男爵だったな。
その女性は、こちらを見てフフッと笑った。
色が透けるように白い。少し青味掛かった反射の強い金髪。生粋のエルフだ。耳が長い。
「それで。あなたが、噂のアレックス卿だね」
「はっ。どんな噂かは存じませんが」
「それで、この子が、女生徒にちやほやされされているのが、腹に据えかねると。そういうことかな? ラウール君」
「そういった低次元の動機ではない!」
「では、何?」
「強いと言われる者と戦う、それに過ぎるものがあるか?」
へえ。俺と似てるな。先輩。
力説するところが、面白い。戦闘バカは嫌いじゃない。
それを冷めた目で見る女教官。
「ランデルヌ、話をややこしくするな」
一応、思い込みは解消させておかないとな
「教官!」
「なんだ、サーペント!」
「こちらの先輩からの決闘申し込みの件、聞いておりませんが!」
「当然だ! 言ってないからな」
背後で野太い、はあ?と声が上がるが、教官は一顧だにせず、話を続ける。
「言えばおまえのことだ、受けると言うだろう! したがって、決闘は私が却下した」
メドベゼ先輩は、一瞬呆けたが、血液が顔に集まるように激高した。
「なぜだ! なぜ駄目なんですか? 教官!」
なかなかの迫力で、先輩が食ってかかる。普通の女性なら泣くぞ。
「私も、お訊きしたいですわ。ゼノビア教官」
「ランデルヌまで……良いだろう、はっきり言ってやる。簡単なことだ。メドベゼ、おまえが相手では、サーペントに瞬殺されるからだ」
「瞬殺!? 教官、ラウール君とて、科の中でトップ3に入る戦士ですが」
「それがどうかしたのか? いずれにしても、教官の承認なしに模擬戦実施は罷り成らん。学園外で仕掛ければ、処分を受けるぞ。学園だけでなく王国からもな。おまえ達は貴族だということを忘れるな」
メドベゼは、結構がっくり来ている。
「サーペント君。君はどうなんです?」
問うたのは会長だ。
「どうとは?」
「決闘をやりたいか、やりたくないかを訊いています」
戦士か! しかも、強いと言うのは都合が良い。
「はあ、戦士とは戦ってみたいですね」
「そう言うと思った。だが駄目だ! サーペントの意思に拘わらず、教育上の観点から認めるわけにはいかん。あきらめろ。メドベゼ」
教官は、にべもない。そのまま、扉から出て行った。
ある思いつきが頭を掠めるが、教官はともかく先輩の方が納得しないだろうと思い、言うのは止めておく。
「あきらめるのは、まだ早いわ!」
「会長?」
「今日の所は帰りましょう。ラウール君」
「わっ、分かった」
大男が、華奢な女生徒に先導されて出て行った。
「アレク様!」
エマ達、親衛隊が集まってきた。
「何ですか、あの大男?」
「知ってるんだろう? レパード」
俺は級友に説明を求めた。
「ああ。あの人は、伯爵家の次男坊でな。悪い人じゃないんだが。戦闘狂と言っても過言じゃない。特に戦闘術研鑽に明け暮れる人で。なかなか強いぞ。従者の2人もな。ただ、自分の欲望に正直過ぎてな、全力で望みを叶えようとするから、衝突も多くて……。ただまあ、卑怯なことをしないし、面倒見も良いから人望もある。結論として仲が良い人と悪い人がはっきり分かれる」
「へえ」
エマが頷いている。
「苦手なのか? レパード?」
「ああ、あの先輩を抑えられるのは、あの自治生徒会長、エリーカ様位だ。幼なじみらしい」
ふむ。
「エリーカ様?」
「ああ、あの人は……」
トーレスが何か答えようとするところをエマが遮る。
「ああ、アレク様は、流石に知らないですよね。さるエルフ族のお姫様で、最近男爵位を相続されました」
「エルフが……珍しいな」
「そうですね。彼女の一族はルーデシア建国時に功があったそうで、一族当主に男爵が叙爵されたの。神官の実力は、学生にして既に王国屈指、次代導師に一番近いと言われるわ」
導師……余り興味がないから知らないが、フレイヤが目指しているヤツだな。
エルフは、あまり他種族と馴染まないというのは傾向としてあるらしい。ただ全部がそうでは無い。森に住むと言うのも、多数派というだけだ。平地に住む者も、外交的な部族も多い。まあ、そうでなくては、ここまでハーフエルフは多く存在しないよな。
しかし、やはりエルフで貴族は少ない。
あとから聞いた話では、17歳で長命種と言われるエルフの相続というのも、実は珍しくはないらしい。末子相続が伝統だからそうだ。
「でさあ、レダちゃん。エリーカ様がああ言っているってことは、何か教官がうんと言わなくても、模擬戦をやれる裏技があるのかな?」
「おそらく……」
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