60話 園外演習(9) 危機去りて
むおぅ。
気が付くと目前に何かある……顔か!!
この匂いは。
レダと接吻してる!!!
はぁ?
ゴクっと何かを嚥下させられた。
何だ?
思わず目を開けると、すーと顔が離れていった。
間もなく腹の中が熱くなり魔力が漲って来た。
例のハイポーションか。
「アレク様! 気が付かれましたか!?」
カレンが、涙を流していた。
「あっ、ああ」
「良かったぁ!!!」
やったぁとエマの声も聞こえ、ビアンカとルーシアが抱き合ってる。
「みんな……無事のようだが、闘いはどうなった?」
「もちろん! もちろん勝ちましたとも」
「アレク様のお陰です!」
「それに……みなさんのご尽力で、無事斃しました」
おっ。エマもウルウル来てる。
俺が上体を起こすと、レダが少し離れた。
「心配掛けたな。みんな。ありがとう」
「ひくぅ、アレク様ぁぁあ………」
カレンが泣きながら、俺に抱きつこうとしたが。
「はい! だめだめ。そこまでよ。私だって我慢してるんだからね!」
エマに遮られて寸前で止まる。
面白いな、この2人は。
頭を撫でてやろうとして、その手に何か握っていることに気付く。
これは……。
俺は、慌てて魔収納へ仕舞い、カレンとエマの頭を撫でた。
暫く、そうしていたが。カレンは、俺の右手を取った。
「ちょっと、カレン!!」
両手で挟んで胸に持って行っていたのだ。
「ずるい……私だって……」
そう言いながら、俺の左手をエマが取った。
数分後、ようやく手を離してもらった俺は、ルーシアとビアンカを労い、最後にレダの頭を撫でた。
「ところで、教官は?」
カレンは、はっとしたようだ。
「そう言えば、見てないね。何やってるんだか!」
エマは、俺の問いで憮然とした。
まあ、無理もない。
マニュアルに従えば、魔獣階位4のデミ・サイクロプスが現れた段階で、率先して撤退の指揮を執るべきところを、姿を見せないとは業務放棄も甚だしい。
「逃げたとか?」
カレンが一瞬びくっとなる。
一瞬エマは意地悪だなと思いかけたが、教官とカレンの関係を彼女は知らないんだった。
「いいえ。あちらの方向、50m程のところに倒れています」
レダが淡々と答える。
「行ってみます!」
「ああ、俺も行く」
カレンと俺の主従が走り出すと、エマ達も付いて来た。
難なくゼノビア教官は見つかる。
「伯母……教官、教官!!」
カレンが走り寄る。
「駄目だ、揺するな!頭を打っているかも知れん。代わってくれ」
はいと言って、カレンが少し離れる。
俺は、手を教官の口許、次に首筋に持って行く。
呼吸も脈拍も安定している。
しかし、それ以上は分からない。
「カレン。これ外すぞ!」
「はっ、はい」
なぜ、カレンに許可を求めるのか? そう言う顔をエマがするが無視だ。
姪の承諾を得たので、教官の首に掛かった魔法除けのタリスマンを外して、状態関知を試みる。
個人情報もが入ってくるが、そっちは極力見ないようにして、容態だけを診る。
「正常のようだが、カレンは診れるか?」
俺の能力では、特に異常は見つけられなかったので、セカンドオピニオンだ。
レダも試みたが、俺と同じ結果のようだ。とりあえず、回復魔法を使っておくか。
ん?
何か教官の首筋が光った。紋章? まじまじと見ているとそれは消えた。
何の意味があるのか、よく分からないが、躰に良さそうな代物には見えない。
意匠は憶えたから、明日にでもランゼ先生に訊いてみよう。
災難は過ぎ去ったようだが、夜明けまでには大分間がある。もう一度野営すべきだろう。しかし、先程まで野営してた場所は、サイクロプスに踏み荒らされてひどい有様だ。
ここで良いか。まあまあ広さもある。
「ここにゲルを張ってくれるか、カレン」
「分かりました」
俺とレダで教官を運び、中に寝かす。
他の監察教官を呼ぶことも考えたが、止めておく。
再度、ゲルの前で、薪を魔収納から出して火を付け、そこに座り込んだ
「アレク様、寝ていらっしゃらないでしょう。休んで下さい」
「こんな折だ、一晩くらいどうということは無い」
「でもぅ」
「カレン達は交代で、教官を診てやってくれ」
「……申し訳ありません」
そう言って、カレンとルーシアは中に入った。
代わりに、エマが寄ってきて横に座る。その向こうにビアンカがしゃがんだ。
「アレク様……カレンと教官は、どんな関係なんですか? ご存じなんでしょう?」
まあ、普通に感付くよな。
「ああ。姪と伯母だ」
「やっぱり。親戚でしたか」
何度か頷いている。
「そこで、エマとビアンカに頼みがある」
「関係を黙っていろと言うことですか?」
察しがいい。
「それもあるが。教官の異常な行動もだ!」
「……理由を教えて貰えますか」
そうか。紋章だ。
「昨日辺りから、態度がおかしいと思っていたが。どうも、誰かに操られている気がする」
「操る? ゼノビア教官をですか?」
「さっき、回復魔法を掛けたとき首に変な紋章のような物が見えた」
「紋章?」
「エマは詳しいだろう。ゴーレムを使役するとき、紋章魔法を使うからな」
ビアンカが、顔色を変えてエマを見た。
「もう、ビアンカぁ。正直過ぎ! ……そうです。確かに紋章魔法を使います。でも、なぜそれを?我が家──召喚魔法師の秘密のはずなのに」
ぱちぱちと揺らぐ炎の明かりを頼りに、地面に憶えた図形を描く。
エマは、すっと息を飲み、眼を瞑った。
「その紋章自体は知りませんが、作法上は成り立っています。使える魔法師が描けば、発動するはずです」
使える魔法師か……。
「どんな効力か、察しは付くか?」
ふむと、エマが30秒程考え込み、口を開いた。
「生物を使役するものに似ています。おそらく、その類いかと。申し訳ありませんが、それ消してくれませんか? 結構強い紋章なので、視るのが辛いです」
「ああ、悪かった」
もう一度目に焼き付け、描いたものを足で擦って消す。ふと横を向くと、レダも視ていた。
「アレク様。包み隠さず話して戴いて嬉しかったです。教官の件は、私共から言い出すことはしません。それでよろしいですか?」
「助かる。エマが召喚魔法師である件は、黙っている」
意識的にだろう、エマは表情を入れ替え、微笑んだ。
「それから、こうしましょう」
「ん?」
「夜番の組み替えをして、そうですね。2時間後に私とビアンカが、交代します」
「わかった」
「では、少し休みます」
「ああ、お疲れ」
エマは、なかなか気が付く、良い子だな。好感度がかなり上がった。
ぱちぱちと燃える火を見ていると、心が穏やかになってきた
「アレク!」
見上げるとレダが居た。が、雰囲気は先生だ。
「ちょうど良いです。訊きたいことがあります……」
「ゼノビアの呪いが解呪できるかか?」
首肯する。
「私にできないとでも思っているのか?」
「滅相もない。ただ、今はレダですから」
「何の問題もない。この後、お前が休む番になったら、やってやろう」
「分かりました」
その後、特段の異変も起こらず、エマ達と夜番を交代する。ゲルに入ると端に教官が寝かされ、その前にカレンが座って看ている。ルーシアは、奥で寝ていた。
おっ。もうレダの表情が、先生に代わっている。
では、お手並み拝見と行こう。
「カレン様」
彼女はレダの方を向き、数秒喋ると肯いて、ゲルを這い出ていった。
何と言ったのか聞きたかったが、何時戻ってくるか分からないから、後にする。
レダが、教官の首に手を翳すと、先程の紋章が再び浮かび上がった。
ふむと、レダが独りごちると、首の上で指を動かした。すると、紋章が崩れるように消えていった。
おおう。やるなあ、先生。
今まで静かだった、ゼノビア教官の瞼の下で、眼球が動き出した。
レダの顔が、すっと和らいだ。どうやら先生が抜けたらしい。
その時、ごほごほっと教官が咳き込み、ううっと呻いた。丁度カレンが戻ってきたので、レダと場所を入れ替わる。
「伯母様!」
目が開くと、覗き込んでいた俺と向き合った。
「ガイウス……ハッ!」
「伯母様!」
「カ……ハイドラ」
カレンが抱き付いたが、教官は俺を視た。
親父の名で呼ばれてもな。
俺は、どちらかと言えば、お袋さん似だが、親父のガキの頃を知る、お祖母さまとかからは、親父にも似てるとは言われるから、そうなのだろう。
俺を視るとき、教官の目にはまだガイウス、つまり親父の姿がダブっているのだろうか?
「サーペント。私は、どうなっていた?」
「さあ……そこに倒れてみえたので、このゲルで運んだだけです」
「そうなのか?」
「別件で、相談したいこともあるので。来週にでも教官室に行きますよ」
「あっ、ああ……」
「では、寝ます。教官も……演習の制約もあるでしょうが、ここで休まれると良いでしょう」
そう言って俺は休み、何事もなく朝を迎えた。
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