56話 園外演習(5) 鳥類魔獣の襲来
順調に魔獣を斃し、チェックポストを見付けていく。
通算8箇所目を見付ける前に、別のパーティーが遠ざかって行くのを遣り過ごした。
15-豹と。シートに記入した。
「チェックポスト。大分埋まりましたね」
「ああ。あと4カ所だが、厄介な所に1つある」
「確かに」
在処は禿げ山の頂上だ。
標高300mと、まあちょっとした山だが、椀を伏せたような形態の独立峰だ。勾配が急峻な上、厄介なことに5合目辺りから上は、細かい礫ばかりで下草程度しか生えていない。要は身を隠す物が無いのだ。
そして問題は、そこに鳥類魔獣の群れが住み着いていることだ。襲撃を受けることは間違いない。
セオリーとしては、夜間登頂だ。
夜目の利き難い鳥類魔獣対策になるのだが、この競技では使えない。夜間の行動が、規則で大幅に制限されているからだ。ちなみに、模擬戦でカレンが使った不可視化魔道具は、この演習では使用禁止だ。金持ち有利になってしまうからな。
昼間に鳥類魔獣を制して、登頂に成功するのはなかなかの難関と言われている。
登頂できたは良いが、監察教官の救済を多発して、実質成果がなかった、何てことも頻発したそうだ。
そのため、減点を織り込み済みとして、頂上ポストを無視する戦術を採るパーティーが増えた。よって、そのポスト限定で未発見の場合は、減点が3倍になっているのだが。
今年は、どれだけのパーティーが挑むのだろうか。
「しかし、俺達は完全探査を狙うからな。この先にあるはずの、もう1つ見つけて…食事して、午後から狙いたいが」
「無論です。頂上ポストを狙わないなんて! それで獲った最高点に何の意味がありましょうか?」
おおう。カレン熱いな!
「私は、どこまでもアレク様に付いて行くだけだし」
どこまでもって!
その後、魔獣を3度斃し、9箇所目のポストを見付けた。
そこから少し離れて、昼食を摂る。順調だ。
「森の中で、こんなにおいしいシチューを食べられるとはね」
皆の深皿のシチューは、一昨日ユリが作ってくれたものだ。鍋ごと魔収納に入庫してきた物を出庫してよそっただけ。温め直ししたわけではない。
「いいなあ。高遮断の魔収納は、時間が経たないんですものね……私も使えたらなあ」
ルーシアが独りごちる。
そう。先生が、1週間前に教えてくれた魔法だ。魔収納の上位魔法だ。魔収納は亜空間を保持して内部に物品を収納する魔法だが、常時魔法師の居る空間に微妙に繋がっている。したがって時間変化に変わりは無い。
高遮断では、その繋がり、つまり次元因果律が極限まで小さく、時間経過が100万分の1となる。つまり、正確には、ごく僅かに……1秒経つのに12日程掛かる程には繋がっている。
「そうですね。その魔法を使えば、凄く稼げますよ」
エマが頭を抑えた。
「ビアンカぁ。アレク様は、子爵様なんだよ」
「そうでした。ゆくゆくセルビエンテの御領主様になられるのに、稼ぐ必要なんて無かったですね」
みんなが、うんうん頷いている。
まあ、そんなことは無いがな。
ただ、この世界に来てから、直接金を持ったことも無ければ、使ったことも無い。それで生活できているとは。貴族って……。
それにしても、あいつら結構金の話に食いつくなあ。従者は給料が少ないのかな?
最近は、上屋敷で経済の勉強をさせられている。次期当主としては、セルビエンテを始めとして、サーペント領の経営をしていかなければならないからな。それで分かったことは、この世界の人件費が安いと言うことだ。
王制だし労働集約型の産業主体だから、当たり前なのかも知れないが。食品や農業製品は安いが、消費材、特に工業製品は高い。俺のイメージでは歪な、しかし、前近代の経済に似ている。
「でも、なんていうか。こんなにお綺麗なのに、なんだか親しみやすいんですよね」
「ルーシア!」
「わかります。伯爵様の御曹司! って、感じじゃないんですよ」
「ビアンカまで」
「悪かったな、気品が無くて!」
「ふふふ。それです、それ!」
「私達、平民にも気さくに、対して下さいますよね」
「仲間だしな」
「いいえ。クラスのみんなに対してもそうです」
うーむ。前世は、身分制度が無い国で育ったからな。俄に貴族を装っていても根は庶民なのだ。
「したがって、私はアレク様が好きです!」
「ちょっと、ルーシア?!」
カレンが、珍しく慌てる
「私もです!」
「ビアンカぁあ」
「いいじゃないですか。5人ともアレク様が好きでも。ねえ、ご主人様」
「レダ、悪乗りしすぎだ」
「アレク様、紅くなってる」
「もう。わかった、わかった! みんな早く食べてくれ!」
◇
昼食を食べて小休止を済ますと、いよいよ俺達は登山を始めた。そうは言っても小さな山だ。1時間も掛からず中腹に辿り着く。
「見晴らし良いねえ」
エマが無邪気に喜んでいる。
確かに眼下には鬱蒼とした森林が広がっているのにも拘わらず、ここから上は何も無い。足を取られやすく、戦い辛い。
「エマさん。見晴らしが良いと言うことは。こちらも丸見えということですわ」
「そっかあ……あれ? ゼノビア教官の姿が見えないけど」
「一緒に襲われると、我々の救済どころではありませんからね。旨く姿を隠されているのでしょう。心配には及びません」
「まあ、監察の心配をするのは本末転倒だし。そもそも、してないけど!」
ふふふ。良い子だね、エマは。
「さて。みんな固まってくれ。魔獣に襲われてもばらけるな。集中攻撃を受けるぞ。それから、ここから上では、火属性魔法が解禁される」
「はい」
いつまでも、ここに居られない。登頂を始めて数百m進むと案の定、空から気配が近づいてきた。
「左翼、炎鷹多数!レダは後方を警戒」
翼端幅1m50cmの大型猛禽類だ。名前の通り、焔を吐く凶悪な魔獣だ。
ここは死地だ!
進むも戻るも、悪手だ!
肉眼でも大きく見えてくる。編隊を解き、嘴に炎を咥え、次々に急降下してくる。
─ 気弾 ─
カレンが遠隔攻撃を仕掛ける。数体を弾き落とす。
エマ達も頭上に向け腕を伸ばす。
凝縮せし劫火もて刹那に燃やし尽くせ! ─ 炎弾 ─
しかし、奴らも負けては居ない、勢いに乗せ夥しい火球を墜としてきた。
─ 風壁 ─
ドッドッッダッダッダアァァァァン。
俺達の周辺に火球が墜ち、地面が弾ける。直撃は防御した。
再上昇していく炎鷹を、何体か燃やす。
ヤツらが墜とした火球。油脂が入っているのか、地に墜ちてもしばらくは炎が消えない。嫌らしいことに黒煙を上げている、放置すれば呼吸困難に陥る。
─ 烈風 ─ ─ 烈風 ─ ……
風魔法を多用して吹き消した。
「アレク様、ありがとうございます」
第2波が来る
「むっ」
「どうやら、戦術を変えましたね。直撃できなくてもと思ったんでしょう」
俺達の鉛直上に集まってきた。
カレンが気弾を放つも射程外だ、届かない。
逆に炎鷹が放つ火球は、重力にしたがって、こちらに届くことだろう。
黒い姿が密集した。
「来ます!アレク様」
数多くの火球が上空に灯った!
一気に片付けねば……。
─ 潰榴弾 ─
俺の腕の先。
大気が刹那に白くなり、数百mもの塔の如き雲が音速で屹立した。
一瞬で、炎鷹の群れを飲み込む。その時、微かに黒く靄が掛かった。
風が吹き、雲の塔が崩れても、上空に存在したはずの魔獣の群れは無く。密集の外に居た炎鷹も、散り散りに逃避していった。
「アレク様……」
「ん? どうした」
カレンが微かに震えている。
「あれを……中級魔法を、瞬間発動できるのですか?」
「ああ、2回目からは、おおよそな」
「そんな……」
カレンが頭を抱えている脇で、エマは呆れたように首を振った。
「油断するな、次が来てるぞ!」
炎鷹より大幅にでかい魔獣が後方から迫っていることを、感知魔法が捉えていた。
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




