54話 園外演習(3) 互換魔法発動
発動した。
空気が白く、彩を得たように集まり弾ける──
俺の腕に凄まじい反動が来た。
おわっ。
抑えきれず、30cmずり下がった。
ダァァァァン……ダン……ダン……
凶悪な響きが森を劈いた。おぞましくも木霊が幾度も返って来る。
何が起こった?
自分で見た光景が信じられない。
予想を大幅に超えた空気が圧縮されて放たれた。
榴弾だ。大きな塊ではなく、小さい高圧空気の粒が無数に……
数多の衝撃を受けた前方の崖は、緑に煙るように震え、瞬く間に木々の装いを変えていた。
軸線上…幅数十mに渡り、鬱蒼とした繁茂が無くなり、空が見えている。
眼を凝らせば。葉は全て消え失せ、樹皮すら粉々となり、かろうじて爛れた仄白い幹が残っている木も視える。
そこに居たはずの石猿の気配はなく、軸線外で難を逃れたヤツらも、そこから我先に逃げ散って行く。
頭の端で鐘の音が聞こえる。
「あっ、アレク様……今のは?」
引き攣った表情でカレンに問われた。
「気弾のつもりだったが……」
この威力は流石に低級魔法ではない。明らかに中級はある。
俺、最後に何て唱えた?
流石に、この惨状を目の当たりにして、レダ以外は表情が硬い。
──アレク、呪文が間違って……疲れた……
[おい!アレックス!]
ちっ、反応がなくなった。霊体のくせに疲れたってどういうことだよ。
まあいい。呪文呪文……。ん?
あぁそうか、怨敵を叩きつぶせ、ではなく、叩けだったか。それにしても、呪文って間違えたら、発動しないだけじゃないのか?
「あっ、あんな気弾、見たこと……アレク様に手加減して戴いて良かった……」
いや、あの時は、禁止魔法を使わない以外、手加減していないし。
最後にゼノビア教官に停められただけだ。
ああ。カレンは気絶していて知らないのか。
後から監察たる教官が近づいてきた。
「惨いことを」
確かにな。反論は無い。
「伯母様!」
「……カレン?」
「お言葉ですが、あのまま行けば、我々は、ずるずるともっと多くの魔獣を殺していたでしょう」
「殺した側の論理だな」
ぐっ。カレンは詰まった。
「カレン。所詮殺生をする者に正義など無い。あるのは利己だけだ」
「アレク様!」
「間を置けば、また寄ってくるかも知れない。行くぞ」
「ああ、先に行ってろ。私は互換魔法の記録をせねばならないからな」
教官は、銀水晶を手に取り録画を始めている。
互換魔法……そういうのか。間違えて発動した潰榴弾。
俺は、姿を変えた崖を登る斜面を進む。
登り切り、行く手を見る。
榴弾の届いた範囲は、崖から100m程だった。
10分程進むと、俺達にとって2つ目のポストが見つかった。
空中に光る文字は「4-猿」だった。
◇
4時を回った。
そろそろ野営準備をしないとな。
「あのう。アレク様」
「なんだ?カレン」
「野営場所ですが、この辺などいかがでしょう」
木立がやや途切れた草地だ。テントを張るには悪くないが、差し渡し5m程の丸い土地しかない。
「少し狭くないか?」
「ええ。その点は大丈夫です。お任せ下さい」
信じるか。
「よーーし。今日はここで野営することにしよう!」
今日見付けたポストは6カ所。半日の行程だったがまあまあと言えるだろう。
「では!」
カレンは、折りたたんだ丈夫そうな布と骨組みを魔収納から取り出した。手伝うと言ったが、明日お願いしますと言いつつ、手慣れた様子で、ルーシアと2人で、携帯住居を組み立てた。床が丸い、モンゴルの遊牧民が使うゲルのような形だ。
だが直径3m程で、無理しても3人が横になれるかどうか、いささか狭い。もう一張り組み立てるのだろうと思っていたが、その様子は無いどころか、草地のど真ん中に立ててしまった。
「完了です」
「ん? ああ、悪いな」
少し生返事になる。
「アレク様、ご不審のようですね。とりあえず中に入ってみて下さい」
カレンが少し笑っている。
「ああ」
中腰になって中に入る。
あれ?
俺は、思わず目を擦った。
広い。
バカな。床は直径10m以上ある。
思わず立ち上がって……いやいや、屋根は俺の背丈と変わらなかったはずだが、見上げても手が届きそうに無い。
「これは…どうなってる?」
俺の声が聞こえたんだろう。外から笑い声が聞こえる。高い天井にそぐわず、出入口は1.2m位しか高さがないので、中腰で外に出てみる。
おお?
ゲルは、さっき見たままだ。中と外では大きさ全然違う。ざっと面積で10倍、容積で20倍はありそうだ。なんだか狐につままれた気分だ。
「これは、どういうことだ」
「我が家専売の野営魔道具です」
「ほうー、そんな物が。凄いな」
感心を隠さず伝えて、中に戻る。
技術としては、先生の亜空間の方が凄いのだろうけど。布一枚でしか遮られてない分、こっちの方が驚きがでかい。
エマ達も入ってきた。
「外は、ルーシアが見張っています」
凄い!広い!と言う話題で、ひとしきり盛り上がった後。
ただ広くても問題が残ってる
「女子は、ここで寝るとして……」
「何を、仰いますか。アレク様もご一緒にこの中で」
はっ?
「えーと。俺はこんな見た目だが、男だぞ!」
「知ってますよ。だから、何です?」
「何か問題でも?」
「いやいや、がっつり問題だろ。お前達の親御さんが聞いたら……」
「ウチは、何も言わないかと」
「きっとウチは喜びますね」
エマに、カレン……マジか。
「そうだ!」
「教官は一応確認しましたが、心配なら縛っておけと」
エマに、考えを読まれた。
「2人で夜番に立つとして。アレク様がお休みなる場合、3対1ですし……」
「むしろ問題は!」
カレンとエマは互いを指差した。
そっちかよ!
「提案があります!」
レダが発言した。リーダーの俺は無視して、2人に話掛ける
「聞きましょう」
「うん」
「要は、カレン様とエマ様のどちらかが夜番をしている時に、もう一方がこの中で出し抜くことをご心配されているんですよね」
「そうよ」
2人が頷いた。
「簡単な解決法があります。お二人が組となって、夜番をされれば良いのです」
おお、コロンブスの卵的な……こっちでは何て言うんだ?
「なるほど!」
「仕方ありません!一緒にやりましょう」
解決したらしい。
日も傾いてきたので、準備しなくちゃな。夕食に限っては、その場で調理しないと減点となるから手間が掛かる。
そう思って外へ出ると、既に始まっていた。
ビアンカは火に掛かった鍋を見ており、ルーシアは手際良く野菜を切っている。
魔石コンロ!
うーむ。野外だし、なんとなく火を起こしたかったが、まあ減点にならずに食べられれば、それで良い。
「ああ、ビアンカ、ルーシア。俺も手伝うぞ!」
「ありがとうございます。でも、アレク様は休んでいて下さい。そもそも、女が5人も居て、殿方にやらせたとあっては…」
「学園に帰ってから笑われます。ああ、大丈夫です。お嬢様方と違って、少々腕には自信があります」
その価値観は、余り同意しないが、面目を潰すのは旨くない。
「聞こえてますよ、ルーシア! 本当のことですから、致し方ありませんけど。ふふふ」
「右に同じ!」
そう言えば、ウチの館に押し掛けたときに『料理は、少しあれですが』と言っていたな。
和やかな中にも、てきぱきと準備が進む。
ジャーーと、肉を焼き始めたが、匂いは漂ってこない。
よく見ると、煙を何かで吸い込んでいる、あれも魔道具か?
「あれは、煙処理機です」
「ほう?」
「食べ物の臭いは、魔獣を呼び寄せますので、あのように吸い込んで、拡散しないようにしています」
濾過では無く、空気自体をどこかに追いやっているようだ。
「さあ、焼けましたよ。食事にしましょう!」
「ああ、ありがとう」
ふと視界にゼノビア教官が入った。こちらを見ている。
何か手に持った物を囓っている。教官に減点はないからな。
初めて俺は同情した。
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