53話 園外演習(2) 上級回復薬
昼食後。
レダが蒼い瓶を皆に配った。
「これは?」
「上級回復薬です」
「へえ。そうなんだ」
エマは、中身より瓶の方に興味が強いようで、手に持って色んな方向から眺めている。
「ああ、ウチの先生が作った特製だ。この部分が栓になっているから、捻って外して飲んでくれ」
そう言って、まずは俺が飲んでみせる。
生命力(HP)、魔力(MP)、体力(VIT)を、それぞれ回復する。効き目は、服用した者のそれぞれの上限値によって変わるのだが、おおよそ市販薬の3倍くらいらしい。
俺だとそれぞれ半分程度になっていても、2本飲めば大体上限値に達する。
「おお。ランゼ師特製ですか。それは効きそうですね。ここを捻るんですか……なんか、凄い細工ですね」
この世界にも、ネジはあるが。瓶にネジ口を施す技術は存在せず、普通はコルク栓だ。栓が固いのと、突っ込みすぎて指が掛かりづらかったこともあって、普通に抜けず、身体強化魔法を使ったところ、見ていた先生にくすっと笑われたのだ。その時、負け惜しみで、前世のあれは良かったって、ぼそっと言ったのが、運の尽きだ。
凄く食いついた。
学生の頃行った工場見学で見た情報、金型に溶けたガラス入れてとか、高圧空気吹き込んで作るとかの断片的な記憶とか、ネジは台形断面でとか見ていたことを話したら、眼を輝かして、速攻作ってしまった。金型ではなく土魔法のセラミック型によってだが。
「これ、王立工芸院に渡したらえらいことになりますって……それはともかく、いただきます。ゴク……ん? ングング……プハァアア。なっ、何これ? すごくおいしいんですけど!」
「えっ。嘘でしょ!」
お嬢様のカレンも、一口飲んで目を瞠り、後はごくごくっと一気に呷って飲み干した。
「……ありえません。こんなに飲みやすいなんて……冗談抜きで、普段でも飲みたいかも」
確かに旨いよな。このポーション。
それに比べて市販品は薬品臭い上に苦いので、味の無いプロテインをがんがんいける俺も、飲むのが億劫だ。
「レダちゃん。これ凄いよ、効き目も、味も! 一緒に売ろう! 大金持ちになれるよ!」
エマが、レダの手を握って訴えている。
「あっ。すみません。私は作り方を知りませんので……」
「そっ、そうだよね。あはっ、あははは……」
エマが引き攣りながら笑っている。
そんな話をしていると、ゼノビア教官が寄ってきた。
「なあ、サーペント」
「何でしょう?」
ハイポーションの製法は教えないぞ!
「あいつ等に、何をしたんだ?」
そっちか。
「何をとは?」
「統率が取れ過ぎだろう」
「そうですかね?」
まあ、パーティーを組んだ時点と比べれば、別メンバーのような連繋ぶりだからな。さすがに気付くよな。
「確かに、戦い振りは変わってますかね。これが団体戦と気付いたんでしょう」
とでも、とぼけておこう。
「結論を訊きたいんじゃない。その、過程に何があったか? そう尋ねて居るんだ」
レダが寄ってくる。
「お話し中失礼します。皆さんの出発準備が終わりました」
「よし、すぐ出るぞ。ああ、教官。特別なことをしたつもりはないです。競技中なので失礼します」
会釈して、教官から離れる。
おいっと呼び止められるが、無視だ。そもそも今の状況で、監察役と話をする方が問題な位だからな。
「こちらに進むぞ!」
登り勾配の方を指さす。歩き出すと、カレンが下がって来た。
「アレク様。教官は何と?」
伯母の様子が気になるようだ。
「皆の戦い振りが変わったなと言っていたが」
「そうですか」
どうも表情が硬い。
「ほらっ!」
そっちに感心が行っているので、樹の根を避けるため手を引いてやる。
おっ。前方から殺気!
エマが睨んでる。何回軽く頷くと、つーんと前に向き直った。
「教官がどうかしたのか?」
彼女のことはよく知らないが、最近行動が気になるよな。
「なんだか、最近様子が少し」
「ん?」
「私の家によく来るのですが…そうですね。この学期が始まったころから、物思いに耽ることがあったのですが、園外演習の準備の時期になってから、時々ぼうっとしてることが……前はそんなことはなかったのですが」
「うーん。確かにここ1週間くらい変だよな」
「アレク様も、そうお感じになりますか?」
「ああ、俺が原因かも知れないな」
「はぁ、なぜです?……でも、そう言われてみると……」
「俺の父と教官は、同級生だそうだ」
「えっ、そうなんですか? 伯母は何も」
カレンには話していないのか。まあ、親父を取られた話だしな。その主犯がランゼ先生な訳だし。
「俺も、それとなく気にしておこう」
「はい……」
歩き出して20分程。
前方に多くの気配があることに気付く。。
「なにか、たくさん居ますわ」
「石猿だ」
「うわぁ」
硬い皮膚と毛皮で覆われた中型の猿だ。単体では魔獣階位は2と大したことないが、10頭以上に群れることが多く、その場合には階位3となる。
前方はやや崖になっており、奥まったところから、切り通し状の斜面になっているのが進路だ。敵はその上で待ち伏せしている。圧倒的に不利な地勢だ。
転進できないことも無いが、大幅に回り道になる。リスクはあるが、アレクズにはここを抜く実力があるはずだ。
「中央突破する。密集隊形1番だ!」
「はい!」
カレンとルーシアが左翼から前方、エマとビアンカは右翼から前方を担当。俺が全体的に後詰めし、レダが後背を警戒する。そして、それぞれ手が届く範囲から離れないことが肝要だ。
「崖に近づくまでに、できるだけ撃ち落とすんだ」
この演習で、俺が使える魔法は、結構限られている。
得意な火属性魔法は、ほぼ使用禁止だ。森は火事に弱いから仕方ない。
壁を作るのも効果的だが……規則説明の時に、特に版築魔法は禁止だ!って後ろで見物してる人に直接言われたからな。地形を著しく変えるのも自然保護の観点から許せないらしい。
一瞬俺に当てつけじゃないのか? とも思ったが、例年のことのようだった。
─ 気弾 ─
カレンが風魔法で、5、6頭の石猿を斃す。
威力は大したことないが、手数が多いので面制圧力が高い。
いいなあ、あれ。
─ 風斬 ─
遠く木の上から狙っていた、石猿を斃す。思いっきり、やり過ぎだ。ただ俺が使える遠隔攻撃は、これくらいだ。烈風は開空間では減衰が激しく使い物にならない。
しかし、風斬は攻撃範囲が狭い。多用できないことも無いが、魔力の無駄だ。今の局面には向いていない。
──気弾を使いたい?
アレックスだ。
[ああ使いたいな。でも気弾は習得していない]
戦闘開始から、5分経過。
俺達は前に出て、石猿共に近づいた。
こちらの攻撃も当たるが、向こうの投石攻撃も届くようになった。
有効に敵を、減らせているのはカレンだけだ。俺やエマも斃せては居るものの、新手の石猿が集まってくる方が速い。
しかも、側面から半包囲されている状況だ。
敵戦力を過小評価して、戦術を間違えた。俺のミスだ。
──気弾を憶えようか?
はっ?
何を言ってる?
さっきもそんなことを言ってきたが、魔法というのは、そう簡単に使えるようにはならない。
普通の魔法師で、呪文を憶えてから発動できるまでに数週間、戦闘レベルに使えるようになるまで数ヶ月は掛かる。
言っておくが、俺は憶えが良い方で、いくつか自分でも憶えたが、発動できるまでに数日は掛かっている。
──ボクが憶えれば、良いんだよ。ちょっと頭を貸して!
はっ?
──眼を閉じて、何も考えないで。10秒待って。
[10秒?その時間で何ができる?]
いや、そう言えば、地蜘蛛は、一瞬で発動したんだった。俺では無くてアレックスだが。
その点は、まさに天才だ!
[分かったが、少し待て!]
「みんな、10秒持たせてくれ」
「私も攻撃します!」
レダが氷弾で、攻撃を始めた。
「はあ。よく分かりませんが、了解!」
よし!少し押し返してる。
[もういいぞ! アレックス]
俺は眼を瞑り、そして意識を霧散させる。
── אני חושב לכן אנ …………
──アレク!
ん?
──もう使えるよ、アレク!
[なんだと!?]
──みんなが待ってるよ!
刮目!
風の精霊の御名に拠りて 怨敵を叩きつぶせ ─ 潰榴弾 ─
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