52話 園外演習(1) 開始
魔法科2年生は、一旦学園に集合。
6パーティー、生徒36人に、引率者教官が11人と下働きの職員5人を入れて計52人の一行。点呼の後、馬車に分乗した。旅客用馬車8台に、荷馬車2台の構成だ。
30分程で王都の城門を通り抜け、郊外の集落を走る。
どんどん都会の色が抜けていく。行程の半分、1時間も走った頃、そこは立派な田舎だった。
ルーデシアの王都も、それ程広くない……思えば東京は広かった。
しかし、この風景は結構好きだ。。
レダの横で、余り乗り心地の良くない馬車に揺られ、うとうととしたのだろう。手で揺すられて目覚めると、すっかり森の中に居た。
窓から覗くと椎や楠が多い。
照葉樹林か。あまり伐採とかしていないのだろう、緩やかに曲がる馬車道の脇にある樹でも結構幹が太い。
「アレク様。よく眠ってましたね。寝ていらっしゃると、本当に可愛いんですよね」
「エマ。男に可愛いは、褒め言葉じゃないぞ!」
「そうかも知れないけど、可愛いものは仕方ないよね」
ビアンカと頷きあってる。
「2人は、仲が良いなあ」
「だって、従妹ですし」
「へえ。それは知らなかった」
従姉妹で主従か。まあ、ビアンカの方は、複雑な思いだったろうが、ぱっと見では屈託ないな。
「それにしても、ぐっすり寝て見えましたね。実は夕べわくわくして眠れなかったとか?」
「いや早々に寝付いたんだが、夜半に……」
ゲホゲホ……。
「あれっ? レダちゃん。風邪ひいた? 顔が赤いよ」
「あっ、ああ。ありがとうございます。エマ様。大丈夫です」
「なら良いけど……」
そうこうしてる内に、目的地に着いた。
馬車を降り、全員で荷下ろしを手伝う。
癒やされるなあ。幹の直径が1mを超える大木ばっかりだ。
まあ演習が始まったら、良い空気なんて感じていられないだろうが……。
一般職員が手早くテントを張って、30分も掛からず本部が設置された。
慣れてるな。
前世と比べくもない、不便な作りなのに良くやる。
「整列!リーダーは点呼結果を報告せよ!」
「アレクズ、6人、全員健康状況問題ありません!」
「了解!」
おおぅ。3年生の教官と初めて喋った。強面のおっさんだ。
折った紙と腕輪を渡される。
簡単な地図に、数字がマークされている。
ふふふ。もう数字は、ばっちり読めるぞ。
演習のシステムを聞いたとき。
『ああ、オリエンテーリングな!』
そう言ったら。
『おっ、おり、えんてー…ぐ。何語ですか?』
そうレダと返ってきた。
こっちの世界には無い言葉というか、アレックスに概念がない言葉らしい。
しかし、内容は同じだ。
10分の作戦タイムの後。
腕輪は俺が装着した。
「アレクズ、ライノス、ブラックパンツァー、出立!」
ウチ以外のパーティーは、動物の名前だ。まあ、普通そんなもんだよな。
俺達以外は小走りで進んでいく。
もちろん、被らないようにコース分けされているのだろう、違う方角へだ。
広場に近いところは、人が踏み荒らし地肌が露出していた。
しかし、森を進むにつれ木々の間隔が詰まり、常緑の葉が陽光を遮り薄暗くなってきた。またシダ類の下草が多い場所もあり、なかなか通行しにくい。
「お前達は、走らないのか?」
「えーと。俺達の監察教官は、ゼノビア教官ですか?」
「私が、ゼノビア以外に見えるのか?」
いや、そういう意味では無いのだが。どうやら俺の疑問は、肯定されたようだ。
「時間は40時間以上ありますし、規定時間を上回ったら減点になるだけで、下回っても得点にはならない上に。体力を使って、教官の救済を受けたら、減点ですしね」
「冷静だな」
普通だろう。
「ところで教官。頭に付けているのは銀水晶ですか?」
ゼノビアは、被った革帽子の前方に固定されている。
「ああ、新しい試みだ」
新しいねぇ。悪意しか感じないが。
むっ!
「アレク様」
「捕捉している!右翼先行!」
後方でちっと舌打ちが聞こえた。話しかけてきたのは、俺の気を散らすのが目的か。
今後も教官から愛の鞭という名の妨害を受けそうだ。
「ワーウルフ4体、右に集中しろ」
予測していたのだろう、反応が早い。
─ 風壁 ─
俺が左の攻撃を阻み、こちらに近かった右2体を前列4人が確実に屠る。
6対4よりも、6対2を2戦の方が、優位を保ち続けられる。
残った2体も難なく斃し、全滅させる。まあ、そもそも相手にならない戦力だ。
しかし、力攻めを続ければ、連戦を続けるのが苦しくなる。
今日を含めて野営2回しなければならない。俺達は慣れていない。
今は良くても、2泊後も同じとは思えないからな。
それにしても出立数分で会敵か……まあ良いけどな。
「行くぞ」
最初のポストまでは、まだ1km以上ある。
レダと俺の感知魔法を駆使、方角を確認しつつ進む。無論直進したいが、たくさんの樹木を避け、勾配を勘案して無理の無いルートを考える。
「左前方から土猪1体!任せろ!」
ブフォーーー。
単独で魔獣階位3。体高2mを超える大きさだ。
遣り過ごしたかったが、こちらに明らかな敵意を持ち、木々に擦過しながらも猛烈な勢いで突っ込んでくる。
─ 風斬 ─
薄い真空の刃を放つ。20m先の大猪の首に根元に深々と食い込み、派手に鮮血を上げる。肩の腱を切り裂いたのだろう、地につんのめりって、そのまま動かなくなった。
「一撃?!」
「血の臭いで集まって来る。ここを離れるぞ」
「ええぇ。あの牙は惜しい……なあ」
「駄目だ!」
エマの言うことも分からないではない。ヤツの毛皮を剥ぎ取り売れば、数日の食費になるが、牙はそれ以上だからな。
エマを一睨みすると、はっという顔になって胸を押さえた。どうも、俺に逆らうと、スケベなことをされるとでも思っているようだ。かなり不本意だが、強制力があるのは悪くない。
数百m進むと、若干の間隔を空けて、魔獣達とすれ違う。臭いに釣られ、さっきの場所へ移動するのだろう。そのことは、全員に伝わったようだ。
「アレク様に従ってなかったら、今頃……」
「囲まれていましたわね……多くの魔獣に」
カレンも、ふうと息を吐いた。
「ふん!」
後方で、機嫌の悪そうな息遣いが聞こえた。
◇
この辺りか。
腕輪に魔力を流し込む。50単位も入れた頃、草むらにピーーと甲高い音がした。
そちらに向かって歩くと、石を積み上げた高さ60cm程の小さな塚があった。
見付けた!1つ目のポストだ!
空中に「7-鷲」と光の文字が見えた。
さっきの魔道具である腕輪に、流した魔力に反応するのだろう。
チェック用紙の7の欄に、鷲と書き込む。どうやら動物の種類を書くようだ。
残り11カ所だ。
「やりましたぁぁぁ!!」
女子達5人が喜び合ってる。
掌を差し出してくるので、俺もハイタッチする。あまり喜ばないと彼らのやる気が下がるからな。
「離れるぞ!」
「はーい。アレク様……冷めてる」
俺達の他に、いきなりこのポストに向かうパーティーは無いだろうが。念のためだ。
出立以来、1時間と少し。そろそろ昼だ。食事にするか。
そう思って歩いていると、小さな岩場が見えた。関知魔法によると、魔獣の気配はない。
「みんな、ここで食事にしよう」
地面だったら、敷物を出すところだが、ここなら不要だ。
メンバーは全員、魔法収納持ちだ。そこから、昼食分を取り出す。
だがレダだけは、木の取っ手の付いたコップを人数分出庫した。
「何?何ぃ?」
期待が高まる中、出したのは、大きめの水筒だ。コップに向けて傾けると、湯気を上げて琥珀色の液体が注がれる。
「どうぞ、皆さんで」
「ありがとう。レダさん。良い香り」
カレンが言うまでもなく、スープの芳醇な匂いが俺の鼻にも届いた。
「おいしい。おいしいよ、これ」
エマが目を剥いて絶賛してる。
「このスープ。レダさんが、作ったんですか?」
「いいえ。アレク様の専属メイドの方が作られました」
「いいなあ。流石伯爵家」
俺の黒パンに肉を挟んだサンドイッチもそうだが、ユリが作ったに違いない。
昨夜か……。うーむ。罪悪感が胸を締め付ける。
ゼノビア教官も持ってきた物で食事にしていたが、羨ましそうにこっちを見ている。あっちは風下だし。
だが競技中は、スープを分けて差し上げることはできない。買収行為になるからな。
いやあ、残念だ。
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