45話 王宮参内
ここが王宮か…。
俺は、遣わされた馬車に乗ったまま、回廊に開いた正門を潜った。
緑の広い庭園の向こうに、白亜の御殿が見えてくる。
3階建ての大理石造り。
壁面のそこかしこに彫像が埋め込まれている。芸術に対する審美眼がない俺にも、並々ならぬ価値があることは想像が付く。
規模と言い、美しさといい。贅沢の極みで華美ではあるが、品が良いのは認めざるを得ない。セルビエンテの館も結構な物だとは思ったが、桁が違う。
などと車窓に意識を持って行っていても、心は重い。求婚からの現実逃避だ。
まあ、落ち込んでいてもどうなるものでもない。切り換えよう。
ロータリーを回り込んで、来訪者用の玄関に止まった。
溜まりと言われる控室に通される。
控え室と言っても、詰めている人間は50人以上居るのに、狭い感じはしない。教室の倍以上の広さがある部屋だ。
そこに居る人間の構成は、俺と歳が変わらない若者達が半分位と、介添え役であろう大人達が残り半分だ。
主役は、前者であり、将来家門を継承予定の嫡子か、分家予定の大貴族の子女かつ15歳に達した者だ。嫡子の場合、大貴族家は子爵、一般貴族と言われる子爵家と男爵家は准男爵の叙爵を受ける。大貴族の嫡子以外は男爵だ。
ちなみに、公爵家は基本王族なので別途式典がある。
ルーデシア王国には、4家の侯爵家と9家の辺境泊含む伯爵家があるが、今年この式典に嫡子が出席しているのは、我がサーペント家だけだ。分家予定の子女は居るようだが。
ざっと見渡してみたが、知った顔はない。まあ、俺は1年遅れだ。ここに同級生は居ないはずだから、当たり前だ。そうこうしているうちに、王宮の係官から、会場である正殿宣明の間へ移動を促された。
結構ぎりぎりの時間に来たんだな、俺達。
達と言うのは、介添人として、レダが同行しているからだ。緊張の面持ちだが、今のところ介添人の役割はない。
「行ってらっしゃいませ。アレク様」
その顔が心なしか強張っていた。他人が緊張しているのを見ると、落ち着くな。
控室に居る者で、この先に進めるのは被招待者、つまり、叙爵される若者達だ。
宣明の間に入った。指示された順は、俺が先頭だ。
でかい。床にして幅30m奥行き40m位。教会の聖堂並の大きさだ。
正面の壁に、大きな金獅子の紋章が刺繍されたタペストリーが掛かっている。王家の紋章だ。
で、あれが玉座か。
紋章の真下に、豪奢な革張りの椅子があった。
おおう。この世界にしては、座り心地が良さそうだ。
その横に、礼服に身を包んだおじさんたちが、大勢並んでいる。列候だ。
うわっ。
一人の壮年男性に睨まれていることに気がついた。列候の中だ。
列侯に並び順は、向かって右側は在都の大貴族、左側は官僚と軍人。よく見れば、官僚や軍人の中には若そうな人もいる。
睨んでるやつは、左側、大貴族だ。どうも最近、ネガティブな視線に敏感になったと思える。
大体、その視線の主は男だ。まあ、俺もこんな外見の野郎が他に居たら、同じ気持ちになるからな。
「それでは、本年の叙爵式を挙行いたします!国王陛下ご入来」
一斉に、跪礼する。もちろん俺も跪いた。
おっ、肉の塊が歩いてきた。
うわーー。100kgは軽く超えて居るであろう、巨漢だ。のっしのっしと歩を進めつつ、こちらに振り返り玉座に着座した。
彼が王らしい。
ヨッフェン4世。確か42歳だ。
元は白い肌なのだろうが、赤ら顔だ。酒を飲んでるとか思ったが、徐々に白くなってきているので、王宮の中を歩いてきて、暑くなっただけのようだ。側近が額の汗を拭いている。運動不足だな。
俺の痩せぎすな体型もどうかと思うが、タペストリーの金獅子は泣いてるよな、この段数が分からないくらいのたぷたぷ腹には。
一緒に来て並んだのは、宰相ランベクス・ストラーダ侯爵だろう。こっちは総白髪の老年にさしかかった紳士だ。彼の娘は王妃、要は外戚だ。実態として王国政府は、彼が仕切っているらしいが、あまり悪い話は聞かない。国政を壟断しているわけではないらしい。姿勢はしっかりしていて、老いを見せないと聞くが、今はあまり顔色が良くない。
「それでは、式典を進めさせて戴きます」
王が頷いた。
「アレックス・サーペント。王の御前へ」
「はっ!」
答えて立ち上がると、叙爵を受ける者達の前を歩いて、再び王の前で跪く。
「ガイウス・サーペント伯爵が嫡子アレックス。長じて王都に出頭する段、殊勝なり。国王ヨッフェン・スヴァルス4世の名において。汝を子爵に叙するものなり。代読、宰相ランベスク」
「ありがたき、幸せ」
俺は一旦立ち上がり、国王に跪礼する。王は、俺を見て、ほうという顔をしたが、特に声を発することもなく、すぐに表情を戻して重々しく頷いた。
身体をずらして、宰相から丸まった羊皮紙、爵位の国王勅許状を受け取った。
この瞬間に、俺は子爵になった。
恭しく掲げながら、数歩下がって再度跪礼し、後は元の位置に戻った。
子爵かあ。
嬉しくないと言えば嘘になるが、何だかなあとは思う。
要は大貴族の嫡子に生まれて、15歳になっただけで子爵だ。ああ、俺は去年来れなかったので16歳だが。
あと、領地はないが、歳費を国庫から支給される。 これで王というか、王国に逆らうなよって言うことなんだろうな。もちろんそんな気はない。
その後、子爵叙爵が6人終わった段階で、叙爵を受けた者は、一旦溜まりの間に退出した。
宣明の間から退出するとき、またあの男に睨まれた。誰なんだ?
その後、准男爵が続けて授与されたのだろう、1時間弱で式典は終わったらしく、第2陣が溜まりの間に戻ってきた。
待ち時間と休憩の間に、学園の後輩8人に挨拶されたが知った顔はなかった。
促されて晩餐会会場の玄妙殿に移る。
こっちは、外交の舞台としても使う施設のためか、一段と豪華だ。
晩餐会には、国王は出席せず──そりゃあ若造共と話してもつまらないだろうけど──代わりに出席した宰相ストラーダ侯も、開会の挨拶と祝辞を済ますと、とっと退席していった。
そんなに面倒くさいなら、やらなきゃいいのにとは思うが、まあ慣例ってのは強いよな。
そういうこともあり、後は来賓列候の内、大貴族が中心の宴となった。
さて、俺も慣例とやらを勤めなくては。
レダに案内してもらって、来賓の方々を回ることにした。始めは侯爵の一人の元に行く。レダがタウンゼント侯爵と耳打ちしてくれる。知ってる顔?と自分に問うたが、反応はなかった。
誰か別の貴族と喋っていたので、しばらく待っていると、関係の無い白い軍礼服を着た若い男が近付いてきた。
「サーペント殿か?」
俺は軽く会釈する。
「はい。初めて……」
「ああ、気を使わなくて良い。後輩を激励に来ただけだ」
精悍だがやや酷薄そうな面持ちに眼鏡の青年。階級章は少佐だ。
「失礼ですが。先輩でしょうか?」
「ああ、10年も前にパレス学園を卒園したからね。顔を知らなくて当然だ。私はゾディアック男爵、軍では参謀本部に居る。子爵に叙爵おめでとう」
「ありがとうございます」
「うむ。ではまたな」
「はっ」
またはあるのか?
さて、当初の相手侯爵の話はまだ終わっていなかったが、今の会話で気が付いたのか、相手が気を利かせて、中断してくれた。
タウンゼント侯爵──中年から壮年へ移り掛けた白髪交じりの、剛毅そうなおっさんだ。
跪いて口上を述べる。
「初めて御意を得ます。タウンゼント侯爵様。アレックス・サーペントでございます」
「いやいや、初めてはないぞ。アレックス卿」
げっ、しくじった?反応無かったよな?
「まあ、会った時は、まだ赤子の時だったから、憶えていなくとも無理はない、ははは…。先代殿には随分世話になった。落ち着いたら、我が屋敷に来ると良い」
「ありがとうございます」
脅かすなよ!ああ、びっくりした。
「それで、アレックス卿は、パレス学園かね?」
「はい。魔法科に通っております」
「魔法科か、なるほどのう。聖者様へ近付くことができるように研鑽されよ」
「はっ。心掛けまする。失礼致します」
ちょっとビビったが、結果オーライだ。
それにしても、卿かあ…。俺も爵位持ちになったんだなあ。
ちなみに公爵以上や閣僚、もしくは准将以上の軍人は閣下だ
「次は、ハイドラ侯爵様です」
おうと言って近付きつつ、ハイドラ?と聞き返す。
どうやら、今朝押しかけてきたカレンの伯父のようだ。その人がこっちを見た。さっき式典で俺をずっと睨んでたおっさんじゃないか。
そういうことか…この険しい顔の理由は、きっとあの件だろう。
とは言え、ここで引き返すわけにも行かない。
再び跪く。
「初めて御意を得ます。ハイドラ侯爵様。アレックス・サーペントでございます」
何も反応が返ってこない。やはり、姪の件が耳に入っているに違いない。
むかつく対応だが、好都合だ。
「失礼致します」
軽く、会釈をし、その場を離れようとすると…。
「待たれよ!アレックス卿」
ちぃ。そう甘くはないか。
「はっ」
致し方なく、その場に留まる。
「我が姪のカレンの件。聞き及んでおる」
どう見ても、不機嫌を通り越して、立腹しているな。
「どう責めを負われるつもりか?」
「恐れながら、我が主人にどのような…」
レダが口を挟んできたので、押し留める。
「控えよ」
「はっ」
レダは2歩退がった。
「侯爵様。昨日の模擬戦は、課外とは言え学園の授業として実施されたこと。しかも、姪御殿の求めによって行ったことゆえ、責など身に覚えのないこと」
「何だと。我が意に抗すと申すか!!」
低く響いた。
近くに集う者達の顔が強張る。
「遺憾ながら、侯爵様の御不興を受けようとも、申したこと変えるつもりは有りませぬ」
「ふふふ……あっははは……」
はぁ?
侯爵はひとしきり笑うと、随行に頷いた。
「いや、済まぬ。許されよ、アレックス殿」
「と、申されますと?」
「カレンがな、伴侶を見つけましたなどと、突然言い出したのでな。その相手の肝を知っておきたくてな」
うぅぅわっ!親族揃って傍迷惑な…。
「我が恫喝して、尻尾巻くようであれば願い下げであったが、流石はセルビエンテの狐の孫だな…弟には気に入ったを伝えておくとしよう」
あぁぁあ。いやいや。
俺は、まだ結婚する気なんか無いしって喉元まで出掛けたが、とりあえず言質を与えるのはやめておこう。
再度挨拶をして侯爵の前を離れた。
「せっ、先輩…」
女子が泣きながら、近づいてきた。
「どっ、どうした。えーと、さっき挨拶した。1年の…」
「はぁぁい。ひっく…キンスキーです…ご婚約おめでとうございます」
「はあ?」
「うぅぅ。月曜日にレイミアス隊長にお知らせせねばなりません」
君も親衛隊だったのか…。
「いや。俺は婚約していないから」
「…でも。私は見ておりました。侯爵様に気に入られたんですよね。もう時間の問題です」
不吉なことを言うなよ。
「それにしても、ハイドラ先輩が女子だったなんて…。やはり、月曜日などと悠長なことは言っておられません。親衛隊総会議を緊急招集します。では…」
おぉぉぉぃ。
後輩は泣きながら晩餐会会場を出て行ってしまった。
「月曜日は大変なことになりますね…」
「レダ…」
「はい。アレク様」
「お前、ああいう時は何か言ってくれよ。頑張るところ間違ってるぞ…」
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