表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/224

45話 王宮参内

 ここが王宮か…。


 俺は、遣わされた馬車に乗ったまま、回廊に開いた正門を潜った。

 緑の広い庭園の向こうに、白亜の御殿が見えてくる。


 3階建ての大理石造り。

 壁面のそこかしこに彫像が埋め込まれている。芸術に対する審美眼がない俺にも、並々ならぬ価値があることは想像が付く。


 規模と言い、美しさといい。贅沢の極みで華美ではあるが、品が良いのは認めざるを得ない。セルビエンテの館も結構な物だとは思ったが、桁が違う。


 などと車窓に意識を持って行っていても、心は重い。求婚からの現実逃避だ。

 まあ、落ち込んでいてもどうなるものでもない。切り換えよう。


 ロータリーを回り込んで、来訪者用の玄関に止まった。


 溜まりと言われる控室に通される。

 控え室と言っても、詰めている人間は50人以上居るのに、狭い感じはしない。教室の倍以上の広さがある部屋だ。


 そこに居る人間の構成は、俺と歳が変わらない若者達が半分位と、介添え役であろう大人達が残り半分だ。

 主役は、前者であり、将来家門を継承予定の嫡子か、分家予定の大貴族の子女かつ15歳に達した者だ。嫡子の場合、大貴族家は子爵、一般貴族と言われる子爵家と男爵家は准男爵の叙爵を受ける。大貴族の嫡子以外は男爵だ。


 ちなみに、公爵家は基本王族なので別途式典がある。

 ルーデシア王国には、4家の侯爵家と9家の辺境泊含む伯爵家があるが、今年この式典に嫡子が出席しているのは、我がサーペント家だけだ。分家予定の子女は居るようだが。


 ざっと見渡してみたが、知った顔はない。まあ、俺は1年遅れだ。ここに同級生は居ないはずだから、当たり前だ。そうこうしているうちに、王宮の係官から、会場である正殿宣明の間へ移動を促された。


 結構ぎりぎりの時間に来たんだな、俺達。

 達と言うのは、介添人として、レダが同行しているからだ。緊張の面持ちだが、今のところ介添人の役割はない。


「行ってらっしゃいませ。アレク様」

 その顔が心なしか強張っていた。他人が緊張しているのを見ると、落ち着くな。

 控室に居る者で、この先に進めるのは被招待者、つまり、叙爵される若者達だ。

 

 宣明の間に入った。指示された順は、俺が先頭だ。

 でかい。床にして幅30m奥行き40m位。教会の聖堂並の大きさだ。

 正面の壁に、大きな金獅子の紋章が刺繍されたタペストリーが掛かっている。王家の紋章だ。


 で、あれが玉座か。

 紋章の真下に、豪奢な革張りの椅子があった。

 おおう。この世界にしては、座り心地が良さそうだ。


 その横に、礼服に身を包んだおじさんたちが、大勢並んでいる。列候だ。

 うわっ。

 一人の壮年男性に睨まれていることに気がついた。列候の中だ。

 列侯に並び順は、向かって右側は在都の大貴族、左側は官僚と軍人。よく見れば、官僚や軍人の中には若そうな人もいる。

睨んでるやつは、左側、大貴族だ。どうも最近、ネガティブな視線に敏感になったと思える。

 大体、その視線の主は男だ。まあ、俺もこんな外見の野郎が他に居たら、同じ気持ちになるからな。


「それでは、本年の叙爵式を挙行いたします!国王陛下ご入来」

 一斉に、跪礼する。もちろん俺も跪いた。


 おっ、肉の塊が歩いてきた。

 うわーー。100kgは軽く超えて居るであろう、巨漢だ。のっしのっしと歩を進めつつ、こちらに振り返り玉座に着座した。


 彼が王らしい。

 ヨッフェン4世。確か42歳だ。


 元は白い肌なのだろうが、赤ら顔だ。酒を飲んでるとか思ったが、徐々に白くなってきているので、王宮の中を歩いてきて、暑くなっただけのようだ。側近が額の汗を拭いている。運動不足だな。


 俺の痩せぎすな体型もどうかと思うが、タペストリーの金獅子は泣いてるよな、この段数が分からないくらいのたぷたぷ腹には。


 一緒に来て並んだのは、宰相ランベクス・ストラーダ侯爵だろう。こっちは総白髪の老年にさしかかった紳士だ。彼の娘は王妃、要は外戚だ。実態として王国政府は、彼が仕切っているらしいが、あまり悪い話は聞かない。国政を壟断しているわけではないらしい。姿勢はしっかりしていて、老いを見せないと聞くが、今はあまり顔色が良くない。


「それでは、式典を進めさせて戴きます」


 王が頷いた。


「アレックス・サーペント。王の御前へ」

「はっ!」


 答えて立ち上がると、叙爵を受ける者達の前を歩いて、再び王の前で跪く。


「ガイウス・サーペント伯爵が嫡子アレックス。長じて王都に出頭する段、殊勝なり。国王ヨッフェン・スヴァルス4世の名において。汝を子爵に叙するものなり。代読、宰相ランベスク」


「ありがたき、幸せ」

 俺は一旦立ち上がり、国王に跪礼する。王は、俺を見て、ほうという顔をしたが、特に声を発することもなく、すぐに表情を戻して重々しく頷いた。


 身体をずらして、宰相から丸まった羊皮紙、爵位の国王勅許状を受け取った。

 この瞬間に、俺は子爵になった。

 恭しく掲げながら、数歩下がって再度跪礼し、後は元の位置に戻った。


 子爵かあ。

 嬉しくないと言えば嘘になるが、何だかなあとは思う。

 要は大貴族の嫡子に生まれて、15歳になっただけで子爵だ。ああ、俺は去年来れなかったので16歳だが。


 あと、領地はないが、歳費を国庫から支給される。 これで王というか、王国に逆らうなよって言うことなんだろうな。もちろんそんな気はない。


 その後、子爵叙爵が6人終わった段階で、叙爵を受けた者は、一旦溜まりの間に退出した。

 宣明の間から退出するとき、またあの男に睨まれた。誰なんだ?


 その後、准男爵が続けて授与されたのだろう、1時間弱で式典は終わったらしく、第2陣が溜まりの間に戻ってきた。

 待ち時間と休憩の間に、学園の後輩8人に挨拶されたが知った顔はなかった。


 促されて晩餐会会場の玄妙殿に移る。

 こっちは、外交の舞台としても使う施設のためか、一段と豪華だ。


 晩餐会には、国王は出席せず──そりゃあ若造共と話してもつまらないだろうけど──代わりに出席した宰相ストラーダ侯も、開会の挨拶と祝辞を済ますと、とっと退席していった。

 そんなに面倒くさいなら、やらなきゃいいのにとは思うが、まあ慣例ってのは強いよな。


 そういうこともあり、後は来賓列候の内、大貴族が中心の宴となった。

 さて、俺も慣例とやらを勤めなくては。


 レダに案内してもらって、来賓の方々を回ることにした。始めは侯爵の一人の元に行く。レダがタウンゼント侯爵と耳打ちしてくれる。知ってる顔?と自分に問うたが、反応はなかった。


 誰か別の貴族と喋っていたので、しばらく待っていると、関係の無い白い軍礼服を着た若い男が近付いてきた。

「サーペント殿か?」


 俺は軽く会釈する。

「はい。初めて……」

「ああ、気を使わなくて良い。後輩を激励に来ただけだ」

 精悍だがやや酷薄そうな面持ちに眼鏡の青年。階級章は少佐だ。

「失礼ですが。先輩でしょうか?」


「ああ、10年も前にパレス学園を卒園したからね。顔を知らなくて当然だ。私はゾディアック男爵、軍では参謀本部に居る。子爵に叙爵おめでとう」

「ありがとうございます」

「うむ。ではまたな」

「はっ」

 またはあるのか?


 さて、当初の相手侯爵の話はまだ終わっていなかったが、今の会話で気が付いたのか、相手が気を利かせて、中断してくれた。


 タウンゼント侯爵──中年から壮年へ移り掛けた白髪交じりの、剛毅そうなおっさんだ。

 跪いて口上を述べる。

「初めて御意を得ます。タウンゼント侯爵様。アレックス・サーペントでございます」

「いやいや、初めてはないぞ。アレックスきょう

 げっ、しくじった?反応無かったよな?


「まあ、会った時は、まだ赤子の時だったから、憶えていなくとも無理はない、ははは…。先代アミタス殿には随分世話になった。落ち着いたら、我が屋敷に来ると良い」

「ありがとうございます」

 脅かすなよ!ああ、びっくりした。


「それで、アレックス卿は、パレス学園かね?」

「はい。魔法科に通っております」

「魔法科か、なるほどのう。聖者様へ近付くことができるように研鑽されよ」

「はっ。心掛けまする。失礼致します」


 ちょっとビビったが、結果オーライだ。

 それにしても、卿かあ…。俺も爵位持ちになったんだなあ。

 ちなみに公爵以上や閣僚、もしくは准将以上の軍人は閣下だ


「次は、ハイドラ侯爵様です」

 おうと言って近付きつつ、ハイドラ?と聞き返す。


 どうやら、今朝押しかけてきたカレンの伯父のようだ。その人がこっちを見た。さっき式典で俺をずっと睨んでたおっさんじゃないか。

 そういうことか…この険しい顔の理由は、きっとあの件だろう。

 とは言え、ここで引き返すわけにも行かない。


 再び跪く。

「初めて御意を得ます。ハイドラ侯爵様。アレックス・サーペントでございます」

 

 何も反応が返ってこない。やはり、姪の件が耳に入っているに違いない。

 むかつく対応だが、好都合だ。


「失礼致します」

 軽く、会釈をし、その場を離れようとすると…。

「待たれよ!アレックス卿」

 

 ちぃ。そう甘くはないか。

「はっ」

 致し方なく、その場に留まる。

「我が姪のカレンの件。聞き及んでおる」

 どう見ても、不機嫌を通り越して、立腹しているな。

「どう責めを負われるつもりか?」

「恐れながら、我が主人にどのような…」

 レダが口を挟んできたので、押し留める。


「控えよ」

「はっ」


 レダは2歩退がった。


「侯爵様。昨日の模擬戦は、課外とは言え学園の授業として実施されたこと。しかも、姪御殿の求めによって行ったことゆえ、責など身に覚えのないこと」

「何だと。我が意に抗すと申すか!!」

 低く響いた。

 近くに集う者達の顔が強張る。


「遺憾ながら、侯爵様の御不興を受けようとも、申したこと変えるつもりは有りませぬ」

「ふふふ……あっははは……」


 はぁ?


 侯爵はひとしきり笑うと、随行に頷いた。

「いや、済まぬ。許されよ、アレックス殿」

「と、申されますと?」


「カレンがな、伴侶を見つけましたなどと、突然言い出したのでな。その相手の肝を知っておきたくてな」


 うぅぅわっ!親族揃って傍迷惑な…。


「我が恫喝して、尻尾巻くようであれば願い下げであったが、流石はセルビエンテの狐の孫だな…弟には気に入ったを伝えておくとしよう」


 あぁぁあ。いやいや。

 俺は、まだ結婚する気なんか無いしって喉元まで出掛けたが、とりあえず言質を与えるのはやめておこう。


 再度挨拶をして侯爵の前を離れた。


「せっ、先輩…」

 女子が泣きながら、近づいてきた。


「どっ、どうした。えーと、さっき挨拶した。1年の…」

「はぁぁい。ひっく…キンスキーです…ご婚約おめでとうございます」

「はあ?」

「うぅぅ。月曜日にレイミアス隊長にお知らせせねばなりません」

 君も親衛隊だったのか…。


「いや。俺は婚約していないから」


「…でも。私は見ておりました。侯爵様に気に入られたんですよね。もう時間の問題です」

 不吉なことを言うなよ。


「それにしても、ハイドラ先輩が女子だったなんて…。やはり、月曜日などと悠長なことは言っておられません。親衛隊総会議を緊急招集します。では…」


 おぉぉぉぃ。

 後輩は泣きながら晩餐会会場を出て行ってしまった。


「月曜日は大変なことになりますね…」

「レダ…」

「はい。アレク様」

「お前、ああいう時は何か言ってくれよ。頑張るところ間違ってるぞ…」

是非是非、ブックマークをお願い致します。

ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ