43話 決闘(4) 苦い決着
はあぁあ? なんだと!?
「お前の勝ちだ! 魔法を中断して、収めろ! ……聞こえないのか!? サーペント!!!」
無理やり勝負をつけて、事態を収拾しようとしてる?
いやいや、ちゃんと手加減してるし。
まあいい。意識は有っても立ち上がりそうにないしな。痛めつけるのが目的じゃない。
俺は、腕を下げた。
魔法熱が雲散していく。
「カレェェーン!!! なんだ、この壁、強固過ぎるだろ!」
なんというか、普通の先生と生徒の関係じゃないみたいだが……いかんいかん。自分のことを他人にも当てはめるのは危険だ。
ゼノビア先生にして、この壁を壊すのは厳しい…訳はないか。迂闊に壊して生き埋めになるのを避けたいのだろう。
「サーペント、そこをどけ!!」
「ああ、俺が運んで来ますよ」
そう言って、壁の間に入る。
後ろの方で、"ああいや…"と聞こえた気もするが、教官も一応女性だからな。重い男を運ぶなら俺の方が良いだろう。
溝の中を進み始めると、まだワーワー言っている。
鬱陶しい! 後ろに土柱をせり上げる。
あぁーあ。
泥まみれじゃ無いか。
俯せに倒れているハイドラは、訓練服があちこち破れて土で盛大に汚れている。
流石に、このまま運ぶのは嫌だな。俺まで汚れるじゃないか。
俺は、壁に2つの突起を作った。そして、身体強化を生かして、ハイドラを力任せに無理矢理立たせた。
軽!
思いの外、体重が軽いな。
突起を脇に差し込んで固定した。まるで磔だ。
さて、起こしてやるか。
─ 水流 ─
プシャーと迸る水を、ハイドラに浴びせる。
土塗れの髪を洗い流し、額から鼻梁を流していると、眉間に皺が寄る。
起きたか。
「わっぷ、わっ。もうやめてくれ!」
「遠慮するな、全身綺麗にしてやるよ」
「やっ、やめろ、アバババ…」
足をバタつかせても、地に付いていないので、だだっ子のようだ。
「はははっは、おお綺麗になってく。それ身体も…」
水流を強くして、肩から胸へぶっ掛ける。
水流が破れ目から入ったのか、訓練服がびりびりっと盛大に裂けた。
「あっ!? ええぇぇえ?!」
俺は自分の目を疑った。水流を中断する。
そこには、上半身が剥き身となったハイドラが居た。
その胸は、男にしては……いや、女としても十分立派に隆起していた。
水を弾く肌は、艶めかしき渓谷を象り、きゅっと締まった胴は、豊満な臀部に繋がっている。
はあ?
女?
「どけ!」
後ろから突き飛ばされたが、俺は反応できなかった。
「だから、私がやると言ったろ」
いや、そうだけど。こんなことになっているとは……。
「いっ、何時までも見てるんじゃない。それと胸を隠せるものをなんか出せ」
「あっ、ああ……」
俺は魔収納にあった、大きい布を出して、教官に渡した。
ゼノビア教官は、ようやく、ハイドラを地に下ろすと、布を俺からひったくり、彼女に肩から巻き付けた。
「おっ、男に見られた…」
「大丈夫だ、カレン。気にするな……サーペントは、この壁を崩して均しておけ!! いいな!」
◇
「勝負あり! 勝者サーペント!」
「決まりましたぁぁああ!!! サーペント選手の勝利です!」
数拍遅れて、観覧席が湧き上がった。
しかし、勝負の付き方が、分かりづらかったのか。もう一つ消化不良なようだ。
「大きな火属性魔法が中断されました。良かったですね、あれが発動されていれば、ハイドラ君は悲惨なことになっていたでしょう! 制止を受諾したサーペント君は賞賛されるべきでしょう」
「そっ、そうですね。それにしても…」
「ハイドラ選手が圧倒的に優勢だったのに、一気にひっくり返しました」
「とんでもない勝ち方を! おっと壁の間にサーペント選手が入っていきます。その後をゼノビア主審が後を……追えない、土の柱で阻まれた!」
「サーペント君は、何をするつもりでしょうか?」
「そうですね。それより敗者となったハイドラ選手が心配ですね」
「おっと、ゼノビア教官が土の柱を蹴り折りました。凄い、逆らっては駄目な人ですね」
「出てきました。ゼノビア教官と、布に包まれたハイドラ選手です。歩いて出てきましたが……髪から水が滴り落ちています……何があったのでしょうか」
「そのまま、場外に出て行きます。おお、勝者のサーペント選手も出てきました。あれ?なぜだか肩を落としていますね。壁の狭間で何があったのでしょうか?」
「サーペント選手。天に向かって雄叫びを上げているようです……聞こえませんが。それでは、模擬戦の実況放送をこの辺で終わらせて戴きます。実況はグラハム、解説はガルドルさんでお送り致しました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「では、またの機会をお楽しみに!!!…………」
◇
観覧席最後部で寝そべって居た生徒が、身体を起こした。
「ふーん。当たりかな、こりゃ。大将がなんて言うかね?!」
「若様とお呼びしないか! だが確かに当たりだろう。伯爵家か。これは拗れるな」
「拗れる方に昼メシ1回!」
「成立しないぞ、その賭け」
◇◆◇◆◇◆◇
ゼノビア教官が、ハイドラを連れ出して行くと、心の静寂が崩れた。寄り添っていたアレックスが少し離れた気がした。
がっくりとした項垂れた、ハイドラの姿が頭にちらつく……。
いやいやいや。何で俺が悪かったみたいな展開になってる?
女なら女って言っておけよ。あぁぁ、むかつく。
ダーーーーーーーーーと声を上げると少しは気が紛れた。
こっちに歩いてきた、レダが笑っている。
その後。
教官の指令通り、版築の壁は風魔法で崩して、土魔法で綺麗に均した。レダにも手伝ってもらったが。
私室で軽くシャワーを浴び、馬車に乗り込む。
「お兄様。完璧な勝利!おめでとうございました」
少し硬い気もするが、フレイヤが笑顔で迎えてくれた。
「ああ、ありがとう」
「お兄様。なんだか浮かないご様子ですね」
「分かるか…フレイヤ」
「いかがなさったんですか。あの、ハイドラとか言う身の程知らずが何か申しましたか?それとも、ゼノビア教官が…」
「前者かな……」
「まあ、なんたる無礼者!」
うーーむ。無礼かも知れんが、ハイドラの方が准男爵で爵位が上だ。俺は無位無冠だからな。今のところというか、明日までは…だが。
しかし、女だったかあ。今になって思い返すと、顔と言い、声と言い、姿と言い。なぜ女の子と気が付かなかったのか不思議だ。
アレックスよりも、なよっとした印象だったし。声も高かったし、線が細いなあとは思っていたが。そこまでは考えなかった。
あの胸…そうか、制服がややぶかっと大きめだったのは、その所為か……。
最近、感知魔法に頼りすぎて、人間観察が疎かになってるよなあ。
それにしても、変な仏心を出して、綺麗にしてやろうとか、水をぶっかけたのは拙かったなあ。
『男に見られた…』
あれは…恨まれてるよなあ…
不測な事態だったが、ガン見しちゃったからなあ。
白い肌、細い身体の割に、豊かな隆起、鴇色の尖り。絞られた蜂胴から張った腰にかけての滑らかな曲面…。
かなり良い体型だった。
横に座ってるレダの少し堅めというか、蒼い感じも良いが、ハイドラのまろやかさも佳いなあ。
「アレク様。フレイヤ様が睨んでいらっしゃいますよ」
何とわなく体型を目で追っていたレダに、小声で耳打ちされた。
おっ。視線を戻すとフレイヤが怒っている。
「お兄様。今回のことで週明けには、また凄い騒ぎになると思いますが…」
「えっ?なんで?」
「お兄様……今までは、そのう……外見で騒がれていたわけですが、やはり、聖者の末裔は凄い魔法師だったということになるのですよ!」
はあ……。
ああ、俺を斃して名を上げようってヤツ殺到するとか? そんなわけは無いか。
「なんだかピンと来ていないご様子。イーリアからも言って差し上げて」
「はい。お嬢様。どうも若様は、余りご自分の美貌を意識されていないというか、御自覚なさってないようです。新1年生での間で、凄く男前な先輩がいらっしゃるという話になったのですが、それは若様のことでした」
えぇぇ。女ってヤツは、こんな男か女か良く判らない顔が良いのか?
不本意だなあ……。
前世の俺は、もっとこう……全然思い出せんが、男らしかったはずだ! きっと。
「その美男子が、魔法師としても恐るべき実力を備えていらっしゃるとなれば、人気が沸騰するに違い有りません」
しかし、普段無口だなあと思っていた娘だが、しゃべり始めると結構止まらないな。
「ですので、お近づきになるにはどうしたらと言っている方も多いですし、お嬢様に頼み込まれる方とか。後は親衛隊……あっ!」
イーリアは、しまったぁって顔をした。
「そうでした。忘れておりました。お兄様、あの親衛隊とかいう、ふざけた集団は何ですの? まさか、お認めになったわけではありませんよね」
あぁ。なんかフレイヤが凄く怒っている。
「認めたというか、勝手になあ…レダ」
ぷぷぷ…。
おい、主人がピンチなのに笑うなよ、レダ。
「でも、お嬢様。流石に多量の女生徒が、突撃してきた場合、私だけでは支えきれないかと。そういう意味では、あの親衛隊も使いようかと」
「なるほど。必要悪ということですか? レダさん。流石あの女の一族。黒いですね」
フレイヤ。兄は少し心配です。
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