42話 決闘(3) 即興魔法
「これが、ハイドラ君の奥の手! 透明化魔法です」
「とっ、透明化? これがハイドラ選手有利の根拠ですか?」
「その通り、攻防両面で圧倒的になります。サーペント君にとっては、どこから攻撃が来て、どこを攻撃すれば良いか分からなくなるわけですから」
「これは、凄い展開となりました。昔童話で読んだ透明化魔法を目にすることになるとは……あぁっと。サーペント君、衝撃波を受けている。食らっています」
「これはまずいですよ。サーペント君の防御がいかに優れていても」
「肩だ! 上体が撥ねられる、次は脚、今度は腹だ! 一方的だ!」
◇
「お兄さん、マズイ。やられちゃうよ! フレイヤさん」
言われなくとも、危機なのは視ていれば分かります。
「お兄様ぁぁぁぁあ!」
なんて歯がゆい! あそこに行って、私が代わりに……しかし。解せません!」
「フレイヤさん、気をしっかり持って!」
「はい」
その時、良い体格の先輩女性に話し掛けられた。
「君のお兄さんか。凄いね、本当に魔法師なのか? 確かに攻撃を受けているけど、あの身のこなし。あまりダメージになってない。
「はあ……」
確かに、この先輩が仰るように、攻撃を受けているものの、お兄様の表情は変わっていない。大した被害には、なっていないようだわ。
でも、なぜ再び金剛を使わないのですか? お兄様……。
◇
「サーペント選手、防戦一方だ。あっと、副審達は、ノックアウトの判定を窺っているようです!!」
「おかしい。おかしいですよ、グラハムさん」
「なっ、何がですか? 解説のガルドルさん」
「ハイドラ君の攻撃が大して効いていないような……金剛を使わず、わざと攻撃させているのか?」
「そんなぁ…何のためにですか?? 攻め疲れ狙い? あり得ませんよ!! ほら効いてますよ。サーペント選手、とうとう、立っていられず地に手を付きました…えっ?」
その時、不気味に地面が光った。
◇
俺は、衝撃波を何発も貰いつつ、その度に何とか芯を食わないように受け流しながら、見えない敵に備えようとしていた。
話は数十秒遡る。
「その余裕が何時まで続くかな?」
ハイドラが、予告めいたことを言った。何か切り札を行使するようだ。
ふふふ…と、笑うとやつは両腕を頭上に掲げた。何か小さい物を持っている。
そして、ハイドラは上の方から透けていき、数秒後には全く見えなくなった。
消えやがった。
こいつが、ハイドラが余裕こいてた理由か。気配すらないな。
さて、どうしたものか。
ん?
一瞬現れた気配と共に、衝撃波が来た。
痛ったぁ。
流石に避けきれなかった。
よし、また金剛を張るか。
──待って!!アレク!
[何だ? あれを何発も食らうわけには、行かないぞ……おっと、問答してる間も来たし]
──でも、守ってるだけなら、判定負けだよ。
[確かにな。ならば、どうする]
──私に考えがある。とにかく、アレクは衝撃波を避けることだけ考えて。
[了解だ。ここはアレックスに従うさ]
俺は、ハイドラの攻撃寸前に現れる微かな気配だけを頼りに、身を捩り、屈み、極力体幹に当てさせないように、反射的に動いた。
ほらほら、先生。身体鍛えるのも無駄じゃないだろう。
それから数分間、何倍かに感じた時間が経った。
──お待たせ! アレク。できたよ。
[はあ? 何ができたって言うんだ?]
──もちろん魔法式だよ! 翻訳してる時間が惜しいから、直接イメージで送るよ。それを念じて!
[分かった、やってみる]
──行くよ!
おお、めくるめく図形とも文字とも知れぬイメージが、俺の意識を埋め尽くしていく。それを、強く念じた。
אני חושב, לכן אני חייב להיות ─ 地蜘蛛 ─
──今だ! 手を地面に!
[分かってる!]
先程までの熱狂が消え失せる。なんだ、この感覚。行き場が無かった思いが、唯々(ただただ)魔法の発動に向いていく。
「はぁぁぁあああ!」
俺の魔力が、形となり腕から迸る!
蒼き光が地に潜り、2条の螺旋を刻む。俺の知覚が渦巻いて、触角のように浸透していく。
斯くして、地が我が感覚野と化した。
「そこか!」
◇
「ガルドルさん、地面のあの渦はなんですか???」
「さっ、さあ。わかりません。初めて見ます」
地面の一点がぼうっと金色に輝いた。そして、それが消えぬ間に、ややずれた場所が輝き出す。
「何でしょうか? 地面の一部が金色に光って、それが、ぽつぽつと移動していきます。もしかして、これは! ガルドルさん?」
「もしかしなくても、光った場所にハイドラ君が居るんでしょう!」
「つまり、大地を使った関知魔法だぁ! これは驚きました!? あぁっと、その方向に腕を向けてる。つ、ついに攻撃開始か!? サーペント選手!」
◇
悠久の刻をもって築かれし蛮族を防ぐ壁 今再びその姿を現せ ─ 長城版築 ─
アレクが差し出した腕の先。土が割れ、地の底から目にも止まらぬ速さで、太き柱が迫り上がる。
が、それは、だだ一つで終わることなく、続けざまに地から突き出し、瞬く間に高く越え難き壁ができあがった。
壁の末端は、練兵場の端まで届いており、防波堤のように大地を区切った。
「もう一つ」
俺は、壁の前で立ち尽くす見えないハイドラの背後に向け…。
─ 長城版築 ─
今度は瞬間で発動できた。
突き固められ、岩と化した恐るべき壁が2層、平行に屹立していた。
「姿を顕せ、ハイドラ!」
─ 烈風 ─ ─ 烈風 ─ ─ 烈風 ─ …。
◇
─ 長城版築 ─
「ああっと、地面が! 地面が割れて、土の柱が! いっ、いや。柱じゃない、壁だぁ。なんていうことでしょう、壁が地下から沸いて出ました!! しかも練兵場の隅まで通じてる」
「これは!」
「おおぉーー、もう一つ壁が! できた!! 高さ4mの絶壁に挟まれた谷が! 第2練兵場に谷が出現しました! がっ、ガルドルさん、解説、解説願います!」
「いやいや、驚きました。版築魔法なのでしょうが…あの高さ、規模。魔法大隊の観閲会でも見たことがありません。しかも、サーペント君に疲れが見えません。あっ!」
「ああ、風魔法……烈風? かし、とてつもなく強いぞ、それを釣瓶撃ちだあ!!!」
「うわっ!!」
「おっと! やはり、この壁の隙間に挟まれていたぁ。透明化で消えていたハイドラ選手! 魔法を打ち破られ、姿が、一瞬見えました。吹き飛ばされたようです。倒れたんでしょうか? 見えなくなりました」
「うぅむ、容赦ないですね」
「そして、サーペント選手! 両腕を頭上に掲げた! トドメ…トドメを刺そうというのか…」
◇
初級魔法ながら、渾身の魔力を込めて打ち出した烈風が、壁に挟まれた半閉空間を減衰無しに駆け抜けていく。何発も何発も。
ついに踏ん張れなくなったのか、ハイドラがキリキリ舞しながら、谷の奥へ飛ばされていく。
風魔法を中断すると、ハイドラは、地に伏しながら手が動く。
ほう…まだ意識があるか。
線の細いお坊ちゃまかと思えば、根性はあるな。
引導を渡してやろう。
「灰燼と化せ 深奥の劫火よ! 一片残さず 燃やし尽くせ」
俺は、詠唱しながら両の腕で天を突き、魔力を火焔に変換しつつ、圧縮蓄積していく……頃合だ!!!
その時だった!
「勝負あり! 勝者、サーペント!!!」
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訂正履歴
2016/06/21 細々修正




