37話 訓示という名の
「旨かったなあ」
馬車の中で、反芻する。
「朝食ですか?お兄様…確かに、いつもと違っておりましたが」
「ああ。今朝は、ユリが作ったんだ」
「へえぇ。ユリ?!お兄様の専属メイド頭でしたよね」
「そうだ」
「まあ、そんなに嬉しそうにされなくても良いではありませんか。少々妬けます」
「ユリーシャさんは、キッチンメイド時代に厨房長に相当見込まれていたそうです。メイドではなくコックになれって」
おっ。珍しくイーリアが喋った。ようやくしっかり憶えた…名前。
それはともかく。
そうか、俺の病臥が、ユリの将来の可能性を狭めたかも知れないなあ。
まあ狭めたのは、俺じゃ無くて俺だが。
──でも、ユリは喜んでるよ。
要らんところで出て来るなよ。アレックス!
本人が喜んでいるかどうかは、ともかく。報いてやらんといかんなあ。
問題は、どう報いるかだ。
無論、それはコックに戻すと言うことではない。そう信じたい。
馬車が学園の敷地に面する道へ曲がった。
おっ。
ぞくっと来た。何者かの強烈なプレッシャだ。
窓から、学園のランドマークとなっている時計台が見える。
そこから、無明の光が迸っているように感じる。
昨日は、感じなかったのに。
レダは、そちらを憎々しそうに睨んでいる。
あそこに居るらしい。
◇
「おはよう、アレク!」
「ああ、レパード。おはよう!アルバスも!」
レパードの向こうで、赤毛の体格の良い男子が、会釈した。レパードの従者だ。厳つい顔と身体で、無口だ。
「おはようございます。レパード様」
レダの挨拶に、レパードがうんうん頷いてる。
「ん、どうした?」
「いやあ、女子の従者は良いなあと思って。美人だし」
アルバスの深過ぎる眼窩の奥が、一瞬光った。
レダはやらないぞ。
シャーロットの席は空席だ、まだ来ていないらしい。
どうでも良いことをしゃべっていると。
下段から女子の一団が、登って来た。
「アレク様!おはようございます」
口火を切ったのは、魔法科でも一緒のエマだ。
「ああ、おはよう……何かな?」
どう見ても、挨拶だけではなさげなので訊いてみた。
「昨日のあの魔法は、やはり黒き魔女ハーケン教官から、直々に習われたものですか?」
「ああ」
「誠に失礼ではありますが、魔法の名前をお教え戴けないでしょうか?」
「名前?」
「アレク様は、無詠唱で発動されたので、分かりませんでした」
魔法は、呪文を音声として唱えることを詠唱という。音声に出さなくても、発動できることを無詠唱と呼ぶ。もちろん発動難度は後者の方が高いが、発動速度、秘匿性、隠密性の面で有利だ。ちなみに秘匿性はどんな魔法を使ったか分かりづらくさせる指標、隠密性は魔法発動を感知されず魔法師も見つけにくいかの指標だ。
「あっ、ああ…」
「お願いします!」
8人ぐらい居る魔法科の女生徒に頭を下げられた。
一応レダの方を見てみるが、無反応だ。特に問題が無いと言うことだ。
「…なぜ訊かれているか分からないけど…あれは、炎弾だ。みんなも使うだろう」
「炎弾?……ご冗談を!」
「あれは、低級魔法の範疇ではないですわ…」
エマだけで無く、他の女子達もザワザワと変な反応だ。
その時、後ろの扉が開いて、シャーロットと従者が入ってきた。自分の席の間に人垣ができていて面食らったようだ。
「みなさん。なにごとですの?」
「ああ、シャーロット、おはよう!ああ、悪い…通路塞いでるから、みんな一番上まで上がってくれ」
移動しつつも、女生徒同士で挨拶が交わされる。
「話を戻すけど、頭を下げられて冗談なんか言うわけ無い。あれは炎弾だ」
「にわかには、信じがたいけれど…アレク様がここまで仰られているので信じます。みんなも信じよう!」
「ちょっと待て。エマ、何が信じ難いんだ?」
「もちろん威力です!」
「威力?」
「私はもちろん、ここに居る全員が、あんな凄まじい炎弾を見たことがないです」
「そりゃあ、昨日の魔法とは別の魔法……教官や老師が使われる中級あるいは上級の魔法で、凄い威力なのは見たことはありますが」
「そうなのか?」
レダを振り返った。
「私は……従姉の魔法を見慣れているので、さほどの違和感は持ちませんでしたが」
前の扉が開いて、担任のゼノビア教官が入って来た。
「今日もやってるのか。早く席に着け!」
女生徒達も、席に着いた。
「よし、今日も全員出席だな。良い傾向だ」
なんか、喜んでいるな。
ずっと休んでて、済みませんね。アレックスだけど。
「先生!質問があります」
エマだ。
「何だ?レイミアス」
「はい!昨日の魔法実習で、サーペント様が使われた炎弾は、固有上限効果を超えていたと考えますが。そんなことは、あり得るんでしょうか?」
先生は、額に手を持って行った。
「魔法理論のことは担当教師に問え。私は言えることは2つだ。私は過去に2人の例外を見ている」
教室内がざわついた。
「そして、もう1つは魔法師たるもの、見たことから目を背けるな。それだけだ。時間だな。魔法科の皆に連絡だ。今日は老師がいらっしゃる。これで朝会を終わる」
そう言い放つと、教室を出て行った。
残されたエマはじめ魔法科の女子は、1時限目の教師が来るまでの短い間、こっちを見上げて、話し合っていた。
「大変だな、アレクも…」
「そう思うなら、助けてくれて良いぞ。レパード!」
はははと笑って誤魔化された。
◇
またもや、昼休みは拉致られ。質問攻めに遭わされた。
結論として、ヴァドー師とランゼ先生に次ぐ、異常な魔術師扱いをされそうになったが、なんとか回避できた気がする。
午後の授業だ。
今日は実習ではなく、魔法理論、つまり座学の日だったが、ヴァドー師の訓示があるということで、我々2年と3年も第1練兵場に呼び出されていた。
「整列!」
「老師に敬礼!」
練兵場に並んだが、昨日と違うのは、生徒が横3列になってる点だ。前から学年順で並んでいる。そして、今日は指導者が違った。
「ご苦労、直れ!」
白いローブ姿の老人が答礼した。
セルビエンテの練兵場で見た、ヴァドー師だ。ここでは老師と呼ばれることの方が多いようだ。俺も倣うとしよう。
「昨日皆に訓示する予定だったが、王宮に呼ばれ、今日となった。そして言って聞かせることも変わった」
老師の表情が硬い。あんまり良い話じゃなさそうだ。
「我々魔法師は、兵器だ。戦争では有力な戦力となる。残念ながら折り合いの良くない隣国と、遠くない将来に戦火を交えるやも知れぬ」
戦争かよ。9年前小競り合いが有ったと聞いていたが。
「そなた達のほとんどは貴族だ。国民を護る義務がある。率先して出陣することになろう。遺憾ながらより戦闘色の強い、教科内容としていく。心せよ」
「はっ!」
俺も、声を合わせて応える。
政情に不安ありとは訊いていたが、戦争の恐れがあるのか。困ったものだ。
「老師、前列の者達が、昨日入学した新入生です」
1年生の教官らしい男性が誘う。
おっ、1人ずつ老師と握手してる。爺なんか触りたくねえだろうのに可愛そうと思ったら、大間違いだった。
1年生の方は凄く感激してるし、後ろで見てる高学年生は羨ましそうだ。
涙ぐんでる女子も居る。むろん嬉しくてだろう。
俺には分からんが、老師はかなり敬われているな。
そんなことを考えている内に、最後の1年生も握手してもらい、終わったと思った時だった。
「サーペントとハーケンも前に出ろ」
ゼノビア教官が余計なことを言った。
えぇー!!俺も握手するのかよ。
絶対要らん。
が、ここは空気読まないとな。おずおずと手を出すと、がっちり両側から握られた。
でかくて厚い手だ。
「むっ!」
老師が、目を見開いた。
げっ!嫌な予感。今度は何なの?
「貴公、何を斃した」
握手で称号を読み取られたか。
討竜魔法師ってやつだ。
「サーペント?」
親睦のために握手させてやっているわけではなく、新入生のステータス情報収集が目的か……。
「ええ、ガーゴイルですが」
とりあえず、小さめの声で答える。
竜属最弱だし、流してくれるだろう。
「ガーゴイルだと?ちょっと手を貸せ」
「はあ」
ゼノビア教官の顔色が変わっている。仕方ない、手を差し出す。
手を握られた…ときめかないな。
「確かに、討竜魔法師の称号がある!!」
そう結構な音量で言ってから、はっとなって自分の口を押さえた。
おいおい。教官、手遅れだ。もう思い切りざわついている。予想を超える反応だ。
ゼノビア教官が、静まれ!静まれって焦っているが、煽ったのは自分だし。しかし、そんな騒ぐ程のことでもないだろう。
そこで、えっへんと老師が咳払いして、皆我に返った。
ようやく静まって、3年生は第1練兵場へ、我々2年生は講義棟へ戻った。
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