3話 プロローグ (後) 俺の身体がガリガリな件
「大事ないか?」
身体を乗っ取ったという驚きと、罪悪感で愕然としているところを、親父さんに見咎められた。
「だっ、大丈夫です。父上」
「そ、そうか。よかった。本当に苦しいところは無いのか?」
抱きついていた、母も顔を上げてこっちを見ている。
「ありません」
「そうか、ならば良い」
親父さんは、俺の頭を撫でると、再び別の人と何か話し始めた。
ふうぅぅ。やばいやばい。
俺が、アレックスの身体を乗っ取ったなんて知られたら、何をされるか分からない。
現時点で、この少年アレックスの意識は、ほぼ俺で占められているようだが。悪魔払いみたいな感じで、この身体から追い出されるかも知れん。
それは、それで良いのかも知れんが、状況が分かるまでは自重だ。
こちらの父母?を欺くのは気が引ける…あんなに喜んでいる人達を、悲しませたくないが。少なくともしばらくは、乗っ取ったことを、気取られるわけにはいかない。
疑われないように、とにかく行動と言動に注意だ!
「奥様、よろしいでしょうか…」
「ランゼ先生ぇええ」
おふくろさんは、その妙齢の女性に縋るように抱きついた。
はあ、荷重がなくなって人心地着く。
この中で唯一黒髪なので、強い興味を持った。
また偏頭痛が来た。
ランゼ・ハーケン。
この女性は、俺の魔法の個人教師だそうだ。
年齢が分からないな。知らないのか?
こちらを、ずっと見ている。
凄い美人だ。白い小顔にやや吊り上がった猫のような大きい目、細い鼻梁に慎ましやかな唇。何より真っ直ぐな、しっとりとした黒髪が魅力的だ。
ああ、猫だな。黒猫だ。
この人のイメージは。
なんだか底知れない雰囲気を感じる。
うーーん、俺の好み、ど真ん中だ!
おふくろさんは…忘れるとして。
メイドのユリも、とても綺麗で可愛いけどなあ。
どっちかと言えば、こっちだ!って何を考えてる俺?
歳は分からんが…まあ肌の綺麗さから20歳代前半だろう。
おふくろさんに抱きつかれながらも、こっちを見ている。沸き立つ部屋の中で一人だけ冷静な顔だ。
蘇った記憶によると東方系の生まれらしい。
…東方?ここが西方なら、東方もあるってことか。
それはともかく。おふくろさんが俺から離れたことで、掛け毛布の中が見えた。
!
って、なんだ?この腕。さらに自分の身体に視線が行った。
ほっせーー
何だよ、細過ぎだろ。気持ち悪いだろう、この腕。
病気で衰弱したのか?
慌てて、毛布を持ち上げる。
身長…は、そこそこある気がするが…触っても腹筋がほとんどないし、脚も…ショックだ。蹴ったら折れそうだ、今だと蹴った方の脚が。
──僕は魔法師になるのだから、それで良い。
そんな訳あるか。
身体は資本だぞ!
というか、今の誰だ!!
返事はない。
多重人格とかではないよな。
元々の少年の微妙に意識も残っていると言うことか。
偏頭痛と共に、記憶と思い出が湧いてくる。
父ガイウスも、立派な衣装で、頼もしく感じるしな。
体型も、やや細いが筋肉質で良い感じだ。
33歳かあ…若い割りに貫禄あるなあ…えーーと、ちょっと待て。俺は何歳の時の子供だよ。
おふくろは32歳って…さらに下じゃないか。16歳の時の子供かよ。ヤンママだったんだね。
それにしても。ここは美男美女の国ですか?…確変?と思って壁際に居る人達を見たら…うーむ。そうでも無かった。ちゃんとばらついてたね。
その人達も、アレックス様が生き返った、良かった良かったと口々に言っているではないか。
済みませんでした!
そうでも無いとか思って。
ん?あれ?
少し冷静になってみると、聞こえてくる言語が日本語じゃないことに気が付く。
違和感の源泉の一つは、それか。
なのに、理解できてる。
なんでだ。
英語も第二外国語も、良くて平均点。しかも、リスニングは、からっきしだったのに…。あっ、英語ですらないか。
わからん。
考えても仕方ないのか。少しずつ、何とかしていこう。
そうだ!俺の長所は、いつでも前向きなところ。履歴書にもそう書いた…もっと重要なこと憶えてろよ、俺。
それにしても…。
この身体は何とかしないとな。
工学部なのに、身体を鍛えるのが好きで…。肉体美を誇っていたというのに。
プロテインがぶ飲みして。無酸素運動に青春を捧げた。
俺の大胸筋を返せ!腹直筋もだ…。
そういうことは憶えているな。
自分の名前や顔すら忘れたというのに…。
いくら嘆いても、失った筋肉は還ってこない。問題は今から何をするかだ。
幸い俺は、まだ若い。死んだ歳になるまで、がんばれば、きっと。
手始めは…。
「あ、あのう」
「どうした、アレク?」
「えーと。腹が…」
「腹が?腹が痛いのか?」
この世界では貴族様だった。上品に言わないとな。
「いえ。その。お腹が空いたのですが。何か食べる物を」
ざわざわしてた部屋が、一瞬で静まった。
えっ?何?
ここの人達って、腹減らないのか?
壮年のおじさんが呟いた。
「若様が、お腹が空いたですとぉ」
やばい!
なんか間違えた!!
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