28話 散歩(4) 青狼の仔
ランゼ先生が、空中から降りてきた。
「観てたんですね?先生。だったら、助けてくれても…」
「無論がやられそうになったらと、準備はしていたぞ…それにしても魔法師なのに肉弾戦好きとは。困ったやつだ」
確かに…。
「使えるなら、どう使っても良いと思いますが」
正反対のことを口が紡ぐ…反抗期か。
「お前一人で戦う時は、そうとも言えるがな…まあいい。王都に行けば嫌でも、集団戦をやらされるからな。そのときは、攻撃だけで無く、パーティを護る闘い方をしないとな」
「はあ」
確かにそうだ。
「ところで、もう大丈夫か?戦っているとき、まるで人が換わったようだったが。特に言動が!」
うっ!
自分で発した言葉が脳裏に蘇る。
"この下等竜が!”、”トカゲの分際で”、”ダァァアアア!!”
確かに、思いっ切り恥ずかしいな。
「……アッ、アレックスですかね?彼が、俺を乗っ取って…」
「いや。アレックスではないな。あんな汚い言葉を使わない」
…確かに汚いよな。でも!
「俺だって違いますよ。いままで、あんなにオラオラになったことはありません」
「オラオラ?」
「なんていうか、俺さま!って感じで…大丈夫でしょうか、俺?」
「なんか、急にしおらしくなったな…まあ、ああいった態度は、何もないところから出ては来ない。潜在的な一面ということだ…」
なんか精神科医みたいだな。
「…それより。なんでアレックスだと思ったんだ?」
「いっ、いやあ。そのう、勝つために、アレックスが一つになろうと言い出して、その直後だったんで…」
「一つに?前にもあったか?」
「前にもですか?…戦闘では初めてでしたが」
夢精の時のことは、言いたくない。
「なるほどな。まあ、余り気にするな。今は、他におかしいところはないのだろう?」
「まあ、それは、そうですが…」
信じて良いのか?
「話は変わるが……お前自身が戦う必要があったのか?アレク」
「交換条件です」
「交換条件?」
先生は不審そうだ。
「ええ。俺は傍観のつもりだったのですがね。アレックスが助けてやれと」
そう言いながら、母青狼に近づく。
馬程の大きさがある母の側に、青狼の仔もいる。親の状態を気遣っている。親の方、血に染まっている頸辺りの毛の中に、指を突っ込んで地肌を触る。
脈は……無い。やはり事切れてる。
仔が、こちらを向いた。心なしか縋るような目だ。
「ああ、やってみるさ…」
母なる大地神の加護に依りて、癒しを与え給え ─ 回復 ─
俺の掌の周りが、仄かに明るくなり、黄金の微粒子が母狼に降った。
「無駄だぞ!アレク。回復魔法では、死したものを蘇生できはしない」
関知魔法も死を告げている。
「分かっていますよ……」
「第一、生かしてどうなる。お前が…」
先生は、先を続けなかった。
そのまま息が上がるまで、回復魔法を行使し続けたが、甦ることはなかった。
「悪いな…」
仔は瞑目し、アァと鳴いた。
なぜだろう。分かっていたのに…。
「おまえも、俺の言うことが分かるのだな」
馬にも通じたが、魔獣の青狼でもイケルらしい。喉元を撫でてやっていると、イオとゾフィが遠巻きに視ている。その横には、カークス隊長に、何人かの兵達も居た。
ゾフィが、先生の前を通り越して近づいて来る。
片膝を地面に付いた。
「アレク様、大事有りませんか?その、どっ、どこか、やられませんでしたか?」
俺は、ゾフィを睨みつけた。
「俺は逃げろと命じたな!ゾフィ。なぜ戻ってきた?」
みるみる彼女の顔は強張っていく。
「もっ、申し訳有りません。おっ…お許し下さい。アレク様が心配で心配で」
顔を上げたゾフィは、目を真っ赤にして、涙を溜めていた。
なんだか可哀想な気もするが、言っておかないとな。
「魔獣との戦いは危険だ!勝手に判断するんじゃない。分かったな!」
「はっ、はい!」
「よし!俺を心配してくれて、ありがとう」
「めっ、め、め…滅相もありません!」
なんだかゾフィが取り乱している。
先生は、口角が吊り上げて、人が悪そうに嗤っている。なんだかな。
ん?
仔の青狼の息が荒くなっている。馬車が倒れたときの傷か。
アレックスが頼んで来る前に、助けるとするか。
回復魔法を掛けてやる。
金色の微粒子が流れているのを見ると、徐々に自分も癒される気がする。
顰めていた青狼の顔が緩んで行く。
魔法を解くと、青狼は母の血が付いた、俺の手を舐め始めた。
「アレク様」
声の方を見ると、イオが寄って来ていた。ただ、かなり怖々だ。
まあ、仔と言えども魔獣が居るからな
「心配ない、この通り無事だ」
「良うございました!!…それにしても、懐かれましたね。アレク様…魔獣がうらや…」
ん?何て言った?語尾が聞き取れなかったが。
「それで!」
おわっ、先生だ。
「この仔狼は、どうする」
話題を引き戻された。
うーむ。惣構えの外まで連れて行って…。
「外に逃がすのは無駄だ」
先に言われた…。
「なんでですか?」
「こやつは、まだ狩りはできぬ。こんな、でかい形でも、生後2ヶ月程だからな。外に放てば、すぐ野垂れ死ぬ」
「では、どうしろと?」
「簡単なことだ。おまえが飼え!助けるとはそういうことだ…嫌なら、この場で殺せ」
「飼うか殺す…ねえ」
極端な二択だな。
「おまえが手を下すのが嫌なら、私が一思いに」
──駄目!飼ってあげて!
アレックス…。
殺すのは忍びないが。なんて言うか、俺自体が居候みたいな気がするのに、さらに!てのは気が引けるよな。
そもそも、俺は動物飼った記憶がないしな。
だが。頭を撫で、喉をごろごろさせていると、魔獣とは言え、情が移る。
「ちょっと待って下さい、先生。うーむ、どうするか」
──お願い!アレク!
「あっ、あのう…」
「ん?どうした!ゾフィ」
「飼って頂くわけには参りませんか?」
「はあ?」
「私もお願いします。ここまで懐いているのに…なんとか」
イオまで、言い添えてきた。まあ、懐かれてみれば、可愛いな。この青狼。
「…では、飼う方向で考えてみよう。ただし。飼えるかどうかは、父上に聞いてみないとな」
「「よかったぁあ!」」
イオとゾフィが手を握り合っている。
「先生、父上がダメと仰れば、その時は…殺すのはそれからでも遅くないでしょう?」
「ああ、アレクがそう言うならな」
青狼はそうするとして。
「カークス!」
「はっ」
小走りに隊長が来る。
「惣構えの関門だが、備えを厳にできるのか?」
「魔獣が出たことを知らせておりますので、既に若様のご意志に沿った状態なっていることかと」
ああ、あれか。魔法伝達。
ごく少ない情報量なら10km程度離れていても伝えられる。電報のような仕組みだ。あれなら数分で全関門に警報が伝わっていることだろう。
「わかった。丁度、弩隊も来たことだ。無駄足にさせてしまったが、我らは戻るとしよう」
「私は弩隊の隊長に子細を告げ、これらの屍体を持って帰ろう」
先生は屍体に用がありそうだ。
「では、お言葉に従いましょう!」
俺達は馬車で城に戻った。
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